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横山は、柏高の駐車場から車を飛ばして、すぐに堀内さんの部屋に来た。
「鳥居…」
横山はクツを脱いで、部屋に上がってきた。
堀内さんの自宅は、ソファーがある部屋の隣りにもう1つ部屋があって、そちらは写真撮影ができる簡易スタジオのようになっていた。
横山が、スタジオ風の部屋に入っていく。スーツの内ポケットからタバコの箱を取り出したが、部屋の中であることや、ぼくたち高校生がいることなどに気がついて、ポケットに戻した。
「そうだ。先週の火曜日の夜、皆川をこの部屋に連れてきたのは、俺だ」
横山はぼくたちに背中を向けた。
「皆川には、モデルのバイトがあるからと、その前の週に言っておいた。事務所を通すほどじゃない。簡単な撮影だと言ってな。堀内の都合で、火曜日の夜の撮影が決まった。皆川はその日は部活で大事な話し合いがあるから、5時までは部活に出ると言っていた。その後、俺がこの部屋まで、皆川を車で送った」
部活での大事な話し合いとは「リーンカーネーション」の役決めのことだ。
横山は黙ってしまった。
「横山先生、なぜこんなことをしたんですか」
澪さんが訊いた。
横山は、振り返って男装の麗人を眺めていた。
「キミ、どこかで会ったことがあるかな」
「谷口澪です」
「えっ、谷口?」
澪さんのあまりに完ぺきな変身ぶりに、横山は気がつかなかったようだ。
この日本史教師に、澪さんが井伊直弼の生まれ変わりであると告げたら、どんな顔をするだろうか。
そのタイミングは、今じゃないな。
「なぜって、俺は皆川にモデルの仕事を紹介しただけだ」
澪さんが訝しげな表情になる。
「その仕事が成人向け雑誌のモデルだってことを隠してですか?」
「なあ堀内、俺はこの子をおまえに紹介した時、成人向け雑誌の仕事だって、おまえに言ったかな」
「あ、いや、確か、言ってないですね…」
堀内さんは気まずそうに答えた。
「俺は、堀内にモデルを紹介しただけだ。成人向け雑誌の仕事を皆川にやらせた覚えはない」
横山は強気だった。
「それより鳥居、なんで俺が皆川を堀内に紹介したとわかったんだ? 皆川がおまえに何か言ったのか? いや、バイトの件は秘密にしておくように皆川には念押ししてあるから、それはないか」
「皆川は、先週の木曜日、つまりこの部屋で撮影があった2日後に、俺に演劇部の退部届を渡しました。その退部届には【E】という暗号がありました」
ぼくは制服のポケットから、皆川の退部届を封筒ごと取り出した。
中に入っている2枚の便せんの1枚目を、横山に見せた。
「【E】が何だって言うんだ」
「ぼく宛の退部届には、続きがありました。この、2枚目のほうです。こちらには、皆川が退部するだけでなく、学校に来られなくなるかもしれないと書かれています。事実、この手紙をぼくに託してから、1週間も皆川は学校を休んでいます」
「もう1週間になるのか」
「2枚目の手紙は、皆川個人の心情が連ねられているものでした。それでぼくも見落としていたのですが、この2枚目の便せんに書かれた文章の中に、1枚目の【E】の暗号を解くカギが隠されていたのです」
2枚目の便せんに書かれている文章をの一部を、ぼくは声に出してゆっくり読んだ。
【鳥居くんは井伊直弼が大悪党として教科書に書かれていることがショックだったんだよね。
実際のところはどうだったんだろうね。
鳥居くんなら、真実を突き止めてくれるような気がしてる。
大老は、倒されたのよ。】
「ここに書かれているのは、先週の水曜日の横山先生の日本史の授業のことです。俺が、井伊直弼大老が安政の大獄を仕掛けたと知って『そんなわけねえだろ!』と叫んでしまった授業です」
「ああ、覚えているよ」
