10:魔法少女と懐刀
ノーブルタワーへの潜入は容易だった。
雨香る夜の街から一転、そこは彩溢れるパーティ会場。まだお酒も飲めない若者達がジュースで乾杯し、未知との対決に向け英気を養っている。
「……わたしはここで待機です」
中央部にて、短髪のエーネが心細そうな声で言った。
「フレイ、こっち来て」
「え? あっ」
力強く抱き留められる。この間と同じ感触だ。
飾らないいつものエーネは、甘く優しい女の子の香りと、少しだけ緊張の汗の匂いがした。
「心配です。心配だけどっ……きっと大丈夫ですよね……!」
「……任しといてよ。またお泊まりしようね、エーネ」
「うんっ……! ぐすっ、ザンも、この子をお願いっ!」
「言われるまでもない……って俺もかよ」
私越しに、ザンにも手を回すエーネ。人前で抱き合うなんて、普段なら絶対恥ずかしるだろうに。
(もう……怖がりなんだから)
温かく柔らかい胸に顔を埋め、微笑む。
ザンも苦笑いしつつ、背中に優しく手を添えていた。
「また後でねっ」
目を皿のようにして目標を探しながら、私達は会場を移動する。
しかし見渡す限り、それらしい姿はどこにもなかった。
『待たせたなァ、お前ら!』
機を窺っていたかのように訪れた、会場を震わせる大音量。しかし、依然発信源は特定できない。
「いない……何で?」
『明日の正午、オレたちは街を発つ。恐るべき『死都』シュレッケンに、全てを手に入れに赴く!』
私は義兄の腕を引いて走り出した。
これは機械音声だ。見つけられない焦燥感だけが募っていく。
『今宵は何もかも忘れ、明日への英気を養ってくれ。宴を始めるぞ!!』
「おおおおーーーーッッ!!」
(どこにいるの、グレイザー……!?)
身なりを変えている? いや、あの長髪を見紛うはずが無い。癖っ毛の私と比べ、憎いくらいのさらさらヘアだ。
私達を恐れて雲隠れした? それもハナから考えていない。
何より、あのゼノイ・グラウズが根本的な事を間違うはずないのだ。
彼は必ず、ここにいる。
「フレイ」
と、ザンに声をかけられた。じっと天井を見上げ、微動だにしない。
「……あ」
そこでようやく私は、建物の本来の構造を思い出した。
彼の意図はわからない。が、こちらの目的は明確だ。
「そうだ。奴は上にいる」
二人で顔を見合わせ、再び走り出す。目指すはあの時侵入した入口だ。
むしろ好都合。密かに彼を仕留め、手筈通りゼノイに声明を出してもらえば────
『おっと、すまねェ。言い忘れていたことがあった』
音声が再び響く。不穏な物言いに、私達はドアの前で立ち往生した。
『俺がこの場にいねェことを訝しむやつもいるだろう。野暮用があってな。特に問題が無けりゃあ、じきに俺も参加できるはずだ。だがもしも……』
(えっ)
『もしも、会場の奥から上へ侵入しようとする不届者がいたら……速攻で消し炭にしてくれ。そうすればきっと、今宵は良い夜になる』
もしすぐにでもドアに飛び込んでいたら、騒ぎは避けられただろう。
「まず、い」
しかしテンパった私は反応が遅れた。ザンが速攻でノブを握るも、今度は施錠されている。
全身を舐めまわすような、夥しい視線を感じた。
「いたぞ、あの二人だ!!」
「ゼノイさん、作戦バレバレじゃんっ!!」
「仕方ない、上へ行くぞッ!」
まあ、どのみち気付かれていたのだろう。彼を隔離できただけでも意味はあった。
ザンが鍵のかかったドアを斬り倒し、私の腕を引っ張る。通路はあの時以上に暗く感じられた。
