9:共に『最強の街』を
三日間の潜伏を経て。
ゼノイに集められた私達は、酷く重たい事実を告げられた。
「え、ドレス着れないの……!?」
「君達の任を考えなさい。そんな動きづらく目立つ格好でどうするのかね」
「そ、そうですけどっ」
正直言ってかなり残念だ。「パーティに潜入する」なんて心躍る響きだから、期待したのに!
「君達は指名手配されているし、何せ可愛らしい容姿だ。ここは清楚な普段着にとどめてほしい」
「か、可愛い、って……!」
「あ、ありがとうございます……」
「チョロすぎだろお前ら」
そんなこんなで、今日はついに守護者打倒作戦が決行される。
ゼノイ曰く、グレイザーは大規模行事の前後には必ずパーティを催すそうだ。今回の場合は開戦前夜。主役はハンガーズなので、護衛は逆に手薄になる。
そして、万をゆうに超える軍勢を収容できるのは……
「ノーブルタワー、か」
作戦はシンプルだった。
私とザンはハンガーズに扮し、パーティに潜入。隙を見てグレイザーに会心の一撃を与え、拘束する。
その後、ゼノイを始めとする旧体制の主軸達が、改めて政権奪取を広く報じるのだ。無論抵抗が予想されるが、魔法使いの存在自体が抑止力となる。
とはいえ、そもそもグレイザーの警戒心は伊達ではないので……
「モイスティ嬢の役目は作戦の補助だ。君には、ハンガーズ全員の足止めをしてもらう」
「ええええええっっ!?」
当然すぎる反応だった。
「む、無理無理、無理ですっ! わたしって捨て駒!? そりゃあ最近は水魔法ばっかりですけど、わたしにも治療師になるって夢が……!!」
「落ち着きなさい、君は意外と早く喋れるのだね」
水流で会場内をかき回し、敵を一網打尽にする────それがエーネに与えられた役目。
もちろん私達は反対した。結局負傷者はいなかったが、先日水流で人を巻き込んだエーネは、激しく後悔していたのだ。それしかなかったと何度も言い聞かせ、ようやく少し立ち直ってくれた。
けれどゼノイは聞かない。加えて政権交代後は、自身が交渉役としてシュレッケンに乗り込むとまで言う。その覚悟にはもう、黙るしかなかった。
「とはいえ、やはり変装無しではいけないね」
出立直前、色とりどりのウィッグが手渡される。
着替えを済ませて集まった私達は、各々の全力コーデに感嘆の声を上げた。
「どう、ですか? この髪とか……ちょっと複雑な気分だけど」
エーネはいつもの白基調で、ややふんわりした統一感のある装いだ。意外にもウィッグは短髪で、中性的な出で立ちである。これはこれでありだ。
「何か慣れないな、これ」
一方のザンはやはりスタイリッシュ。黒ベースの服と茶髪のウィッグは、変わらず凛々しい印象ながら、しっかりイメチェン効果を発揮していた。
「……ねえ、私やっぱ、村娘感抜けてないよね?」
暖色系で固め、黒ウィッグを被った私は、くるりとその場で身を翻す。
安定の上着に動きやすさ重視のスカート。センスがいまいちな自分なりに考えたコーデだ。
「そんなことない、ちゃんと可愛いです」
「えへへ、ありがとうね。エーネもだよ」
「ザンもその髪、良いですね。あとフレイも……何か黒がしっくりきます。目が黒いからかな?」
「……わかる。結構わかるぞ、エーネ」
「な、何急に。私は、ザンは元の髪が好きかな。でも服はカッコいい!」
「何だろうな、褒められてるのかよくわからん」
他愛の無い会話を終えた私達は、玄関に立つ。
もう時は来てしまった。
「身の安全を最優先にしなさい。武運を」
「はい……!」
そうして出立した私達だったが、私は再度、一人で部屋に戻った。
「ダイナ嬢、忘れ物かね?」
「そうじゃなくて……大事な事を確かめにきたんです」
その場に立ち尽くしながら、真顔で訊く。
「グレイザーのこと。本当に、良いんですよね?」
ゼノイは絶句した。努めて手の震えを抑えながら、彼は頷いて。
「……作戦は伝えた。君達に……全てを委ねるよ」
「わかりました」
眼前で息絶える誰かを想像して、私は目を細めた。
「行ってきます」
今宵の天気はあいにくの雨。この雰囲気だと、否応にも思い出してしまう。
あの路地裏で聞いた────守護者と呼ばれる青年が、まだそうでなかった頃の、雄々しくも儚い物語を。
********
名も無き村に生まれた少年は、生まれながらのリーダーだった。
エルドや他の子供達を束ね、独り立ちに夢を馳せる────そんな、何の障害も無い日々。
しかし十二歳の頃、村は野盗の大規模な襲撃に遭う。
ゼノイ率いるビートグラウズの衛兵達が到着した頃には、ほとんどが手遅れだった。かろうじて生き延びたグレイザーとエルドは、街で保護される。
『今日からここが君達の家だ。私はゼノイ……この街の市長を勤めている』
新たなる門出。為政者の卵となった少年は、目覚ましい才覚を見せた。
