12:少年少女の大一番
「【走れ炎よ】!!」
金色の炎が守護者の胸を捉える。唸りながら直進する魔法は、夜の群都市には眩しすぎた。
残像と共に初撃を躱した彼は、射抜くような眼差しで吠える。
「穿て、奴を!!」
「!!」
切り裂くような音。頂上を取り囲む機関銃が、一斉に私を攻撃し出した。
一発でも当たれば、死。
「【炎の防壁】……!!」
ひとまず防御だ。溶け落ちる銃弾は、私の生きてきた世界とはどこまでも無縁だった。
「ハッ、威勢の割に消極的だなァ?」
「ひ、否定できない……」
「それに」
彼が腕を振りかぶった。防壁越しでも、感覚でわかる。
直後。壁を突き抜けたナイフの刃先が眼前に届いた。
「お前、集中が切れると炎の形が揺らぐな?」
「うっ」
「その力は、二つのことが同時にできねェ。そうだろう?」
ああ、もう少しだけ隙があれば。私の炎で全ての銃器を蹂躙できるのに。
グレイザーは紛う事無き手練れだった。
隙の無い身のこなし。長身から繰り出される殺人級の技の数々。未知の兵器を巧みに操る処理能力……王都より来たる技術は、中々におっかない。
対する私は、ヤワヤワな肉体の村娘で。
え────つまり、劣勢?
「ふふふ、んふふっ……」
「!!」
そんな、まさか。
「ねえ、グレイザー。どうしてここまで強くなったの?」
炎の壁を維持しつつ、私はゆっくり立ち上がった。集中力は限られており、話しながらでは歩くことも難しい。ギリギリの状態だ。
「……お前と語らう気はねェ」
「リアンさんとの『最強の街』……それはほんとに、今ので合ってるのかな」
出しうる限りの低い声で。
「グレイザーは結局、野心を抑えられないだけでしょ?」
私はきっと、核心をついた……と思う。
「シュレッケンから『守る』だけじゃ、この先に進めない。だから逆に奪う……誰も逆らえないくらい、強くなる。それは、自分が人の上に立ちたいだけじゃないの?」
「……お前は、自分を省みたことがあるか?」
「どうなんだろ」
わからないけれど。
「否定はしないよ? 私の決意もずっと、ここにあるから」
「…………」
胸に手を添える私の息遣いを、彼は感じ取っているだろうか。何となく殺気が薄い、ような気がする。
────油断したな。
「ところでグレイザー。私の力、ちょっと見くびってるでしょ」
グレイザーが顔を顰める気配がした。
「攻撃は確かに、手のひらからしか出せない。でも逆に言うと、『手のひらから』なら、何とでもなるの」
「ちっ、お前……!」
「気付くのが遅かったね。私の炎は、地面も伝うよ? もうこのタワーに逃げ場は無い!!」
私は防壁を解除した。ほんの僅かな動揺に、守護者は少しだけ反応が遅れる。
投擲も銃撃も間に合わない。今こそ下から突き上げる火柱が、彼を────
「……………………なんてねっ、【火炎跳躍】!!」
素早く跳び上がった私は、ものの一瞬で巨大な銃器の上に着地した。
「ハッタリか、小賢しい……!!」
「ふふっ、そういう自由な技はエーネの方が得意だから。私の取柄は圧倒的かりょ────っ!?」
ドヤ顔で言いながら、恥ずかしいことに私はバランスを崩しかけた。気を抜くと落ちそうで結構怖い。
だが、銃器の射程外に来ればこっちのもの!
「【炎の高波】!!」
両腕を広げて叫ぶ私の眼前で、頂上がいっそう燃え上がる。
蠢く炎が、濡れた鉄塊をその顎で包み、次々と灰にしていった。
「おのれッ……!」
「あはっ!!」
再び着地した私を狙うは、エルドより遥かに速いグレイザーの投擲。
流星のような軌跡を、私は名も無き炎で弾いた。
「ごめんね、グレイザー。でも。もう終わりなんだよ」
銃器が全て燃え堕ち、私と守護者と炎だけが残る。
「マインドが死んだあの日から、私はずっと魔法使い。私は負けない……絶対に────」
「……いや、まだだ」
黒衣が風にはためく。地を這うような重低音は、私の心臓に直接届いた。
その時。まるで機を図ったかのように、階下で爆音がした。身の危険を感じるほどの振動が伝わってくる。
それは私が、義兄に全てを託した場所に他ならない。
「……ざ、ザン!?」
「良く聞け、狂った娘よ。ここは群都市、辺境の王都だ」
上着を投げ捨て、低く構えた守護者は。
「国王を────侮るな」
星空よりも強い眼光を、私に向けた。
(ああ、ごめんね……マインド)
雨はもう、やんでいるけれど。
もう少しだけ、この戦いを楽しませて?
