18.
部活の帰りに、ぼくは澪さんと友恵を誘って、藤沢駅前のカフェに入った。
生徒会で忙しい近藤ゆかりには、電話で「調べてほしいことがある」と頼んでおいた。
澪さんはコーヒーを、友恵はオレンジジュースを、ぼくは紅茶をチョイスした。
「皆川の欠席日数をこれ以上増やしてはいけないし、何より俺は皆川に暗号を託されています。謎を解明してスッキリさせてしまえば、皆川はまた笑顔で登校してくれるはずです。どうやらこの『事件』の『真犯人』が見えてきました。澪さん、桜井、協力してください」
「『事件』の『真犯人』って、皆川さんを退部・欠席に追いこんだ人がいて、それが誰だかわかったってこと?」
「はい。俺の推理が正しければ、の話ですが」
ぼくは、冷静さを保つように心がけて、澪さんの目を見て、断言した。
「皆川をここまで追いつめたヤツがいて、そいつが皆川の苦しみに思いをはせることもなく、知らぬ顔で過ごしているとするならば、許すわけにはいきません」
「鳥居くんがそこまで言うからには、何かをつかんだのね。ええ、できる範囲で協力する」
澪さんから快諾を得た。
ぼくはバッグの中から『エロスト』を取り出した。
「ヒントは、この雑誌の中にあります」
「やだ、鳥居くん、いきなりお店の中でそんなもの広げないでよ」
澪さんの苦笑いで、ぼくはカフェの中で女子2人を前にしてエロ雑誌を広げるという大胆な行為を始めていたことに気がついた。
一刻を争うような気がして集中しているので、周りが見えなくなっているのかな。
「申し訳ありません。これは『月刊エロ・ストライカー』という雑誌です。コンビニでは、いわゆる成人向け雑誌の棚に陳列されるもの」
「『ストライカー』か。昨日の部活のときに話していた皆川さんの退部届にあった3つの暗号のうち、【ボーリングのストライクのマーク】と【R】を足して【STRIKER】になるという解釈があったね」
「はい。【STRIKER】はあくまでも漠然とした推理です。【□に×】のマークがボーリングのストライクであるとか、【R】がそこに付け足されるとか、俺たちは、見当違いな答えを出そうとしているのかもしれないと思っていました」
「思っていました、ってことは、それが何かしらの確信に変わったということ?」
澪さんはミルクと砂糖を入れてスプーンでかき混ぜたコーヒーを飲んだ。
やっぱりこの人には、コーヒーよりお茶のイメージだな。
「はい。【ストライカー】という、言葉遊びのような結び付けを確信に変えるためには、その【ストライカー】が、今回の皆川の件とつながっているという別の根拠を見つける必要がありました。それがこの『月刊エロ・ストライカー』、略して『エロスト』です」
ぼくは砂糖だけを入れた紅茶を一口飲んだ。コーヒーは苦手なのだ。飲むとなぜかトイレが近くなるから。
「この雑誌は『エロ』と『ストライカー』で区切られていますが、タイトルの本意は『エロス』と『トライカー』でわけているようです。『トライカー』だと何のことだかわかりませんが、これを『トロイカ』という言葉に調整してみると、編集部の意図が見えてきます」
「『トロイカ』って、ロシア民謡の?」
「そうです。その『トロイカ』です。日本では『テトリス』のBGMとして有名ですが、原曲の歌詞はけっこうエグいんですよ。金持ちに恋人を奪われた若者の心情を表しています」
ぼくはテーブルにあるペーパーナプキンに、ボールペンで『トロイカ』の歌詞の3番の部分の一部を書き出した。
『クリスマスも近いに
あの娘は嫁に行く
金につられていくなら
ロクな目にあえぬ』
「なんだか、クリスマスのようなロマンチックなイベントを前に、お金目当てに援助交際をしてしまう一部の高校生を言い表しているようで、昔のロシアすげえ、って思わされます」
「昔のロシアすげえ、は推理と何か関係があるの?」
友恵が口を開いた。
ぼくと2人で話す時以外で、はじめて友恵がタメグチを使った。
そうだ、話を脱線させている場合じゃない。
「つまり『エロスト』の本意は読者を『金持ちに恋人を奪われた若者』に見立てて『自分から去っていった恋人はロクな目に合わないんだよ』という皮肉がこめられているのではないでしょうか。だから、この雑誌はいわゆる『JK』層をモデルにした、ロリコン的な構成になっている」
「その辺までは石井先輩の受け売りね」
友恵に指摘されて、ぼくはうろたえた。
「げっ、なんでわかった…」
「ついさっきまでエッチな本に興味もなかった人が、この短時間で雑誌のタイトルにこめられた潜在的な意味づけまで想像できないでしょ。だいたいあなた『トロイカ』の歌詞なんて知ってたの?」
「いや、テトリスで曲を聴いたことがあるだけだった」
友恵がため息をついて、オレンジジュースのストローに口をつけた。
「気持ち悪い」
ここで出るセリフか?
