11:決戦 守護者グレイザー
ノーブルタワー最上階。静まり返った闇の回廊を、私は無言で歩む。
エーネの呼吸。ザンの剣戟。守るべき大切な声が────頭に響いてくる。
最奥のドアは、思いの外スムーズに開いた。
「っ!?」
息を呑まずにはいられなかった。
部屋のあちこちに青色の液晶が浮かび上がっている。のちに知った言葉で表現するなら、電子的で機械的な何か。
そして部屋の中央。こちらに背を向け、微動だにしない男が一人。薄明かりに照らされた長髪を揺らし、決戦を待つ姿があった。
「毒刃少女」
グレイザーの声色は、闇と同化したかのように淀んでいる。
「シュレッケンの現支配者、二人の呼び名だ。ふざけた呼称だがな」
私は身構え、無意識に唾を飲んだ。
こんなところで────いや、ついにと言うべきだろうか。
「俺とそう年の変わらねェ女どもだ。だが、奴らの畑は『科学』……無論、街の運営などできん」
「科学……?」
「それこそ、超常的な代物でも生み出さない限り。不可能なはずだった」
ビートグラウズの長は、重苦しい動作で振り返った。
「あの日奴らは、ある『毒物』をシュレッケン全土に散布した。そしてわずか数刻で、市民の半数以上を物理的に洗脳した」
洗脳。一応常識の世界で生きてきた自分に、その言葉は刺激が強すぎた。
「神経に作用し、自我を奪う猛毒。空気感染で広がり、脳波までをも支配する。毒に組み込まれた奴らの遺伝子により、脳は主を認識するように仕向けられ……後はわかるだろう?」
「そ、そんな……!?」
「幸い、空気中の毒はすぐに効力を失うらしい。だがその気になれば、奴らはいくらでも新品を散布できる。敵の魔の手は、間も無くこの街に及ぶ」
パチンと、指を鳴らす軽快な音がした。
「そんな奴らにも────オレは、勝たねばならない」
「なっ!?」
次の瞬間訪れた、破裂するような機械音。立つのもやっとな振動。
びっくりして飛び退く私に、守護者グレイザーは獣の表情で凄んだ。
「さあ、フレイング・ダイナ。招待しよう。お前の望む頂きへと!」
「頂きって────!」
言いかけて息が詰まる。周囲の液晶が、壁ごと下がっていくのが見えた。
違う、上昇しているのだ。私達のいる部屋が!
「ははっ……ハッハハハハハハッ!! あァ、オレは試されているらしい! お前という障害を除き、晴れて計画を開始できるかを!」
「ッ……! グレイザー!」
「見てみろダイナ、この景色を。未来永劫輝く、オレ達の『最強の街』を!」
天井が下がり切り、全身が外気に晒される。
頂上は、立っているのすら恐ろしい高度だった。先ほどより少し強くなった雨は、互いの髪を濡らし、どこか悲哀に満ちた世界を作り出す。
「き……綺麗」
私は素直な感想を口にした。
視界いっぱいに広がる群都市の明かり。奥にまばらに見えるのは、故郷を含む小さな村々だ。
向きを変えると、かろうじてシュレッケンらしき街も見えた。
「もし晴れていたら、今日は星がよく見える日だった」
ガコン、と再び響く機械音。
ふちの柵の奥から、巨大な銃器が次々と飛び出してくる。
もちろん、あらゆる銃口を私に向けて。
「もっとも────お前はもう、拝むことは叶わんが」
雨すらも取り込みながら、群都市の支配者は闇の中で嗤う。
「覚悟は良いか? 魔法使いは俺の世界に必要ねェ……今ここで殺す」
「殺す、か」
私にとって、それは縁遠くはない言葉だった。
「……この、私を?」
「っ……」
グレイザーは目を伏せた。初めて彼の人間らしい表情を見たかもしれない。
「ダイナ、お前のことは知っている。正しくは……お前の故郷である村を」
「……そっか」
「血縁者か? あの少年────『マインド・ダイナ』の」
「違うよ。ただの、幼馴染」
感情を込めず、ただ静かに事実を口にする。
意外にも、グレイザーからは後悔の感情が読み取れた。
「マインドは、みんなのリーダーだったんだ」
少年は天賦の才を持っていた。
文武に限った話ではない。万物を惹き付けるカリスマ。森羅万象を包む優しさに、空まで突き抜けるひたむきさ。きっとグレイザーにも劣らない。
『いつか偉大な存在になる』。それが彼の夢だった。真っ黒な髪を靡かせながら、いつも私達に理想を語ってくれた。
私とザンと、マインド。二人の背中を追いかけるだけだったが、天にも昇る楽しい日々だった。
「……八年前まではね」
盗賊の大群が近隣の村を襲った。次は私達という状況だった。
誰もが震える中、立ち上がったのはマインドだ。
「人身売買とかもやってる組織でさ。マインドは……そいつらを止めるために、一人で村を出た。先に接触して、交渉で進路を変えさせたの。敵と戦って損害与えて……最終的に自分の身を差し出すことで、ね」
忘れもしない、十三歳の彼が村を去った日。はるか遠くが燃えていた。
私達は、死に物狂いで止めたのに。
「結局あいつらは王都の方に向かったけど、マインドが捕虜達を逃してくれた。その内に、色んな所の軍が叩いてくれて。でも敵の怒りを買ったマインドは……そのまま……」
仮にこの身を裂かれても、決して倒れない。
あんなの嘘だった。村に帰ってきた少年の、物言わぬ骸がそれを証明した。
「オレが、あの時出撃していれば」
「望みは薄いけど、もしかしたら間に合ったかもね」
「…………敢えて言おう」
グレイザーは顔を上げた。そこにはもう、「守護者」しかいない。
「オレは判断を誤った。お前達には悪いことをした……だが」
雨がいっそう強くなる。
「オレは群都市の『王』だ。その無念を乗り越えて、今を生きる民を守らねばならん」
「…………」
「例え、少女が復讐のためにやって来ても。オレは────」
「違うよ。復讐のためじゃない」
私は断言した。思えばザンは少し、勘違いしていたみたいだけれど。
「約束したんだ。マインドと……別れる時に」
────『フレイ。君は強くならなきゃいけない』
屈託の無い笑みで、彼は。
────『僕がいなくても、前を向けるように。みんなを引っ張っていけるように。そんな偉大な存在に────君がなるんだ、フレイ』
「マインド。私、ここまで来たよ?」
「ダイナ、お前……!」
「もう少しでなれるの、王に。マインドが目指した、偉大な存在に……!」
もう待てない。
もう抑えられない。
『ああ、共に征こうフレイ。今こそ手にするんだ────全てを』
夢を、叶えなければ。
すぐそこで微笑みかけてくれる彼に。報いなければ!!
「だからグレイザー、お願い!」
力強く両腕を振るうと、ノーブルタワーの頂上が恐るべき業火に包まれた。
「今ここで死んで!! ビートグラウズは、私のものだッ!!」
「……リアン」
グレイザーが遠い眼をする。
「この化け物を倒すことで……オレは、ようやく過去を乗り越えられる」
「うふふふっ、ふふふふっ、あはははははッ……!!」
私は嗤う。マインドがいつだってそうしていたように。
「蒼の守護者グレイザー! このフレイング・ダイナが────その首を焼き切って、マインドのお墓に備えてあげるっ!!」
仮にこの身を裂かれても、私は決して倒れない!!
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