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リーンカーネーション  作者: さら
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友恵の巴投げで簡易スタジオ兼用の部屋の床に叩きつけられた横山は、背中をさすりながら上体だけ起こすと、舌打ちした。


「俺はロリコン趣味があってな。毎日、学校で制服を着た女子を見ていると、性欲が高ぶってしまう。それを『エロスト』を毎月買うことで、抑えていたんだ。ちょうど1年前、俺は鎌倉時代についての自分なりの歴史観をまとめた書籍を自費出版した。その時にカメラマンになってもらったのが、俺が10年ほど前に赴任(ふにん)していた県立高校の生徒だった堀内だ」


横山は背中の痛さに顔をしかめながら立ち上がり、ソファーのある部屋に移動した。


「堀内の部屋に来て驚いたよ。机の上に、無防備に『エロスト』が何冊も置いてあったからな。『おまえ、こんなもん読んでるのか』と自分のことを棚に上げて堀内をたしなめると、堀内は『エロスト』のカメラマンの仕事をしていると話した」


「今の時代、出版業界は不遇ですから、こういう仕事も引き受けないと、カメラマンとしてやっていけないんですよ」


堀内さんは恥ずかしそうに頭を掻きながら、机に散らばっている『エロスト』を整理した。


おそらく皆川は、撮影中か終了後に、堀内さんの部屋で『エロスト』を発見したのだろう。


自分が「JK」の制服を着てきわどいアングルで撮影されている意味を瞬時に理解して蒼ざめる皆川の表情を想像して、ぼくは暗澹(あんたん)とした気持ちを抱いた。


「欲望というものは、際限なく広がっていくんだな。最初は『エロスト』を見て満足していた俺は、堀内がその雑誌のカメラマンであることを知ると、自分の教え子がグラビアでヒワイな姿をしているのを見たくなった。それで、堀内に、柏高の卒業生をモデルとして紹介するようになった。生徒指導で、援助交際がバレて説教を受けていた、性に対して開放的なヤツを選んでな」


「編集部から依頼されるより、自分でモデルを見つけて売りこむほうが、ギャラが高いんすよ。それに、横山先生が紹介してくれる女の子は鎌倉市周辺に住んでいる子なので、撮影もしやすいですからね」


「この雑誌のコンセプトはロシア民謡の『トロイカ』のもともとの歌詞の主題である『金持ちに恋人の少女を奪われる若者の心情』を皮肉に表現することにある。つまり、若者からの視点で『金持ちに売られた恋人のヒワイな写真を見せることで、読者の興奮を喚起する』ということだな。俺の妄想は際限がなくなってしまった。皆川のような純粋そうな女の子が俺の恋人で、金持ちに売られてしまうところを思い浮かべて、どうしても『エロスト』でそれを仮想的に実現したくなってしまったんだ…」


「あんたいくつだよ!」


ぼくは横山の自白をさえぎって叫んだ。


「もうすぐ定年を迎えるようなおっさんがやることじゃねえだろ!」


怒りが頂点に達して、ぼくは横山のYシャツの胸ぐらをつかんだ。


「あんた、それでも教師かよ!」


「教師だよ」


「あ?」


「歪んだ性欲に負けた、腐った教師だよ」


ぼくは頭に血がのぼりすぎて、ぶち切れた。右の拳を握っていた。


「鳥居!」


川島匠が威圧する声をだして、ぼくの右手を抑えた。


「横山先生。あなたがしたことで、心に傷を負っている生徒がいます。今後については、ご自分でよく考えてください」


川島匠は「そろそろ引き上げるぞ」と、ぼくや澪さん、近藤、友恵を促した。


「あれ?」


声を出したのは澪さんだった。


「閲覧者の人数が1人、多いな」


「えっ、どういうことですか?」


近藤が訊いた。


「私が配信している動画を視聴している人の数は、鳥居くん、桜井さん、川島先生、近藤さんの4人のはずなんだけど、今、閲覧している人の数が5人いる…」


「本当だ! ここにいない誰かが、この動画を見ているってことですね」


澪さんは、すぐに配信ストップのボタンを押した。


ぼくは、横山に向けて、最後の捨て台詞を吐いた。


「俺たちが共有していた『みんなで動画』というアプリはまだ発表されたばかりで、配信ユーザーも視聴ユーザーもごく少数です。だから、俺はこのアプリを選んで配信を共有することを選択しました。しかし、ライブ配信映像は、全世界に発進されています。どこかで知らない人が、高校教師のわいせつ幇助(ほうじょ)行為のリアルな自白を視聴しているのかもしれませんね」


驚きの表情で見つめる横山に背を向けて、ぼくは堀内さんの部屋の玄関を出た。


とりあえず川島先生の車で学校に戻ろうということになった。


だが、ぼくは車に乗ることを辞退した。


「5人乗ると窮屈(きゅうくつ)だから、4人で先に行っててよ。俺はちょっと頭を冷やしたいから、歩いて学校まで行くよ」


マンションの駐車場から川島匠の車が出て行くのを見届けて、ぼくは電話をかけた。


「もしもし、皆川か? 『みんなで動画』見てくれてたよな。これでもうおまえが不安がることはないよ。ねえ、今から、ちょっとお茶でも飲まないか?」


ぼくは皆川絵美に会うために、近くのバス停から、藤沢駅行きのバスに乗った。

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