「日曜日は2人で横浜まで来てくれたけど、あなたたち、本当に仲がいいのね」
澪さんが微笑んだ。
えっ?
俺と友恵が仲がいい?
確かに、俺と友恵は学年は違うのに2人だけになるとタメグチを使って話しているから親密さはあるけど、澪さんの今の言い方だと、…。
「で、続きは?」
友恵が催促した。
「さっき桜井は、このページの背景を『見たことがある』と言った」
廊下で友恵が眺めていた「JK」のグラビアページを開く。
ロリ系のエロ雑誌らしい、制服を身にまとってヒワイなポーズをとっているそのモデルのグラビアは5ページあって、どれも野外の街並みで撮影されていた。
「その中の、この1枚」
ぼくは、モデルがガードレールに片足を乗っけて、わざとスカートの中を見せている、ローアングルの写真を指さした。
「この写真の背景にかすかに見えている、この柱のようなもの。これ、モノレールの支柱じゃないかな」
澪さんと友恵が身を乗り出して写真を見つめた。カフェでエロ雑誌にかじりついている男子1人に女子2人。
「ああ、湘南モノレール!」
澪さんが気がついてくれた。
湘南モノレールは、大船駅から湘南江の島駅を結ぶ、懸垂式のモノレールだ。
レールの上を走るのではなく、レールに吊り下げられたかっこうで走る。
交通機関というよりも遊園地のアトラクションに見える湘南モノレールを支える薄いグレーで円筒形の柱が、写真の中に写り込んでいた。
「桜井が『見たことがある』と言ったのは、実際にこのあたりを通ったことがあるからなんだ」
「でも、それがどこだったか、思い出せない」
「うん。最初は俺も思い出せなかった。だけど、皆川が教えてくれた」
「えっ、皆川さんに聞いたの?」
澪さんがびっくりしてぼくを見た。
「いや、皆川に直接聞いたわけじゃないんですよ。ただ、これを見てください」
ぼくはペーパーナプキンをもう1枚取り出して、皆川からの暗号にあった【□に×】のマークを描いた。
「そのマークについては、鳥居くん自身が【ボーリングのストライク】って答えを出したんだよね?」
「はい。皆川がこの暗号にこめた意図が1つじゃなくて2つあったとしたら、ボーリングのストライクのマーク、そしてもうひとつの解が、現実味を帯びてくるのではないでしょうか」
「このマークが示すもうひとつの解があるの?」
ぼくは、【□に×】のマークを左に4分の1回転させた。
【□に×】のマークが【◇に+】に変わった。
「ダイヤの中に十字架…ちょっと見方をずらすだけで、違うマークに見えるものなんだね」
「そうなんですよ」
「鳥居くんは、このマークの意味がわかっているのね」
「はい」
ぼくは部活の時間、4階での発声練習から2階の視聴覚室に戻る途中に、図書室に寄って、神奈川県の市町村区分の地図帳を1冊、借りておいた。
バッグから地図帳を取り出すと、付箋紙を貼っておいた、鎌倉市のページを開いた。
見開き2ページで、鎌倉市の地図が町名ごとにカラーで色分けされている。
隣接する逗子市、横浜市金沢区・栄区・戸塚区と藤沢市は白地に町名だけ記されている。
ぼくたちが通う県立柏尾川高校は、鎌倉市と藤沢市の境界線に近い場所にある。
「この地図と【◇の中に+】のマークを重ねると、その答えが出てくるんてです」
ぼくは、【◇】の4つの角の横に、それぞれ駅名を記入していった。
てっぺんの角が「大船駅」。
右の角が「鎌倉駅」。
真下の角が「江ノ島駅」。
そして左の角には、今、ぼくたちがいる「藤沢駅」。
そして、2本の対角線が交わる部分の、縦の線の気持ち上側に「湘南深沢駅」と記入した。
「鳥居くん、これ…」