「逃すなッ! 必ず仕留めろ!!」
「お、追手が多いんだけど!?」
「フレイ、ここは俺が……!」
走りざま、ザンが鬼気迫る声を発したその時。
私達の背後に、淡い水色の文様が浮かび上がった。
「何よこれ────きゃあああっ!?」
瑞々しい光を放つ水流が飛び出し、うねり続ける。まるで私達を守るかのように。
超常現象に対処できず、ハンガーズは見事に足止めを食らった。
「な、ナイス……!!」
「これができるなら、あの時屋根に上ってもらうこともなかったか」
階段を登りながら、ザンが満足げに口角を上げた。
「やる時はやるな、エーネ!!」
********
「はあっ、はあっ……!」
エディネア・モイスティは、騒然とした会場に真っ青な顔で立ち尽くす。
通路から押し返される敵を見て、逃げ出したい衝動に駆られた。
(さ、作戦が、見破られた……!! でもっ)
想定と違うが、二人は接敵のチャンスを掴んだ。もう託すしかない。
むしろ問題なのは、自分に残された仕事の方だった。
「溺れさせる……渦を作って、ハンガーズを全員……!」
エーネの力はフレイと仕様が異なる。彼女が身体からしか炎を出せないのに対し、こちらの水はすぐに魔力切れを起こす分、遠隔で操作可能だ。
今水流を生み出せば、確実に作戦に貢献できる。
「やるんだ。わたしが、やらなきゃ……っ」
わかっているのに。
(みんな、怪我しますよね……確かに魔法なら治せるけど、水で回されたら吐いちゃう人だって……)
────『任しといてよ。またお泊まりしようね、エーネ』
「…………!!」
違う。多少の怪我が何だ。
幼馴染の危機だ。やらねば失うかもしれない。
こんな自分を受け入れてくれた二人を。居場所をくれた、大切な人を。
ならば……!
『ああ、愚かな✕✕✕……君には無理だってわかっていたよ』
「…………あ」
ふと『彼』の気配を覚え、思わず背後を向く。しかし荒れ狂うハンガーズ以外、そこには誰もいない。
その事実を認識した時。ふと、頬が綻んだ。
(そうだ……わたしは、わたしの道を行く。そう誓ったはずです)
少し涙がこぼれ、それを拭いながら。
「だから、無理で良い。わたしは『あいつ』とは違うんだから」
フレイ、ザン。わたし、頑張るから。
エーネはウィッグを取り外し、顔を上げ────
「ストーーーーーーップッッ!!」
全身全霊をかけて叫んだ。
「はあ、はぁっ……っ、みんなして、どこ行くんです?」
「……あぁ?」
「本当は、みんなを押し流しても良かったんです。でも気が変わって」
向けられる数多の殺意。
泣き出したくなるのを堪え、エーネは不敵に笑って見せた。
「確かにわたしは援助担当……けど倒さなきゃ、上へは行けません。ずっと魔法で足止めしますから!」
「! そうか、こいつ!」
「あの一番弱そうなやつか! しかし腐っても魔法使い……!」
「仕留めなければ! グレイザーと、我らの明日のため!!」
気弱な魔法少女は、腕を掲げて水を纏う。
そして無限大の想いと共に、声を張り上げた。
「みんなに捕まえられる!? 私はエディネア・モイスティ、辺境の魔法使い! その力は、ハンガーズを凌ぎますッ!!」
すかさず出口へ水流を放った。半ば溺れながら波に乗り、会場の外へ。
後方に、無数の追手の息遣いを感じながら。
(二人とも、どうかお願いします。わたしも、死にたくないからっ!)
フレイング・ダイナが言った。絶対に大丈夫だと。
ならば、彼女を信じるだけだ!
