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ぼくと和田美保が図書室で首脳会談をした翌日の木曜日、皆川絵美は学校を欠席した。
担任の関口先生に訊いてみたところ、皆川の母親から、娘の具合が悪いので今日は休ませると電話があったらしい。
昨日、部活が終わってから、ぼくは皆川にケータイからメッセージを送ったが、返事はなかった。
昼休みにぼくは職員室を訪ねて、川島先生に皆川の退部届を見せた。
川島先生は、白い便箋にチラッと目をやった。
「そうか…」
「そうか…って、川島先生はびっくりしないんですか?」
「そりゃあ、びっくりしたよ。俺も渡された時はな」
びっくりしたのは、ぼくのほうだった。
川島先生は、机の引き出しから、皆川がぼくに渡したものと同じ白地の便せんを取り出して、ぼくに見せた。
【退部届
私、皆川絵美は、演劇部を退部させていただきます。これまでありがとうございました。 … 】
手書きの文面も同じだった。
「あいつ、先生にも提出していたんですね」
「律儀な子だから、顧問と部長にはきちんとけじめを伝えたかったんじゃないかな」
便せんに目を通していたぼくは、自分宛に渡された退部届と、今、手にしている川島先生宛の退部届に、1か所だけ、相違点があることに気がついた。
ぼくに渡した退部届の最後には【E】という文字が書かれていた。
川島に渡したほうには【E】の文字がなく、代わりに四角(【□】)の中に×印(【×】)が書かれたマークのようなものがあった。
「先生、この【□】に【×】のマーク、これは何でしょうか?」
「わからない」
「ぼくが受け取った退部届にはそのマークがなくて、代わりに【E】というアルファベットが書かれていました」
ぼくは、その部分を指差して、川島先生に見せた。
「これをぼくは皆川絵美の【えみ】のイニシャルの【E】だと思っていたのですが、何か違う意味があるんですかね」
「わからない」
川島先生は相変わらず表情を変えない。
「この【□】の中に【×】っていうのは、何かの記号なのでしょうか?」
「うーん。地図記号では【○】の中に【×】だと警察署のマークだけど、これは【□】だからなあ」
「先生には思い当たることはないわけですね」
「ない」
だが、2通の手紙の最後の部分だけが違うというのは、皆川が何かを伝えようとしているのではないか、という意図を感じる。
それは川島先生も同じようだった。
「皆川は、俺たちに直接メッセージすることを避けて、暗号で何かを伝えようとしているということか…」
「皆川が何かの問題に直面しているのなら、なぜそれを誰かに直接言わないのでしょうか。家族や先生、友達、あるいはクラスメイトで演劇部の仲間であるぼく。誰かに伝えることはできるはずです」
「それをできなかったから、暗号という形にしたんだろうな」
川島先生は黒縁のメガネの位置を直した。
「誰かに何かを伝えたい。でも伝えられない。しかし誰かに知ってほしい。だから暗号にして、それを解明してもらおうとしている」
「誰かというのが、川島先生とぼくということになるわけですね」
「俺たちになら解ける暗号として、【E】という文字と【○】に【×】のマークのようなものを、託したわけか」
「ですが、ぼくにはこの2つが何を意味するのか、見当もつきません」
「俺もだ」
皆川。おまえは、俺たちに何を伝えようとしているんだ?
この暗号は、俺と川島先生なら解けるのか?
そもそもこれは、本当に暗号なのか?
皆川絵美の退部の裏に何かがある。
その何かが、わからない。
もどかしい気持ちが消えることはなかった。