********
きたる決戦に誰もが浮足立った、夜の群都市にて。
「食らえ!!」
「ひゃああああっっ!?」
エディネア・モイスティは、絶望の逃避行を繰り広げていた。
「くっ、外したか!」
「あ、あぶな……ほ、他の人に当たったらどうするんですかっ!」
痛む横腹を押さえながら、槍を投げられたエーネは涙目で叫ぶ。普段ならこんな物言いはできないだろう。
転びかけながら曲がり角を走ると、また地獄の直線だった。
「っ、はあっ!!」
「なっ!?」
周囲の床に文様が浮き出る。囲まれそうになる度、エーネは輝く水柱を造り出し、ハンガーズから身を守っていた。
少しでも長く敵を引き付ける────それが、今の自分の使命。
「なんて逃げ足だ! しかし、脅威は感じられんな」
「しっ、きっとアホなだけよ。折角の水流を逃げにしか使わないもの」
(き、聞こえてるし……! わたしの配慮をそんな風にっ!)
というかもう、体力が限界だ。日頃の運動不足が祟っている。汗で髪が貼り付くのも気持ちが悪い。
そんな状態での逃走劇が、長続きする訳もなく────
「あああっ!?」
前方からも多数の敵が迫っており、エーネは挟み撃ちにされた。
やはり大通りは悪手だった。この人数では水での回避も難しいだろう。
「へっ、ここまでだな」
「ううっ……!!」
ハンガーズが近づいてくる。このままでは捕まる!!
「わ、わ、わたしが捕まっても、魔法は遠隔で発動できますっ!」
「でも流石に距離制限あるだろ。じゃなきゃわざわざ会場に来る意味無くねえか?」
「……………………そ、そうですけどっ」
「みんなに愛されてそうだな、あんた……」
苦笑いするハンガーズをよそに、エーネは今にも号泣したい思いだった。
二人は今どうしているだろう。グレイザーは到底一筋縄で行く相手ではない。ハンガーズまで参戦すればおしまいだ。
藁にも縋る思いで顔を上げると、
「……あっ!?」
視界に入ったのは、夜を照らす黄金だった。
ノーブルタワーの頂が烈火に包まれている。大切な人が、あそこにいる。
────『早く……現状を変えなきゃ』
(フレイ……!)
みんなの笑顔と平和のため。きっとそれが、幼馴染の戦う理由だ。
だから、自分だって。
「……すみません、どいてっ!」
「うおっ、しまった!?」
エーネは素早く小規模な水塊を生み出し、前方の敵の前で弾けさせる。
彼らが身を引いた隙に、細い路地に駆け込んだ。
「おのれ、魔法使いめッ!!」
「あああっ、もう! ほ、本当にしつこいですっ!」
怖くても、二人のために立ち向かう。今度こそ────負けはしない。
********
「始まったか……」
上部から凄まじい熱気が突き抜けてくる。燃え盛る炎と、飛び交う刃の音も。
「はあっ、はあ、よそ見ですか?」
「!!」
切り裂かれる空気を察知し、ザン・セイヴィアは身を翻した。
動けるハンガーズは残り九名。及び、ボスのエルド。
倒れ伏す有象無象を見下ろしながら、ザンは握り手に力を込めた。
「まずは」
掃除といこう。
「ぐっ!?」
前傾、そして飛び込み。風のような動きで、屈強な戦士達に峰を叩き込む。
「こ、こいつっ、速────」
僅かな隙を縫い、懐まで。
刀の柄で鳩尾を突くと、男は言葉も無く崩れ落ちた。
三人の中で唯一特殊な力を持たぬ身でありながら、最強の身体能力を誇るザン・セイヴィア。その要は、圧倒的なスピードにあった。
抜かれてはならない、守るために。
誰よりも速く……空を切る刃すらも、追い越す速さを。
「まだ、私がいますっ!!」
エルドが跳躍する。複数の円盤で眉間を狙ってきた。
全てを刀で弾き返し、ザンも思い切り地面を蹴る。峰を上面へ向け、神速で喉元へ。
「愚かな! 空中戦は私の────」
「浅はかだな」
直接振り下ろされた得物を躱し、満を持して刀を構える。
幼馴染が死闘を繰り広げている、その真下で────
「俺が勝算も無しに……」
「っ!?」
「勝負を挑むわけ、ないだろっっ!!」
遠方に叩き落とされるエルド。未だ慣れない「攻撃の感覚」に、確かな手応えを感じた。
「手加減はした。まだ、俺に食い下がるか?」
煤だらけの従者は、よろよろと立ち上がった。
「ごほっ、は、はは……これほどとは」
「エーネは治癒魔法が使える。降伏しろ、エルド」
「一切の油断も無し、ですか……いよいよ勝てる気がしませんね」
エルドは自虐的な笑みを浮かべ、
「ですが、お断りです」
「…………」
「何があろうと、ここを通すわけにはいかない」
その瞳の先には、守るべき仲間の影。
自分がフレイ達を想うように。彼女もまた────
「私は……いや、ボクは。確かにキミのように強くない」
「?」
「けれどグレイザーは。こんなボクでも、一度たりとも見捨てなかった」
エルディード・レオンズは、傷を負ってもなお生き生きとしていて。
「そんな彼のためだからね。覚悟だけは、ある」
「! まさか……っ!」
彼女が取り出したのは、円盤ではなく小型の装置だった。
「彼の過ちは、半身たるボクが贖う! 例え……今ここで終わったとしても!!」
足場が爆炎に包まれる。
床が崩落したその瞬間、二人は確かに、己の大切な人を視ていた。
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