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唐突な質問に、ぼくはイエスかノーで答えることができなかった。
「なんだよ、いきなり…」
そう返すのが精一杯だった。
「部長と副部長なんだから、お似合いなんじゃない? 演劇部には部活内恋愛禁止ルールもないし、ふたりいつも仲良さそうだし」
「恋愛ってレベルで考えたことがないからな」
「そう。余計な質問だったらごめんなさい。そろそろ部室に戻らないと、またサボッてるって市川くんに文句言われるわよ」
そう言うと、友恵は廊下を先に歩いて部室に戻った。
部活の後半は、もう一度「リーンカーネーション」の読み合わせをした。
ぼくと美保は恋人同士の役を演じる。
桜井友恵の質問に動揺していたぼくは、劇中の藤沢一成と大船みゆきの距離感を見失ってしまった。
藤沢一成とぼく、大船みゆきと美保が混合してセリフに出ていた。
その点は、読み合わせを終えた後に、赤田先輩に「なんだかフワフワしてたぞ」と指摘された。
友恵の質問に、イエスともノーとも答えられない自分がいて、そんな自分にびっくりしてしまった。
ぼくは和田美保のことが好きなのだろうか?
「リーンカーネーション」の台本には、大船
みゆきのこんなセリフがある。
「カズ。私のことは忘れて。私のことを、忘れないで」
読み合わせの段階で、和田美保は瞳を潤ませてこのセリフを発した。
ぼくの動揺が増幅した瞬間だった。
読み合わせの後も、友恵の質問が頭から離れない。
同時にぼくは、新歓公演で上演した創作台本【ご近所さん…盲目の長女と夜逃げ常習犯】を思い出していた。
最初は接点のないご近所さんだった2人が、それぞれを助け合いながら共に魅了されていくストーリー。
新垣役のぼくとキョウコ役の皆川絵美の間に、こんな会話があった。
「俺たちって、相棒なのかな?」
「いいえ。あなたと私は、共犯者」
新垣とキョウコは恋に落ちた。
ぼくは、皆川にドキドキしてしまった。
正直、ぼくには異性間の「恋」とか「愛」とか「恋愛」というのがどんなものか、わからない。
これは、本当に、わからないのだ。
和田美保にも皆川絵美にも「好意」を抱いているのは間違いない。
そもそも、なぜ友恵は急に、ぼくに「和田美保のことが好きなのか」と訊ねてきたのだろう。
その直前には、澪さんと日曜日に会う約束をして、気分の高揚を感じる自分がいた。
ぼくは、谷口澪にも「好意」を抱いている…。
部活からの帰り、ぼくはイヤホンを片耳にだけ装着して、和田美保と話しながら歩いていた。
「柏高演劇部が湘南地区大会を突破して県大会に進出するのって、やっぱり難しいんですかね」
和田美保が前を向いて歩きながら訊いてきた。
「湘南地区大会には、県立・私立合わせて20校近くの高校が参加する。その中から県大会に出場できるのは2組。この地区には、毎年県大会に出場する強豪校があるから、残る1枠をめぐる狭き門…」
「毎年県大会に出場してるからって、その強豪校が今年も県大会に出場できるとは限らないですよね。それに、県大会に進める高校は2校ある。だったら、うちが地区大会を突破できる可能性は、充分にあるんじゃないですか?」
美保はあくまでも強気だった。
「うーん。だけど、うちの演劇部は今までに地区大会を突破した実績はないからねえ。赤田先輩や和田ちゃんがいるのは心強いけど、皆川が抜けちゃったし、俺や他のメンバーが足を引っ張っちゃうんじゃないかなあ」
「鳥居先輩!しっかりしてください!」
和田美保の強い口調に、前を歩いていたイッチーや飯山、石本彩乃が立ち止まって、振り向いた。
「ごめんなさい、先、歩いてください」
美保はすぐに取りつくろった笑みを浮かべた。それから小声でぼくに続きをたたみかける。
「部長がそんな弱気でどうするんですか。私は、地区大会を突破して県大会に出場して、関東大会に出て、全国大会に行くのが目標です。そこまで行く自信はないけど…せめて、目標は高く持ちたいし、それを共有したいんです」
