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リーンカーネーション  作者: さら
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8

唐突な質問に、ぼくはイエスかノーで答えることができなかった。


「なんだよ、いきなり…」


そう返すのが精一杯だった。


「部長と副部長なんだから、お似合いなんじゃない? 演劇部には部活内恋愛禁止ルールもないし、ふたりいつも仲良さそうだし」


「恋愛ってレベルで考えたことがないからな」


「そう。余計な質問だったらごめんなさい。そろそろ部室に戻らないと、またサボッてるって市川くんに文句言われるわよ」


そう言うと、友恵は廊下を先に歩いて部室に戻った。


部活の後半は、もう一度「リーンカーネーション」の読み合わせをした。


ぼくと美保は恋人同士の役を演じる。


桜井友恵の質問に動揺していたぼくは、劇中の藤沢一成と大船みゆきの距離感を見失ってしまった。


藤沢一成とぼく、大船みゆきと美保が混合してセリフに出ていた。


その点は、読み合わせを終えた後に、赤田先輩に「なんだかフワフワしてたぞ」と指摘された。


友恵の質問に、イエスともノーとも答えられない自分がいて、そんな自分にびっくりしてしまった。


ぼくは和田美保のことが好きなのだろうか?


「リーンカーネーション」の台本には、大船

みゆきのこんなセリフがある。


「カズ。私のことは忘れて。私のことを、忘れないで」


読み合わせの段階で、和田美保は瞳を潤ませてこのセリフを発した。


ぼくの動揺が増幅した瞬間だった。


読み合わせの後も、友恵の質問が頭から離れない。


同時にぼくは、新歓公演で上演した創作台本【ご近所さん…盲目の長女と夜逃げ常習犯】を思い出していた。


最初は接点のないご近所さんだった2人が、それぞれを助け合いながら共に魅了されていくストーリー。


新垣(あらかき)役のぼくとキョウコ役の皆川絵美の間に、こんな会話があった。


「俺たちって、相棒なのかな?」

「いいえ。あなたと私は、共犯者」


新垣とキョウコは恋に落ちた。


ぼくは、皆川にドキドキしてしまった。


正直、ぼくには異性間の「恋」とか「愛」とか「恋愛」というのがどんなものか、わからない。


これは、本当に、わからないのだ。


和田美保にも皆川絵美にも「好意」を抱いているのは間違いない。


そもそも、なぜ友恵は急に、ぼくに「和田美保のことが好きなのか」と訊ねてきたのだろう。


その直前には、澪さんと日曜日に会う約束をして、気分の高揚を感じる自分がいた。


ぼくは、谷口澪にも「好意」を抱いている…。


部活からの帰り、ぼくはイヤホンを片耳にだけ装着して、和田美保と話しながら歩いていた。


「柏高演劇部が湘南地区大会を突破して県大会に進出するのって、やっぱり難しいんですかね」


和田美保が前を向いて歩きながら訊いてきた。


「湘南地区大会には、県立・私立合わせて20校近くの高校が参加する。その中から県大会に出場できるのは2組。この地区には、毎年県大会に出場する強豪校があるから、残る1枠をめぐる狭き門…」


「毎年県大会に出場してるからって、その強豪校が今年も県大会に出場できるとは限らないですよね。それに、県大会に進める高校は2校ある。だったら、うちが地区大会を突破できる可能性は、充分にあるんじゃないですか?」


美保はあくまでも強気だった。


「うーん。だけど、うちの演劇部は今までに地区大会を突破した実績はないからねえ。赤田先輩や和田ちゃんがいるのは心強いけど、皆川が抜けちゃったし、俺や他のメンバーが足を引っ張っちゃうんじゃないかなあ」


「鳥居先輩!しっかりしてください!」


和田美保の強い口調に、前を歩いていたイッチーや飯山、石本彩乃が立ち止まって、振り向いた。


「ごめんなさい、先、歩いてください」


美保はすぐに取りつくろった笑みを浮かべた。それから小声でぼくに続きをたたみかける。


「部長がそんな弱気でどうするんですか。私は、地区大会を突破して県大会に出場して、関東大会に出て、全国大会に行くのが目標です。そこまで行く自信はないけど…せめて、目標は高く持ちたいし、それを共有したいんです」