********
「追手、来ないね」
彼女の魂の叫びは、既に数階上にいた私達にもしっかりと届いた。
きっと今も街中を逃げ回っているのだろう……夥しい敵を引き連れて。
「エーネっ、バカっ……何であんなこと」
「きっと大丈夫だ。運動音痴だが、逃げ足は速いからな」
「……うん」
「あいつのために、俺達は目的を果たすぞ」
どれほど登っただろうか。広い場所に出た。
講演場より規模は小さいが、天井までかなりの距離がある。壁も床も黒光りする、一際物騒な空気を纏う部屋だ。
それはまさに、おあつらえ向きの場所だった。
「今回が初めてです。私が彼に、真っ向から反対したのは」
透き通るような柔らかい声。
四隅の照明が淡く光り出す中、寂しげな顔をした背広姿の女性が現れた。
「あの日と同じで、結局彼には強く言えなかった。それでも、向き合うことをやめてはいけないと思ったから」
「……そうか。まず、あんたなんだな」
彼女は恭しくお辞儀をする。
「改めまして。守護者グレイザーが補佐────軍務長官、エルディード・レオンズと申します」
エルディードことエルドは、徐に片手を掲げた。
すると一体どこに潜んでたのか、部屋の奥から、見るからに屈強な戦士達が湧いて出てきた。
ハンガーズの精鋭部隊だ。
「降伏してください。命だけは助けるよう、私が彼に掛け合います」
「嫌って言ったら、どうする?」
「簡単なこと」
エルドの表情が歪む。懐から円盤を二枚取り出すその姿は────
既に覚悟を固め終えた、悲痛で頑強なものだった。
「今ここで、お別れですッ!」
腕をクロスして、エルドは円盤を投げつけてくる。
横跳びで回避すると、それは軌道を狂わせることなく彼女の元へ戻った。
「な、何それっ!?」
「ふふ、チャクラムをご存じでしょうか。それを改良したものです」
「ほう」
「こちらは多数、そちらは二人。取るべき選択はおわかりですよね?」
「ああ、そうだな」
ザンが一歩踏み出した。顎を引いたエルドから目を離さないまま、
「行け、フレイ」
それは、刀よりも重い言葉だった。
「ザン……!?」
「感じてはいた、お前が復讐に囚われていること。心配も迷いもあった。けど俺は、マインドに誓ったんだ」
強く大きくなった背中は、もう昔のものではない。
義兄はウィッグを放り投げた。
「何があろうと、お前を守り抜くと。だから俺を信じて先へ進み……本懐を遂げろ! フレイ!!」
無言のエルドによる、再度の投擲。
風が切られる。直後、金属の打ち合う鋭い音が。
「ザン……あ、ありがとうっ!!」
刀で円盤を叩き斬ったザンにお礼を言い────
「【火炎跳躍】!!」
私は全員の頭上を跳び越え、奥へ走った。
守護者の気配は、もうすぐそこだ。
「舐められたものですね……我々を一人で相手取るなど」
様子見と言わんばかりに、前列にいた男二人が突撃してくる。体躯は大柄。ザンとは似ても似つかない。
「そうだろうか」
斧と槍。対称的な武器を振りかざし、四肢をもがんと力む男達を。
瞬きの間に、ザンは峰で打ち砕いた。
「ッ!?」
「あんたこそ、あまり舐めない方が良い」
エルドの瞳に、訳もわからぬまま崩れ落ちる男達が映る。
「このザン・セイヴィアが……『積み上げてきたもの』を」
一つだけ感謝せねばならない。
あの日、マインドを救えなかったから。自分はここまで強くなれた。
「バカな……魔法使いじゃないのにっ!」
「俺とあんたは似てるかもしれない。エーネだってそうだ」
大切な人を想う気持ちは同じ。けれど。
「俺達には勝てない……グレイザーを止められかったあんたにはな」
「っ、01部隊、戦闘準備ッ!!」
震えながら武器を構える、数十のハンガーズを一瞥して。
少年は、義妹とは違う眼光を放った。
「始めるとしよう。あいつの道を阻む者は、誰であろうと逃しはしない」
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