7
高校演劇の大会の、一校の上演時間は1時間以内と制限が決まっている。
「リーンカーネーション」の台本を一度、みんなで読み合わせしてみた。
「動きをつけて舞台で披露したら、60分以内で終わるかどうか、微妙なところだな」
赤田先輩が苦笑いした。
60分を1秒でも過ぎれば、その高校は大会で失格となる。
いったん、10分間の休憩をとった。
ぼくは視聴覚室を出て、廊下を歩いてトイレに向かった。
廊下の角を曲がったところで、反対側から来た澪さんに出くわした。
「あら」
微笑む澪さんのロングヘアはサラサラだ。
「読み合わせ、どうでしたか?」
ぼくは澪さんに訊いてみた。
「1回目にしては、みんなスラスラ読めてたんじゃないかな。これが秋にはどんな出来映えになっているか、楽しみだね」
「これからですね」
ぼくはトイレに入るためにすれ違おうとした。
「あ、鳥居くん」
澪さんに呼び止められた。
「今度の日曜日、空いてる?」
「日曜日ですか?…え?」
ぼくが日曜日に空いているかどうかを訊いてきた。日曜日に空いているとこたえたら、どうしようというのだろうか。
「あ、はい。予定はありません」
「だったら、ウチに遊びにこない? 鳥居くん、おばあちゃんの家が横浜の西区だって言ってたでしょ。私の家も、西区なんだ」
「そうだったんですか…」
やべ、これまさか、デートのお誘いか?
いや、だけど、いきなりウチに招待するか?
「じゃあ、横浜駅まで迎えに行くね。待ち合わせは午後1時でどうかな」
「いきなりお邪魔しちゃっても大丈夫なんですか?」
「こうやって約束してるんだから、いきなりじゃないじゃない。お邪魔じゃなくて大歓迎だから、よろしくね」
澪さんはまた微笑んだ。
「あ、さっきの鳥居くんがカブトかぶってる写真、もっとよく見てみたいから、よかったら持ってきてね」
澪さんは、視聴覚室のほうへ歩いていった。
ぼくの胸は高鳴っていた。
澪さんに、家に、誘われた…。
いったい、何が起こるんだろう?
つたない思考回路を張り巡らせながら、ぼくはあらゆる想像をしつつ、トイレを済ませた。
トイレから出たところで、桜井友恵が待ち構えていた。
ぼくはびっくりした。
「なんだよ桜井、そんなところで…」
「鳥居くん、谷口先生に誘われたようね。おめでとう」
「きいてたのかよ!」
友恵は立ったまま腕を組んで、廊下の壁に寄りかかっていた。
無口で、自分からは滅多に声をかけてこない1年生の友恵だが、先輩のぼくと2人だけで話す時はなぜか「鳥居くん」とタメグチで呼んでくる。
「トイレから出ようとしたら2人が話してたから出られなくなっちゃったのよ。邪魔しちゃ悪いでしょ」
「邪魔じゃねーし、さっと出りゃいいじゃねーか」
「あら、じゃあ視聴覚室に戻ったら『鳥居先輩が谷口先生にデートに誘われてましたー』とでもみんなに伝えようかしら」
「待て待て待て待て」
壁から背中を話して廊下を歩き出そうとする友恵を必死に呼び止める。
「おまえ、余計なことすんなよ」
「冗談よ。するわけないでしょ」
友恵はぼくに向き直ると、提案をしてきた。
「日曜日の横浜、私も行ってもいい?」
それは、ぼくのまったくの想定外の提案だった。
「え? なんで?」
「おかしいと思わない? 教育実習生がいきなり生徒を家に呼ぶなんて。それもいきなり、誰もいない場所で声をかけてくるなんて。あの人、鳥居くんに気があるのかしら」
「いや、それはないだろ」
「どうかしらね」
友恵は興味なさそうに答えてから、意味深なことを言った。
「あの人、鳥居くんにさっきの写真を持ってくるように言ってたでしょ。そこが気になるの。あなたと和田美保が視聴覚室で会話をしている間じゅう、あの人は鳥居くんの写真を真剣に見つめていたわ。何か思い当たることがあるようだった」
「その思い当たることについて話があるから、俺を家に呼んだって言うのか?」
「そうとしか考えられない。部活の休憩時間に鳥居くんが真っ先に1人でトイレに行くのを、あの人はよく見てるし、今日はそれを先回りするように、みんなが読み合わせを終えて感想交流している間に、部屋を出ていったから」
「おまえ、人の行動をよく観察してるんだな」
ぼくは、ふと疑問に思ったことをぶつけてみた。
「だけど、俺の0歳の写真を、澪さんはなぜ、そんなに気にしてたんだろう」
「わからない。あの写真は、端午の節句の飾りの前に座る鳥居くんを写しているだけ。でも、そのどこかに、あの人を驚かせる何かが写っていた」
「その何かを確かめるのが、日曜の横浜ってわけか」
「どう、私がついて行こうと思った理由、わかってくれた?」
ぼくより背の低い友恵は、顔をやや上に向けてぼくの目を見た。
「それとも、鳥居くんとあの人のデートの、本当にお邪魔になっちゃうかしら」
友恵のショートカットのザク切りの前髪が、風もないのに、ふわっと揺れた。こいつ、マジでショートカットが似合うな。
「そんなことないけど、呼ばれたのは俺だけだぞ。おまえはどうやって行くんだよ」
「どうにでもなるでしょ。やっぱり教育実習生と生徒が2人だけで密会するのはまずいですとか、私と横浜で偶然、遭遇したようにするとか」
ぼくは、友恵の横浜同行を承諾することにした。
友恵の勘は鋭い。
確かに、澪さんがぼくを横浜の家に呼んだ理由にあの写真が絡んでいるとしたら、ちょっと不気味だ。
だけど、澪さんと2人だけで会える時間が潰れてしまうのは、もったいないような気もしていた。
そこに、友恵は今までの会話とはまったく関係のない質問をぶつけてきた。
「ところであなた、和田美保のことが好きなの?」