故郷を悼むよりも、未来を見据えて励む毎日。その才はやがて、政界の重鎮達をも凌いでいく。
「そんな折だった。彼に、人生で最後の友人ができたのは」
少女の名はリアン。美しい銀髪を持つパン屋の娘で、出会いは二人が十四の時だった。
神童として時の人であったグレイザーを、何と彼女は知らなかったらしい。
『お前には市民たる自覚が足りねェ! そもそも政治全般に興味がねェとは……!』
『な、何よ! あんただってパンの絶妙な焼き加減とか知らないでしょ!』
『あー、今日もですよゼノイさん』
『またパン屋で政治を説いているのか。エルド、仲介してくれないかね』
『いえ、面白いのでこのままにさせてください』
初めは険悪だった二人。しかしその関係は、緩やかに変容していく。
『おいリアン、何だこのパン』
『新作よ。政務しか脳がないあんたに、うちの味を思い知らせてやろうと思って』
『はっ。それで開店前から待ってたっけわけか。ご苦労なこった』
『あんただってわざわざこんな時間に来てるでしょ!』
グレイザーにとって、リアンとの会話は間違いなく安らぎであった。でなければ、わざわざ文句を言いに足繁くパン屋に通いはしない。
『こんな夜更けに急に呼び出したかと思えば、星見だと?』
『ふっふっふ。今日はビートで星が一番綺麗に見える日よ? 行かない手はない!』
『オレは忙しいんだ。あと略すな』
『リアンさん、ボクも仕事が────』
『ああもうっ! 仕事人間ども!』
喧嘩相手から友へ。友から、無二の親友へ。
やがてリアンも、執務室に差し入れに来るようになった。空気が華やぎ、彼らは人生で最も幸福な時間を過ごす。
『リアン。お前、夢はあるか?』
『急ね。うちのパン屋をもっと大きくすることかな? あんたは?』
『オレにもある。誰もが誇れる、最強の街を作ることだ』
それはかねてからの、少年の願いだった。
『ふふっ、あんたらしい。でも誇りって言っても、政治はとっつきにくいし……あ、じゃあ講演の時に、派手なパフォーマンス付けたりとかは? 火が噴き出たりとか!』
『何だそりゃあ、やるわけねェだろ。だが別の構想はあってな。技術を手に入れたら、お前の好きな星が近くに見える、でかいタワーを……』
しかし、水が下流に流れるかの如く────当然と言わんばかりに。
天は再び、グレイザーを修羅に引きずり下ろす。
『オレは信じない。あいつが……不治の病などと』
一度臥せったリアンは、日に日に生気を奪われていく。そんな彼女から、グレイザーは目を背け続けた。
だが、誰もが予感していた最期の刻が訪れる。
彼から全てを奪ったその日は、静かな雨が降っていた。
『グレイザー、大変だ。盗賊共が近隣の村を! かなり大規模な組織で、誘拐された人もいるとか────』
『……どの道間に合わん。オレはこれからリアンの元へ行く』
『っ、軍務長官のキミが動けばあるいは……!』
『すまねェ、エルド。それでもオレは、あいつが────』
今発てば、もう会えなくなる。その前に行かねばならない。
受け入れられなかった現実に────向き合わなければ。
『えへへっ……グレイザー。来てくれて嬉しい』
『リアン……ッ!!』
『あの時の星空、最高だったわ。グレイザー、あたし……信じてるから』
痩せ細ったその手に、誰にも見せたことのなかった滴が落ちた。
『最強の街、創り上げてね』
あの日、グレイザーが後回しにした例の盗賊は。
勇敢な少年の犠牲のおかげで、壊滅に追い込むことができたとか。
『グレイザー……この要項は何だね?』
『この街には最も必要なものが足りねェ。有無を言わさぬ武力……自ら状況を動かす力だ』
リアンを失い、グレイザーは変わった。
「最強の街」に固執し、有志を募って私兵を増やしていく。
「あの日死んだのは、リアンだけではなかったのだ」
やがて訪れた市長選で、彼はゼノイ相手に歴史的大勝を果たした。無論、決して褒められはしない手段で。
『グレイザー、目を覚ますんだ! 街のためになるなら、私は喜んで身を引こう。しかしそのやり方では、いつか必ず身を滅ぼす!』
リアンは誰かに殺されたわけではない。ただ不幸だっただけで、それでも最期は笑顔だった。
自分を追い詰めないでほしい。誰も顧みずに進み続けるなど間違っている。
「私の訴えは、ついに届かなかった」
これはリアンに報いることだ。最後に彼はそう言った。
群都市の長に、市長という呼び名は物足りない。街の平和は彼ありきだと謳う民衆に呼応し、グレイザーは肩書を改める。
最強の街を創り、守り続ける────絶対的な力を持った【守護者】。
そんな彼を、ついに私は殺しに行く。
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