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皆川絵美が学校を欠席し始めてから1週間となる木曜日、ぼくは湘南深沢駅で午前9時半に、澪さんと友恵と待ち合わせた。
ぼくと友恵は高校を、澪さんは大学の講義をぶっちぎった。
澪さんは、ぼくが頼んだとおりの格好をしてきてくれた。
黒髪のロングヘアではなく、紫色のショートヘア。
ところどころ破れている真っ黒の燕尾服。チェーンのアクセサリーもついている。
数多くのヴィジュアル系アーティストの中に入っても、澪さんの容姿は際立つに違いない。
男子とも女子とも見分けのつかない「男装の麗人」が、現代に転生した幕末の大老・井伊直弼だというのだから、わけがわからない。
ぼくがもし、事情を知らないでこの格好をした澪さんに会っても、澪さんだとは気がつかないだろう。
「正装で外に出ると気持ちがいいね」
普段は澪さんを「演じている」大老の言葉に、少しも重みがない。
ぼくと友恵は私服だ。
昨夜、藤沢駅のカフェで澪さんに呼び出してもらったカメラマンの堀内という男は、10時すぎに車で湘南深沢駅前に来た。
堀内が、先週の火曜日の夜に、皆川をモデルにして『エロスト』のグラビアページの撮影をしたのは間違いなかった。
ぼくは湘南モノレールの支柱の陰に隠れた。
堀内は20代後半から30歳くらいだろうか。
「雫ちゃんに明日香ちゃんだね」
堀内はスマホの画像を見ながら2人に確認した。
澪さんは雫、友恵は明日香という偽名を使って、昨夜のうちに、澪さんが堀内に画像を送信していた。
「雫ちゃんは、かっこいいなあ。イケメンのホストに見えるよ。ホントに女の子なの?」
「女性です」
澪さんは簡潔に答えた。声色も男性とも女性ともつかない。
「それから明日香ちゃん。キミ、顔立ちが若くみえるねえ。これなら制服に着替えればホンモノのJKに見えるなあ」
堀内は満足そうに笑みを浮かべた。
「すぐ近くに事務所があるから、そこで説明をするよ。といっても、ボクの自宅兼用だけどね。衣装も用意してあるから」
堀内は、2人を車の後部座席に乗せた。
ぼくはケータイの画面とイヤホンに集中した。
澪さんのケータイは、スマホアプリの動画配信ツールを開いている。
「ニコニコ」とか「ユースト」など、個人がインターネットを通じて動画配信できるサービスと同じような機能を持つものだ。
ぼくたちは「みんなで動画」という開発公開されたばかりのマイナーな動画配信サービスアプリをダウンロードしていた。
澪さんがケータイから配信する動画は、堀内が運転する車がどこへ行くのかを映し出していた。
あとは、堀内の部屋が駅からそう遠くない場所にあることを願った。
堀内の「キミたちはいま学生さん?」「家はこの近くなの?」といった質問に、澪さんが適当な返事をしながら、「ここのファミレス、入ったことがあります」などと、車がどこを走っているかを、さりげなく教えてくれた。
幸い、車は5分も走らない場所にあるマンションの駐車場に停められ、堀内と澪さん、友恵がエレベーターで堀内の部屋に入っていく。
堀内の背後からついていく澪さんが、配信動画のコメント欄に「502」と簡単にコメントをした。
堀内の部屋の番号だ。
3人が部屋に入る。
もし堀内が部屋にカギをかけるようなら、そのスキをみてカギを開けておくように、友恵に言ってある。
ぼくはダッシュで堀内のマンションの502号室に向かった。
堀内は、玄関を入ってすぐの部屋にあるソファーに澪さんと友恵を座らせると、2人に何か飲み物をコップに入れて出した。
「まずは契約書ね。いちおう、形式だけだから。謝礼は撮影が終わったら現金で払うよ」
「うーん、やっぱり不安だなあ」
澪さんが、うまく時間稼ぎをしてくれる。
「大丈夫だよ。みんな、アルバイト感覚で気軽に参加してくれてるから。雑誌なんて、読む人も限られてるし、名前も適当につけて掲載するから、バレないバレない」
堀内は、初めて成人向け雑誌のモデルになるという2人の心を和ませるのに必死だ。
「それに、このお仕事の利点は、インターネットじゃなくて雑誌だってこと。ネットなら画像があっという間に拡散されてしまうけど、雑誌なら一度掲載されればそれで終わりだからね」
雑誌であっても、グラビア写真を撮影した画像をSNSサイトに投稿すれば、簡単に拡散することができる。
そのくらいは簡単にわかるのだが、堀内は目の前の被写体を安心させるために、うまく納得させようとしているのだろう。
とにかく、2人いるとはいえ、相手が男なので、できるだけ早く堀内の部屋にたどり着かないといけない。
澪さんも友恵も、契約書をじっくり読んだり、飲み物が入ったコップに手を伸ばしたりして、時間を引き延ばしてくれている。
「今回はいい写真が撮れそうだなあ。雫ちゃんはその格好のままでいいとして、明日香ちゃんは制服に着替えようか。そこのクローゼットに衣装はいろいろ用意してあるから、好きな制服を選んでね」
ぼくは堀内のマンションのエレベーターに乗った。「5」のボタンを押す。