「はい。大船駅、鎌倉駅、江ノ島駅、藤沢駅の4点を結ぶと、ややいびつですが【◇】の形になります。江ノ島には小田急線の片瀬江ノ島駅、江ノ電の江ノ島駅、湘南モノレールの湘南江の島駅の3駅があります。ここでは大まかに『江ノ島駅』ということにしておきましょう。ぼくたちが通う柏高は、鎌倉駅と藤沢駅をつなぐ対角線上の、藤沢駅寄りにありますよね。もうひとつの対角線は、大船駅から江ノ島に向かって、対角線上を湘南モノレールが走っているんです。そして2本の対角線が交わるのが、ちょうど『深沢』の交差点あたり。そのすぐ上に、湘南モノレールの湘南深沢駅があります」
「そうか!」
ここで友恵が気がついた。
「確か『深沢』の交差点と、そのすぐ近くの湘南深沢駅の間には、ボーリング場がある…」
湘南深沢駅に近いボーリング場「鎌倉中央ボウル」には、新歓公演が終わってから2週間後の土曜日の昼間に、新入生歓迎会を兼ねて部員みんなで行ったことがあった。
その場にはぼくも友恵もいたし、皆川もいた。
そして、なんとなくではあるが、『エロスト』のグラビアページに写っている湘南モノレールの柱は、湘南深沢駅から「鎌倉中央ボウル」、そして対角線の交差点でもある「深沢」の交差点へと歩く景色のどこかに当てはまるのだ。
『エロスト』のこのページのグラビア写真は、湘南深沢駅周辺で撮影されていた。
「もしかして、皆川先輩が、次のモデルになったってこと?」
友恵が訊いた。
「でも『エロスト』は成人向け雑誌でしょ。皆川先輩はモデルにはならないんじゃない?」
「皆川は『エロスト』のモデルに『なった』んじゃなくて『された』んだよ。皆川は、ダマされたんだ」
「ダマされたって、誰に?」
「この『事件』の『真犯人』にだよ」
ぼくのケータイが鳴った。
近藤からだった。
「頼まれた資料、撮影してトリーにメッセージ送信したから、確認してみて。だけどこれ、何に使うの? 私が生徒会にいなかったら、こんなにスムーズに手に入らないんだから、少しは教えてくれてもいいんじゃないのー」
ぼくは「ありがとう。詳しくは後で話すから。資料をさっそく確認するよ」とだけ話して、近藤との電話を切った。
近藤から送信されてきたメッセージには、10枚以上の画像があった。
ぼくは確証を得るために、画像を1枚ずつ拡大して、隅から隅まで見ていった。
5枚目の画像の中に、自分が捜していたものがあった。
「これを見て」
ぼくは自分のケータイの画面を2人に見せた。
「これ、柏高の卒業アルバムじゃない。なんでこんなもの…あっ!」
澪さんが、自分が叫んだ声の大きさにびっくりして、両手で口をふさいだ。
「桜井は、このグラビア写真の背景を見たことがあったんです。それを聴いてぼくも、どこかで見た風景だなあと思いつつ、モデルさんの顔もどこかで見たことがあるなと感じました。でも、ピンときませんでした。そこで、今年の3月に卒業した代の先輩たちの卒業アルバムの、女子の部分だけ、近藤に頼んで、生徒会室で撮影するようにお願いしました。やはりこのモデルさんは、俺が1年生の時の3年生でした。実際に会ったことはないけれど、校内のどこかで何度かはすれ違っていたのが、俺の潜在意識にこびりついていたのかな」
「この成人向け雑誌に出ているモデルが、柏高の卒業生…」
「このモデルさんは、おそらくもう18歳を過ぎていて、違法ではないのでしょうね」
「ねえ。もうわかってるんでしょ。鳥居くん、そろそろ『真犯人』を教えてくれない?」
友恵がまた催促した。口調は冷静だが、ぼくがもったいぶったぶん、結論を早く聴きたいようだ。
「本当に残念だけど、『真犯人』は…」
「先生、ね…」
澪さんが、ゆっくりと肩を落として、ため息をついた。




