表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リーンカーネーション  作者: さら
PR
16/26

16

火曜日の部活は、昨日の「リーンカーネーション」を読み上げた後の話し合いと、夜遊びボーリングが盛り上がったこともあり、全員が参加した。


近藤ゆかりもいる。掛け持ちしている生徒会は、火曜日が休みなのだ。


「忙しいけど、台本はしっかり読んでるからね。演劇部員としての姿も見せておかないと、彩乃ちゃんに平塚ひろみの役をとられちゃうかもしれないしね」


近藤は昨日の部活での話を、同じクラスの飯山から聴いていた。


飯山は自分の弱音が彩乃の涙の叫びを呼び覚ましてしまったことを、彼なりに反省しているらしい。


ボーリングでは飯山もイッチーも彩乃も仲良く楽しんでいたが、その奥には繊細な心が根づいている。


繊細な心は、舞台に上がる役者にとっていちばん大切なものなのかもしれない。


今日も顧問の川島匠はいない。


澪さんは、大学のゼミが終わってから駆けつけてくれた。


「今日は、近藤が来てくれたから、台本を持ちながらの立ち稽古をやろうと思うんだけど、その前に、少しだけ時間をくれないか」


発声練習に行く準備をしているみんなに、ぼくからお願いした。


昨日の帰り際に美保と約束したとおり、皆川の話をするためだった。


ぼくはホワイトボードに【E】【□の中に×のマーク】【R】を書いた。


「皆川は、川島先生、神島くん、俺の3人に退部届を渡していることがわかっている。他に、皆川から退部届を受け取っている人はいる?」


3人以外は誰も退部届を受け取っていなかった。


「退部届に書かれていた文面は、3通とも手書きで、同じ文面だった。だが、退部届の最後に、それぞれ違う文字やマークが添えられていた。それが、この3つなんだ」


みんなの視線がホワイトボードに集まった。


「それ、何か意味があるのか?」


飯山が訊いた。


「皆川が退部届を提出してきたのは、あまりにも突然だった。皆川が最後に部活に出席したのは、ちょうど1週間前の火曜日だった」


「『リーンカーネーション』の配役を決めた日だよね」


先週の火曜日以来の出席となる近藤は、即座にその日のことを思い出してくれた。


近藤は、役決めの際に、今度の公演は生徒会活動が忙しくなりそうだから辞退する、と申し出た。


結局、皆川の退部に伴ってぼくから出演をお願いする形になったのだが。


「あの日、皆川は、自分が大船みゆきの役を演じることを、うれしそうに引き受けてくれた。そして、17時ジャストに、用事があるからとことわって、早退した」


ぼくは、ホワイトボードに、皆川の動きを時系列で書いていくことにした。


「次の日、水曜日は、皆川は学校には出席したが、部活は珍しく無断欠席した。休む時にちゃんと連絡網にコメントをしてくれるのは、赤田先輩と皆川だけだからね」


連絡網は、スマホのアプリにグループを作って、みんなが見られるようにしている。


コメントは少ない。雑談に使われることのほうが多い。


「木曜日、皆川は学校には出席したが、遅刻して休み時間に登校した俺に退部届を渡して早退してしまった。学校を出る前に、川島先生にも退部届を渡したようだ。神島くん、キミは皆川からの退部届をいつ受け取ったの?」


「ぼくも木曜日の朝だった。皆川さんはとてもつらそうな顔をしていたね」


「うん。つまり皆川の身には、先週の火曜日の部活の時点では何もなかったんだ。あの日、午後5時に早退してから翌日、部活を欠席するまでの間に何かが皆川に起きて、そのために木曜日の朝に、俺たちに3通の退部届を渡したことになる」


「普通に考えて、退部届を3通も出すのはおかしいな」


赤田先輩が指摘した。


「そうなんです。そして、退部届の最後の部分に違う文字やマークがある。これは皆川から発信された暗号としか考えられません」


「なんで皆川は、そんなややこしいことするんだよ。自分に何かが起きた、しかも部活を辞めるだけじゃなくて学校まで休んでるんだぞ。皆川はなんでその理由を話さないで、もったいぶるようなことをするんだよ」


飯山がやや興奮した口調でまくし立てた。


「皆川からは、日曜日の夜に【ごめんね】とだけメッセージをもらったんだ。皆川は、自分からは言い出せない、何か危険なことに巻き込まれているんじゃないだろうか。だけど、それを誰かに気づいてほしい」