「全国大会…」
美保の目標設定があまりにも高くて、ぼくは驚いた。
だけど、目標は高く設定しても、間違いではない。
今の柏高のレベルでは、地区予選すら突破できそうにないけれど、だからといって、全国大会に出場できないと決まっているわけでもないからだ。
「それにしても、ワダちゃんは、どうしてそこまで目標が高いの?」
「それは…だって、高校演劇コンクールの全国大会って、高校野球でいえば、夏の甲子園みたいなものじゃないですか」
美保の横顔を見ると、その瞳はキラキラと輝いていた。
「高校球児が甲子園をめざすのは当然じゃないですか。だったら、演劇部員は演劇コンクールの全国大会をめざして意識を高めるのが、…」
美保は一瞬、言いよどんでから、ぼくの方を向いて、満面の笑顔で言い放った。
「それが、私たちの青春、だと思うんです」
小さな声で宣言して、今度は口元を上げて微笑を浮かべた。
しかし、その笑顔は、すぐに真剣な表情に戻った。
「私、皆川先輩のためにも、どうしても、勝ち抜きたいんです」
「皆川のために?」
そういえば、和田美保は皆川絵美の中学の後輩じゃないか。
「皆川先輩、中学の時からずっと話してました。大人になったら、たくさんの人に感動してもらえる役者になりたいって。そのために、芸能プロダクションにも入って…」
「えっ!」
今度は、ぼくが大きな声を出してしまった。
「皆川って、芸能プロダクションに入ってるの?」
「えっ、鳥居先輩、知らなかったんですか?」
「うん。今、初めて知った…」
皆川は、そこまで本気で役者をめざしていたのか。あの、無口で、俺たちのダメダメな演技にも何のダメ出しをしない皆川が。
和田美保が目標を高く設定している真の理由が、だんだん見えてきた。
「その皆川のことなんだけど」
ぼくは美保に、皆川からの退部届が川島匠にも提出されたことを話した。
2つの退部届の1か所の違いについても。
「E」の文字と「【□】の中に【×】」のマークについては、美保も思い当たることがないようだった。
美保は、意外な話を教えてくれた。
「彩乃から、変な話を聞いたんです。半月くらい前、部活の前に、廊下に神島先輩と皆川先輩が2人でいたらしいんですよね。その時なんですけど、彩乃によれば、皆川先輩は神島先輩の肩に顔をうずめるようにして、声を出さずに泣いていたんだって…」
「皆川と神島の間に、何かあったのかな?」
「神島先輩の表情をちらっと見たら、いつもの穏やかな表情じゃなくて、暗い陰をおびていたって。彩乃は神島先輩のファンだから、神島先輩の表情や仕草については、うちの部活でいちばん観察しているんで、間違いないと思います」
「神島は、皆川の退部に何か関係しているのかな?」
「そこまではわからないけど…。神島先輩に訊いたら、何かわかるかもしれませんね」
和田美保は「リーンカーネーション」で、中学の先輩である皆川絵美から大船みゆき役を引き継いだ。
皆川は芸能プロダクションに所属するほどの役者魂を持っていた。
美保は、皆川のために、高校演劇こんくを勝ち抜く目標を設定した。
そして美保は、自分でもまだ事実を消化しきれていない皆川退部の真相を、突き止めたいと思っている。
それはぼくも同じだ。
演劇部の部長・副部長として、これまで以上に関係を密接にしていこう。
部活をまとめることや、部活を守ることは、部長の役目だ。
そしてぼくは、美保の願いを、一緒に叶えたいと思った。
しかし、日曜日に横浜の谷口澪の家に行くことは、美保には言わなかった。
さっき澪さんに、桜井友恵が同行してもいいかケータイのメッセージで確認したら、あっさり了承された。
ただし、他の部員には黙っていてほしいと、返信のメッセージに添えられていた。
だから、ぼくは美保には、澪さんに会いにいくことを言わなかったのだろうか。
それとも、ぼくは美保に、澪さんに会いに行くことを、言えなかったのだろうか。
ぼくが美保に抱いているこの不思議な感情は、何なのだろう?




