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4 屋敷に入った姫

 アルフレードとローゼッタは屋敷についた。魔王の城とまではいかないが、3階建ての広い堅固な建物だった。壁にはイバラが茂り、物々しい雰囲気をかもし出している。


「まあ、強そうな魔族が居そうなお屋敷ね」

 ローゼッタは嬉々として両手を合わせ、その屋敷を見上げて言う。


 ただ、その鬱蒼(うっそう)とした壁も、春になれば美しい花が咲く。毒々しい池もあるが、そこから生えるハスもアルフレードは楽しみにしていた。人間の感覚とはやや異なるが、魔族の中では手入れをしていて、それなりに居心地がよい屋敷だった。


 アルフレードはローゼッタを見つめる。

 食べるところは少なそうだがツヤツヤの肌や柔らかそうな肉は、見るものが見れば貴重種と捉えるかもしれない。

 肉を食べないというだけで、ほぼ人間と同じ食事のアルフレードはその限りではないが。


「何をしているのですか? 早く入りましょう」

 当たり前のようにローゼッタは言った。これから魔族の屋敷に入るというのに、何の警戒もしていない。


 ここに来るまで、ローゼッタはずっと何かをしゃべっていて、アルフレードが何かを言う隙はなかった。諦めて帰ってくれないかと思っていたものの、ローゼッタはここまで来てしまった。


 何かを言ったところで、ローゼッタは自分の意思を通しただろう。アルフレードはそんな気がした。他の場所ならローゼッタのような姫がひとり歩きなどできないが、幸か不幸かアルフレードが治めていたこの場所では、自分から人間に関わろうという者はいない。


 アルフレードは自分の配下のモンスターにはそれを徹底していたし、来ようとしなければ来れない場所にアルフレードの領地はあった。


 存在しているのに、気が付かれない。目に入っても素通りしてしまう。

 そんな魔法がかけられていた。


 この領地を目的にされたら魔法は解けてしまうが、まずそのようなことはない。

 だから、ローゼッタがなぜこの場所にいるか、アルフレードにはわからなかった。


 ローゼッタは屋敷の重々しい観音開きの扉の前に行き、アルフレードはジャガイモの苗を掴んだままその後を追う。


 このように貧弱で、強さのかけらも見えない人間の小娘でも、隣国の姫である。帰らなければ大騒ぎになるだろう。なんとしても無事に国元に返したい。それがアルフレードの考えだった。


「開けてくださらない?」

 皆から愛されて育った姫は、何をするのも人任せだった。


 アルフレードは自分の屋敷の扉を開けた。今までこんなに憂鬱な気持ちで開けたことはなかった。これからもないだろう。


「アルフレード様、お帰りなさ……い?!」

 たまたま通りかかった側近のヘルムだった。ローゼッタを見た瞬間に声が裏返った。ローゼッタもヘルムを見て息を飲んでいる。


「……食材ですか?」

 柔らかい皮の鎧を着た大きな黒い熊のようなヘルムは言った。ローゼッタは自分のことを言われたとは思わず、瞳をキラキラ輝かせ、ヘルムをじっと見上げる。


「食材はこっちだよ」

と言って、アルフレードは引っこ抜かれたジャガイモの苗をヘルムに渡した。ヘルムは困ったような顔で受け取る。


「彼女はある王国のローゼッタ姫。お腹が空いているようだから、何か食事を用意してくれ」

「……ある王国?」

 ヘルムも隣のリアリル王国の姫の名前がローゼッタであることを知っていた。


「国の名を明かすことはできません。けれど、食事に困っているわけではありません。でも、引っこ抜いてしまった以上、私が責任を持って食します」


 背筋を伸ばし、凛とした表情でローゼッタは言う。その言葉を聞いて、ヘルムは一瞬、そうなのか? と思った。けれど、姫のお腹が鳴ったので、やはり空腹なのだと思ったが言わなかった。


 アルフレードの直属の部下たちは賢い。


「ローゼッタ姫がお帰りになるまで、この屋敷で丁重にもてなすように。それを徹底させてくれ」

 アルフレードがそう言うと、ヘルムは「はっ」と言って頭を下げる。人間と争いたくはない主人の気持ちをすぐにくみとる。


「食事ができるまで、お茶はいただけるかしら」

「お茶……?」

 ヘルムは眉をしかめる。モンスターに茶を飲む習慣はない。


「果物でジュースを作ればいいだろう」

 ここに来るまでずっと話を聞かされていて、ローゼッタの性格がある程度はわかったアルフレードが言った。

 ローゼッタは微笑みながらうなずく。


 ヘルムは数回まばたきをして、うやうやしく頭を下げた。


 ヘルムが台所に行くために二人の元から去ると、

「クマが喋ったわ」

と、ローゼッタは喜々としてアルフレードに言った。


「……彼は熊ではないよ」

「あら、じゃあ何なの?」


「熊が進化した種族だ」

「それならクマでしょう?」

 不思議そうな顔で目を(しばた)かせ、アルフレードを見上げて言う。


「キミたちは猿から進化したけれど、猿と呼べば怒るだろう?」

 それを聞いて、ローゼッタは驚いたような顔をする。


「本当だわ。じゃあ、彼のことはなんと呼べばいいのかしら」

「ふつうに名前で。彼はヘルムだ」


「わかりました、アルフレード」

 ニコニコとローゼッタは言った。


 自分の名前をこんなに嬉しそうに言われるとは思っていなかったアルフレードはしばし固まった。


「どんなジュースが出てくるのかしら。楽しみだわ」

 ローゼッタは嬉しそうに廊下を歩いて行く。


 たまたまそちらがアルフレードが行こうと思っていた場所だったので、アルフレードはついて行った。廊下の突き当りできょろきょろと周囲を見回すローゼッタを見て、アルフレードは自分の部屋の方を指さす。


 それを見たローゼッタも同じ方向を指さし、「こっち?」と首を傾げて聞いてきたのでアルフレードはうなずいた。


 すると、本当に嬉しそうにローゼッタは微笑んだ。

 それを見て、何が楽しいのだろうとアルフレードは思ったが、自分の部屋に向かっている姫の後を追う。


 そして、アルフレードの部屋に着いた。アルフレードはローゼッタが何も知らない配下のモンスターと出会ってトラブルに遭うより、自分の目の届くところに置いておこうと思った。


「殺風景なお部屋ね」

 部屋に入るとローゼッタは言った。


「まあ……」

 何と返せばいいのかわからなかった。何があればローゼッタが満足するのかもわからない。必要な物が置いてあるだけの部屋だった。アルフレードは大半の時間をここで過ごす。仕事も食事も睡眠も。


 出入口の正面にアルフレードが勉強や調べものをする本棚があり、その手前に机がある。机の前には食事をするためのテーブルとソファーがあり、扉から見えにくい端にベッドがあった。


「少し休んでもいいかしら。朝から歩き通しで疲れてしまいました」

 ローゼッタはそう言って、ソファーに横になった。


 アルフレードが何も言わないでいると、ローゼッタは目を閉じ、すぐに寝息が聞こえてきた。


「警戒という言葉を知らないのか?」

 その姫の様子を見て、魔族の領主は言った。


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