イヤホンで会話の様子を聴きながら全速力で走ってきたので、さすがに呼吸が荒くなっていて、前傾姿勢になって両膝に手を置いた。
5階までは、あっという間だ。
エレベーターを降りてすぐの場所に、502号室があった。
ぼくは、ふうっと大きく深呼吸して、目の前のドアを開けた。
「そこまで!」
いきなりの侵入者に、堀内はポカンとしていたが、すぐにぼくに近寄ってきた。
「誰だテメエ」
「名乗るほどの者ではありません。ひとつだけ、お願いがあります。この撮影、中止にしていただけないでしょうか?」
「は? 何言ってんの? ガキは帰れよオラッ」
「明日香は現役の高校生ですよ!」
ぼくは演劇部の部長だ。ここは舞台だ。
「えっ? 高校生なの?」
堀内は後ろを振り返って、ソファーに座っている友恵を見た。
友恵が、澪さんと自分がサインした契約書を縦に引き裂いた。
「おいおい、何するの。何これ、話が違うじゃん。キミたち、先生の紹介で来たんだろ? そういうことじゃ困るんだよ…」
堀内は、事態を把握できていないようだ。
「おまえら、どういうことだ」
男装の麗人である澪さんが立ち上がって、低い声でしゃべり始める。
「ごめんなさい。昨日の電話でウソをつきました。私たちは先生の紹介で来たのではありません。雑誌を発行している編集部に電話をして、堀内さんの名前とケータイの番号を教えていただいたんです」
「編集部? ああ、『エロスト』のか。どうやって『エロスト』の電話番号を調べたんだ? あの雑誌には編集部の電話番号は掲載されていないはずだ」
「簡単です。雑誌には、奥付として、発行している出版社の名前や住所、代表電話の番号が記されています。そこに電話をかけて、モデル募集のページを見たと言って、編集部の方につないでもらったんですよ」
昨夜、藤沢駅のカフェで、澪さんに計画を話して、実行してもらったのだ。
「で、なんで、俺をダマしたんだよ」
堀内は、納得がいかないという表情で、澪さんを問いつめた。
そこからは、ぼくが引き取った。
「堀内さん。先週の火曜日、こちらは本当に先生の紹介で『エロスト』の撮影をしませんでしたか? この子です」
ぼくは、新歓公演終了直後にに撮影した、キョウコ役の衣装を着た皆川絵美の画像を、堀内に見せた。
「ああ。この子、撮影したよ」
堀内は記憶をたどるように視線を上に向けた。
「あの時は、先生がここまで車でこの子を送ってきてくれたからね。ん? まさか、この子も現役のJKなのか?」
「はい。どうやら堀内さんは、本当のことを知らされていなかったようですね。この世界は、ルールを承知した上で現役の高校生がモデルになることもよくあるようですが、少なくともこの子は、自分が成人向け雑誌のモデルにされるとは知らずに、先生にここに連れてこられたのですよ」
「俺はてっきり、先生がこの子に説明しているものだと思ってた」
堀内は頭を抱えた。この人は、悪い人ではなさそうだ。
「この子はいま、柏高演劇部の2年生で、芸能プロダクションに所属して、本気で演技の勉強をしています。ぼくは演劇部の部長です。堀内さんが、この子が現役の高校生であることを知らないのであれば、やはり先生が本当のことを堀内さんにもこの子にも知らせずに、撮影をさせたことになりますね」
「だけどこの子、結構なきわどいポーズも、わりと簡単に撮らせてくれたぞ?」
「それは彼女の役者としての魂でしょう。この子は、自分が成人向け雑誌のグラビアに掲載される写真を撮影されているとは知らずに、堀内さんの要求に精いっぱい応えようと頑張ったのではないでしょうか。彼女がどこでどんなポーズをとらされたのかは、ぼくたちにはわかりませんが」
ここは、誠実に、堀内さんにお願いしてみよう。
「堀内さん。お願いがあります。もしまだ間に合うのなら、先週撮影した彼女の写真が『エロスト』に載らないようにしてもらえませんか」
「ああ。あの撮影分は『エロスト』の2号先の分だから、まだ間に合うよ。ただし、使う写真はデータで編集部に送っちゃったけどね。『エロスト』の編集部は、取り扱っていることは18禁だけど、法律を遵守することは徹底しているから、あの子が現役のJKなら、データが出回ることはないと思うよ。保証はできないけどね」
まあ座れよ、と堀内さんはぼくをソファーに案内して、ジュースを入れてくれた。
「俺が持っている画像のデータは、これからキミたちの前で削除してあげるよ。だけど、あの先生、なんでこんなことしたんだろう。『エロスト』の原稿料はパーになるし、ダマされたのは俺も同じだよ。まあ、先生からお小遣いはもらったけどな」
ぼくと堀内さんは相談して、やはり先生を問いつめることにした。
『真犯人』が先生だなんて、やりきれない。
堀内さんが、先生に電話をかけた。
堀内さんは、先生に「先週の火曜日に撮影した女の子のことっすけど」と話し始めた。
ぼくは手を伸ばして、堀内さんのケータイを奪い取った。
「どういうことだか説明していただけますね、横山先生!」




