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ぼくと和田美保は、川島匠にアドバイスをもらった「リサーチ」をさっそく開始することにした。
部活の始まりに、みんなで4階のスロープに発声練習をしに行く。
発声練習から2階の視聴覚室に戻ってきてからの時間でぼくたちは部員一人ひとりにリサーチをすることにした。
リサーチは、視聴覚準備室を使って、部員一人につき20分ほど、副部長の和田美保が質問をする形にした。
ぼくは、和田美保と部員の会話の様子を、隅っこで椅子に座って聴いていることにした。
刑事ドラマの取調室のような環境になってしまうので、部員と話すのはぼくよりも美保にしたほうが話しやすい雰囲気になるだろうという判断だった。
だが、ぼくはそれを隠れみのにしていた。
最初にリサーチする神島優心とフェイストゥフェイスで会話をする勇気がないだけだ。
リサーチをしている間、部活のほうは赤田先輩にストレッチ講座をお願いしておいた。
「なんでも訊いてよ」
神島の目は穏やかだった。石本彩乃は、神島の「優心」という名前にぴったりなやさしそうな目を見てファンになったらしい。
ぼくと美保は、リサーチにあたって、それぞれの部員に「今の柏高演劇部についてどう思うか」「これからの柏高演劇部はどうなればよいと思うか」「リーンカーネーションについてどう思うか」の3つを訊くことを事前に共有していた。
「神島先輩。皆川先輩と何かありましたか?」
いきなり美保が予定にない質問をしたので、ぼくは思わず「ほわっ?」と間抜けな声を出してしまった。
なんなんだよこの直球勝負は。
「皆川さんのこと?」
驚いたのは神島も同じようだった。
美保は、半月ほど前に皆川絵美が神島の肩に顔をうずめるようにして泣いていたという彩乃の目撃情報を、そのまま神島に伝えた。
「ああ、そういえば、そんなこともあったなあ」
神島は、あっさり認めた。
「神島先輩は、皆川先輩と付き合っていたのですか?」
美保はどこまでも直球勝負だった。
「ぼくが? 皆川さんと?」
「彩乃からその話を聞いた時、私はこう考えました。皆川先輩は、芸能プロダクションに所属していました。あの人は本気で役者を志していました。もし皆川先輩が神島先輩と恋愛関係にあったのなら、皆川先輩は役者として一本立ちするために、先手を打って男女交際の事実を消そうとした。彩乃が見たのは、皆川先輩が神島先輩にそれを泣きながら伝えている場面だった。違いますか?」
「和田さんの推理では、あの時、皆川さんはぼくを振ったことになるのか…」
神島はそこで含み笑いをして、背もたれに背中をのけぞらせた。
その笑いは、徐々に大きくなり、神島はクスクスと笑い出した。
「そうか。そう見られていたのか」
「違いますか?」
「違うよ。でも、違うとも言えないんだよ」
神島は、控えめながらも、笑いを抑えることはしなかった。
「ぼくは皆川さんに付き合っていたんだよ」
「やっぱり、付き合っていたんですね」
「だから、そこに誤解があるんだって。ぼくと皆川さんは、男女交際なんかしていないよ」
神島は楽しくなってしまったようだ。いつもは無口なのに、自分からしゃべり始めた。
「石本さんが、あの時の皆川さんを見て、ぼくと皆川さんが付き合っているように見えたのなら、大成功だったわけだ。そうか、やっぱり、皆川さんはすごいなあ」
「え、どういうことですか?」
ぼくだけでなく、美保も混乱しているようだった。
ぼくは椅子から立ち上がり、2人に背中を向けて、視聴覚室との境の扉を見つめた。気持ちがソワソワしていた。
「皆川さんが、ぼくの肩に顔をうずめるようにして泣いていたのは、演技の練習なんだよ。皆川さんは、所属している芸能プロダクションで使われている台本を学校に持ってきて、演技の練習をしていたんだ。ただ、それは芸能プロダクションの台本だから、部活の時間に練習することは遠慮していたんだよ。だから、皆川さんは、ぼくに練習の相手を付き合ってくれと頼んできた。ぼくも役者の練習ができるわけだから、お互いにとって好都合だった。皆川さんとぼくは、部活には秘密で、芸能プロダクションの芝居の読み合わせや稽古をしていたんだよ」
「そうだったんですか…」
「石本さんに見られたのは、ちょうど、台本の中で皆川さんとぼくが恋を引き裂かれるシーンだったんじゃないかな。何も知らない石本さんにそれが伝わっていたのなら、皆川さんは迫真の演技をしていたわけだ。やっぱり彼女はすごいなあ」
「なるほど。神島先輩と皆川先輩の間には、そういう信頼関係があったんですね。もう、それならそうと私たちに教えてくれたっていいじゃないですかー」
ぼくは、神島の話を聴いていて、しだいにホッとしてくる自分を感じていた。事実かどうかはわからないが、神島の話を信用すれば、神島と皆川は恋愛関係にあったわけではないのだ。
ん?