「俺は、皆川がなんで退部届にそのことを書いたのかよくわからないまま、気にも留めてきませんでした。しかし、今、読み直すと、明らかにおかしいんですよ。取りようによっては、大老が桜田門外の変で殺害されるに至った真実を、俺に突き止めてほしいという解釈もできます。しかし、追いつめられていた皆川が、退部届で井伊直弼について長々と記述するのは、腑に落ちません」
「何が言いたい」
「この文章には、簡単な意図が隠されていたのです。【大老は倒されたのよ】。皆川が伝えたかったのは、この一文です。大老とは、井伊直弼のこと。井伊を【E】に変換して、【E】を倒してみると、こうなるんです」
ぼくは実際に、友恵が破いた契約書の裏の白紙に【E】と記入して、その紙を横にした。
「【E】を横にすると【山=ヤマ】になる。つまり、横山。わかってしまえば、なんとも簡単な暗号でした」
「そんなに念を入れた暗号を皆川が作っていたのか。あいつは頭がいいんだか、バカなんだか」
「バカっていうな!」
ぼくの怒りは頂点に達していた。こいつはシラを切っているが、確実に追いつめて白状させてやる。
「それで、皆川をここに連れてきたのが俺だとわかったのか。なるほどな。しかしな、鳥居。俺はさっきも言った通り、皆川を堀内に紹介しただけだ。まさか、堀内が皆川をエロ雑誌のモデルに使うなんて、思いもしなかったからな」
その時、堀内さんの部屋の玄関のドアが開いた。
川島匠と、近藤ゆかりがいた。
川島匠は黒縁のメガネの位置を調整しながら部屋に入ってきて、横山の前に立った。
「横山先生、もうやめてください」
「川島先生…」
「堀内さん、【月刊エロ・ストライカー】の最新号に掲載されているこのグラビアは、あなたが撮影したものですね?」
川島が提示したのは、柏高を卒業した先輩が、湘南モノレールの支柱が立っている場所で、ヒワイな格好をしている、例のグラビア写真だった。
「そうです。これ、ボクが撮影したやつです。まさかこの子は、現役のJKじゃないですよね…」
「今はもう、高校を卒業しています。この子を紹介したのも、横山先生ではありませんか?」
「そうです。横山先生に紹介されました」
「この子は、3月1日に卒業するまで、私が担任だったんですよ。この写真を撮影したのは、いつですか?」
「やめとけ!」
横山が声を張り上げた。
近藤が応戦する。
「そうはいきません。柏高の卒業生、さらには在校生が成人向け雑誌のモデルにひんぱんに紹介されてしまうような事態は、生徒会としても放っておけないんですよね。私の父は警察官なんです。もし現役の高校生が18禁の世界に足を突っ込んでしまっていたとしたら、報告して捜査してもらわなければいけないな」
澪さんが燕尾服のポケットにしまっていたケータイを取り出した。
澪さんは「みんなで動画」を配信し続けていた。
川島匠と近藤ゆかりも最初からこの動画を見ていたから、堀内さんの部屋まで簡単に来ることができたのだ。
ぼくは横山に追い打ちをかけた。
「この動画は、きょう10時に彼女たちと堀内さんが会ったところから、ずっと配信しています。残念ながら、マイナーなスマホアプリのコミュニティなので、ぼくたち以外の人は訪問していないようですが、この空間で起きていることはすべてネットで全世界に発信され続けていますし、もちろん録画保存しておくことも可能です」
それを聴いて、横山の顔が真っ赤になり「うおーっ」といううめきとともに、ケータイを掲げている澪さんに突進した。
澪さんは「きゃっ」と声を上げて逃げようとした。
横山が澪さんに触れる前に、2人の間に割って入った者がいた。
桜井友恵だった。
友恵は横山の真正面に立つと、おもむろに右手で横山の左腕を、左手で横山の右肩のあたりをつかんだ。
右足を上げて横山の左足の太もものあたりに付けて、友恵はそのまま後方に倒れた。
横山の身体が友恵の怪力に引き寄せられて、前方に宙を舞って円を描き、背中から床に叩きつけられた。
「友恵」の名にふさわしい、見事な「巴投げ」だった。
友恵は、何事もなかったかのように立ち上がり、近藤ゆかりを見た。
「今のは正当防衛ですよね、先輩」