「絵美ちゃんならやるかもなあ。絵美ちゃんから発信された3つの暗号の意味を解き明かそうってことね」


近藤ゆかりが身を乗り出した。そういえば、近藤の父親は警察に勤務していると聞いたことがある。父親ゆずりの血が騒いだか。


「俺に宛てられた【E】について、最初は絵美の頭文字のEだと思ってた。しかし、他にも暗号があるとわかった今、そんな簡単なものじゃないような気がする。川島先生には【□の中に×】のようなものを書いた。○の中に×のマークなら、地図記号の警察署になるけど、このマークはない。そして神島くんに宛てた【R】。これらがいったい何を意味しているのか」


「何もわかんねーのかよ」


飯山がじれったそうに口を挟む。


「いや。昨日、部活が終わった後、石井先輩が提案してくれて、みんなで遊びに行ったよね。飯山はゲーセンかカラオケ、石本はパッティングセンターかボーリングを選択肢として挙げた。そして、俺が部長権限でボーリングに決めた。あれは、自分の胸に湧いたことを確認したかったんだ」


「あっ!」


石本彩乃が気がついたようだ。


「【□の中に×】は、ボーリングのストライクのマークですね!」


「うん。合っているかどうかはわからないけれど、今はこの解を信じてみたい」


「だとすると【E】と【R】は何なんだ?」


飯山が先を急ぐ。


おもむろに口を開いたのは石井先輩だった。


「ストライカー」


「ストライカー?」


ぼくと赤田先輩とイッチーと美保が同時に口を開いていた。


「いやさ、英単語の【STRIKE】の後に【R】をつけると【STRIKER】になるだろ。それだけ」


「そうすると【E】はどうなっちゃうんですか?」


美保が身を乗り出した。


「わからん」


ほとんどの部員が、テレビで見る「ひな壇芸人」のように、大げさなリアクションをした。


「【E】はさ…」


イッチーだ。


「【E】は、井伊直弼の【井伊】なんじゃないかな」


「また井伊直弼かよ」


飯山。


「そう。また井伊直弼。先週の水曜日は、トリーが日本史の授業で井伊直弼が大悪役だと知らされた日だ。その授業で、皆川は先生に指名されて教科書の桜田門外の変の部分を読んだんだけど、皆川の声が妙に震えていたんだ」


水曜日のことを思い出した。


水曜日は、皆川は午後のホームルームが終わると、部活に顔を出さずに帰ってしまった日だ。


前日に「リーンカーネーション」の役決めをして、さあこれから、という時に、皆川は演劇部から消えた。


沈黙を破ったのは美保だ。


「私もイッチー先輩の推理に同感です。皆川先輩は、鳥居先輩が井伊直弼の悪行にショックを受けた後で、鳥居先輩に【E】の暗号を送っています。【E】は井伊直弼。この暗号を、皆川先輩は鳥居先輩に解いてほしいんじゃないでしょうか」


「谷口先生は、どう思いますか?」


澪さんに質問したのは、まさかの桜井友恵だった。


井伊直弼が転生して澪さんとして生きているという信じがたい話を澪さんから聴いているのは、ぼくと友恵だけだ。


澪さんは言葉を慎重に選びながら答えた。


「【E】が【井伊】を表している可能性は高いよね。鳥居くんは井伊直弼を自分のヒーローだと信じていたけど、水曜日の日本史の授業でヒーロー像をひっくり返されてしまった。その授業の場に皆川さんもいた。皆川さんが桜田門外の変の部分を読む声が震えていたのを市川くんが覚えている。たぶん、皆川さんは井伊直弼について、教科書に記載されている以上のことは知らないんじゃないかな。だとすれば、単純に【井伊】と【E】の語呂合わせを暗号にしたんじゃないかと思う」


「【井伊】と【E】を語呂合わせすることには何の意味があるのかな」


【E】は【井伊】じゃないかと最初に発言したイッチーが悩み始めてしまった。


沈黙が流れた。


「【□の中に×】がストライク。【STRIKE】のスペルに【R】を足すと【STRIKER】。【E】が【井伊】はありそうな気がするんだけど、【STRIKER】のほうは何の根拠もないな。うーん、わからないまま終わるのか…」


飯山が頭をかいている。おまえは金田一のアテにならないバージョンか。


「絵美ちゃんが退部して、学校も休んでるってことは、これは事件よ。解明されなければいけない、事件。そうでしょ、トリー」


「うん…」


「あのさ、絵美ちゃんが原因不明でこれ以上、学校を休み続けたら、いずれ教職員の間でも問題になると思うんだよね。生徒会としても、動かないわけにはいかなくなる。そうなる前に、絵美ちゃんの事件を解決してあげないと」


近藤が「事件」という言葉にこだわるのは父親ゆずりなのかもしれないが、彼女が言っていることはその通りだ。


しかし、このメンバーで話していても、これ以上の案は出てこないように思えた。


ぼくはこの議論でひとつ、気になる点を感じていた。


部活が終わってから、彼に個人的に訊いてみることにしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