なんで、ぼくはそんなところにホッとしているんだ?
「だから、皆川さんから急に退部届を渡された時は、ぼくもびっくりしたよ」
「ええっ!」
ぼくは美保と神島のほうに振り向いた。
ぼくは机を勢いよく叩いてしまい、小さく「ごめん」とつぶやいた。
初めて、ぼくと神島の目が合った。
「神島くんも、皆川から退部届を渡されていたの?」
「うん。川島先生と鳥居くんが皆川さんの退部を発表しちゃったから、タイミングがなくて、そのままにしておいたんだけど、ぼくも皆川さんから退部届を渡されたよ」
「その退部届、今、持ってる?」
「うん。バッグの中に入れてある」
神島は、いったん準備室の扉を開けて視聴覚室に戻ると、バッグを持ってきた。
「飯山が、もうすぐ20分たつぞって言ってたけど、皆川さんの話題を続けていいの?」
「大丈夫です。神島先輩、皆川先輩の退部届、見せてください」
美保が催促した。
神島が見せてくれた退部届には、皆川がぼくと川島匠にあてたものと同じ文章が書かれていた。
そしてやはり、最後の1部分だけが違っていた。
書かれていたのは「R」という文字だった。
美保がぼくに視線を向けた。ぼくは頷いて、後を引き取った。
皆川がぼくにあてた退部届の最後には【E】の文字が、川島匠にあてた退部届には【□】の中に【×】が描かれたマークが書かれていたことを、神島に話した。
「これ、何かの暗号だと思うんよ。神島くん、何か思いあたることはないかな?」
「うーん。見当がつかないなあ」
「鳥居先輩、神島先輩。退部届は、この3つだけなのでしょうか。例えば、誰かほかの部員にも、何かのメッセージを渡していた可能性はないでしょうか?」
美保の質問に、ぼくも神島も、すぐには返事をできなかった。
「退部届の暗号の謎。ちょっと皆さんに、訊いてみましょうよ」
美保の目が輝きだした。
「ワダちゃん、もしかして、確信犯?」
少しだけ冷静になったぼくは、美保に問いかけた。
「え?」
「今はリサーチの時間で、俺たちはまず神島くんに、柏高演劇部をどう思うか、柏高演劇部をどうしたいか、リーンカーネーションについてどう思うかを訊こうとしてたんだよね。ところがワダちゃんは、最初から神島くんに皆川についての質問をした。リサーチの最初に神島くんを設定した時から、ワダちゃんは神島くんに皆川のことを詳しく訊き出そうとしたんじゃないか?」
「はい。バレちゃいましたか」
「ひょっとして、ワダちゃん自身も、皆川から退部届を預かっているんじゃないの? ワダちゃんは皆川の中学の後輩で信頼も厚いようだから、もしかして…」
「ないんです…」
美保は、急にか細い声になった。
「皆川先輩から私には、何のメッセージもないんです。皆川先輩は川島先生、鳥居先輩、神島先輩には退部届で何らかのメッセージを発信している。それなのに、私には何もない。私は皆川先輩の力になりたい。でも、このままだと何の役にも立たない。悔しいんです」
「わかった。じゃあ、リサーチは後回しにして、みんなに、他にも退部届を受け取っている人はいないか、あと、この暗号の謎を解けないか、相談してみよう」
ぼくは、美保の哀しみを挽回しようと必死だった。
リサーチは、どこへ消えた?