「全国大会…」


美保の目標設定があまりにも高くて、ぼくは驚いた。


だけど、目標は高く設定しても、間違いではない。


今の柏高のレベルでは、地区予選すら突破できそうにないけれど、だからといって、全国大会に出場できないと決まっているわけでもないからだ。


「それにしても、ワダちゃんは、どうしてそこまで目標が高いの?」


「それは…だって、高校演劇コンクールの全国大会って、高校野球でいえば、夏の甲子園みたいなものじゃないですか」


美保の横顔を見ると、その瞳はキラキラと輝いていた。


「高校球児が甲子園をめざすのは当然じゃないですか。だったら、演劇部員は演劇コンクールの全国大会をめざして意識を高めるのが、…」


美保は一瞬、言いよどんでから、ぼくの方を向いて、満面の笑顔で言い放った。


「それが、私たちの青春、だと思うんです」


小さな声で宣言して、今度は口元を上げて微笑を浮かべた。


しかし、その笑顔は、すぐに真剣な表情に戻った。


「私、皆川先輩のためにも、どうしても、勝ち抜きたいんです」


「皆川のために?」


そういえば、和田美保は皆川絵美の中学の後輩じゃないか。


「皆川先輩、中学の時からずっと話してました。大人になったら、たくさんの人に感動してもらえる役者になりたいって。そのために、芸能プロダクションにも入って…」


「えっ!」


今度は、ぼくが大きな声を出してしまった。


「皆川って、芸能プロダクションに入ってるの?」


「えっ、鳥居先輩、知らなかったんですか?」


「うん。今、初めて知った…」


皆川は、そこまで本気で役者をめざしていたのか。あの、無口で、俺たちのダメダメな演技にも何のダメ出しをしない皆川が。


和田美保が目標を高く設定している真の理由が、だんだん見えてきた。


「その皆川のことなんだけど」


ぼくは美保に、皆川からの退部届が川島匠にも提出されたことを話した。


2つの退部届の1か所の違いについても。


「E」の文字と「【□】の中に【×】」のマークについては、美保も思い当たることがないようだった。


美保は、意外な話を教えてくれた。


「彩乃から、変な話を聞いたんです。半月くらい前、部活の前に、廊下に神島先輩と皆川先輩が2人でいたらしいんですよね。その時なんですけど、彩乃によれば、皆川先輩は神島先輩の肩に顔をうずめるようにして、声を出さずに泣いていたんだって…」


「皆川と神島の間に、何かあったのかな?」


「神島先輩の表情をちらっと見たら、いつもの穏やかな表情じゃなくて、暗い陰をおびていたって。彩乃は神島先輩のファンだから、神島先輩の表情や仕草については、うちの部活でいちばん観察しているんで、間違いないと思います」


「神島は、皆川の退部に何か関係しているのかな?」


「そこまではわからないけど…。神島先輩に訊いたら、何かわかるかもしれませんね」


和田美保は「リーンカーネーション」で、中学の先輩である皆川絵美から大船みゆき役を引き継いだ。


皆川は芸能プロダクションに所属するほどの役者魂を持っていた。


美保は、皆川のために、高校演劇こんくを勝ち抜く目標を設定した。


そして美保は、自分でもまだ事実を消化しきれていない皆川退部の真相を、突き止めたいと思っている。


それはぼくも同じだ。


演劇部の部長・副部長として、これまで以上に関係を密接にしていこう。


部活をまとめることや、部活を守ることは、部長の役目だ。


そしてぼくは、美保の願いを、一緒に叶えたいと思った。


しかし、日曜日に横浜の谷口澪の家に行くことは、美保には言わなかった。


さっき澪さんに、桜井友恵が同行してもいいかケータイのメッセージで確認したら、あっさり了承された。


ただし、他の部員には黙っていてほしいと、返信のメッセージに添えられていた。


だから、ぼくは美保には、澪さんに会いにいくことを言わなかったのだろうか。


それとも、ぼくは美保に、澪さんに会いに行くことを、言えなかったのだろうか。


ぼくが美保に抱いているこの不思議な感情は、何なのだろう?





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