13:終幕へ向けて
風と黒煙が吹き荒れる、群都市のはるか上空。
雨よりも重たい重力が、二人を下界に吸い込んでいく。
「くっ……! エルド!!」
間一髪、崖にしがみついたザンは、反射的に片手を伸ばした。手首を掴まれたエルディード・レオンズは、驚愕に目を見開く。
「ザン・セイヴィア、な、何を!?」
「っ、爆風で背中が……! 長くは保たない、自力で俺の体を登れ!」
「何故ボクを助ける!? 今しがた自爆したのに!」
それは、ザンにとって酷く当たり前のことだった。
「俺は絶対に、目の前で誰かを死なせたりはしないっ!!」
とはいえ、手負いの身で二人を支えるのは不可能に近い。
徐々にずり下がっていく体。下層の人間はもちろん、建造物ですら豆粒程度の大きさだ。
「すまない……ボクは」
罪悪感を浮き彫りにしたエルドが、自ら手を離そうとした瞬間。
「ザンっ!!」
誰かが、上からザンの腕を掴んだ。
「えっ……エーネ!!??」
「げほっ、ううっ、ひぐっっ……!!」
汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにした、酷い有様の幼馴染がそこにいた。傷は無いのに、何故か嗚咽をあげている。
「どうしてっ!」
「あ、あれから体力尽きて、タワーの階段から水流して耐えようと思って……で、でも全然っ、ぐすっ、うまくいかなくてっ! 逃げるしかなくてっ……!!」
「な、泣くな、大丈夫か!?」
「うううううっ、高いぃっ、うええぇっっ……!!」
「すまん、喋らなくて良い!」
色々と吐き出しそうな少女を制し、必死に力を込めるザン。
「ザン、も、もう無理ぃっ……!」
「エーネ、俺の刀を落としてくれ! 少しでも軽く────」
「その必要はないよ」
続いて、場にそぐわない貫禄のある声がする。
気がつけばザンとエルドは宙にいた。二人同時に着地したところで、強い力に引っ張り上げられたと気付く。
「……ゼノイさん!」
「ここは片付いたようだね」
ゼノイ・グラウズの口調は、この状況下でも全く変わらない。
「何故あなたまで……」
「うむ、作戦と違う事をした子がいてね。あまりに大変そうだから、後処理ついでに様子を見にきたんだ」
しんみりした彼の瞳は、泥のように倒れ伏すエーネに向けられていた。
聞いた通り、エーネはタワー内部で耐久作戦に出たが、失敗したらしい。
上に逃げるしかなかった彼女を追い、ゼノイはハンガーズを退けながら進路を塞いできたようだ。
「驚いた、そんなに強かったのか」
「所詮は地形を利用した多対一の技術だ。君達には敵うまいよ」
「はああっ……良かっ、た……」
事の顛末を聞き終えたエーネは、史上最大のため息を吐いた。
「エーネ、ありがとう。お前のおかげでみんな無事だ」
「んふふ……ザンこそ、ありがとう。フレイを、導いて……くれたんですね」
芯から嬉しそうなエーネに、ザンは頭を掻いて黙り込む。
「これだけ怖いことやったんですから……今度、甘い物でも奢ってね」
「ああ。でも運動は定期的にしろよ」
「しばらくは……嫌です……」
彼女が静かになると、それまで黙っていた女性が口を開いた。
「ザン、ボクはキミに礼を言わねばならないね。それと、謝罪も」
「気にするな。もう済んだことだ」
「……最後に、聞かせてくれないか?」
少年に背を向けたまま、エルドは切ない声で。
「ボクとグレイザーは、この先もやっていけるだろうか。ずっと親友のまま……手を取り合って、生きていけるだろうか」
ザンは、口を半開きにして仰向けになるエーネを見やる。
そして、そんな穏やかな彼女と対照的に、怨念を纏う義妹を思い浮かべた。
「何かと思えば」
それでも、ザン・セイヴィアは信じることをやめない。
「あんたが奴を想う限り、考えるまでもない」
「……そうか。ああ……そうか」
従者の表情は、かつてないほど澄み切っていた。
「さて。皆、感じているかな?」
ゼノイの言葉を受け、全員で天井を仰ぐ。
今にも崩れ落ちそうな最上階から、とめどない生の躍動を感じた。
「戦いは佳境だ。最後に立つのは一人だけ……やもしれん」
********
「【火炎鉄砲】っ!!」
「甘い!!」
尾を引く金色の閃光を、グレイザーは巧みに避け続ける。
一瞬の隙を縫い、飛び出してくる神速のナイフ。
「【走れ炎よ】!!」
宙を走る炎で迎撃すると、目も眩むような閃光が走った。
すぐさまグレイザーが視界から消える。背後に、複数のナイフを構える彼の姿が。
「……そっちこそ甘いねっ! 【炎の裂槍】!」
「ぜあああッッ!!」
「っ!?」
対応は遅くなかった。こちらの火炎槍が完璧に迎撃したはず。
しかし肩を焼かれてもなお、守護者は突撃を緩めない。
「ふ、【炎の防壁】!!」
「無駄だ! 既におよその硬度はわかっている!!」
殺意のこもった刺突に加え、彼は凄まじい蹴りを繰り出した。
まさかの攻撃に、初めて防壁が揺らぐ。
「やば!? 【炎の────」
「消えろッッ!!」
「────攻守一体】!!」
壁をそのままぶつける。すんでのところで、グレイザーは大きく跳んで退いた。
「ちっ、仕損じたか」
「う……焦って変な技出しちゃった」
グレイザーはよく見ると体に機器を取り付けており、それで能力を向上させているらしい。元からの強さに加え、驚異的な馬力だ。
しかし着実に傷は負っている。もう、長くは保たないはず。
「グレイザー。エーネやザンが下にいるよ。エルドさんは負けたんだよ」
「……それに、あの男もか」
「ねえ、感じるでしょ?」
私は、屈託の無い笑みで。
「死が、すぐそこに迫ってるよ?」
雨雲はすっかり晴れ、ノーブルタワーの灯火は月光と共に輝く。
群都市の無数の人間が、偉大なる守護者の無事を祈っていた。
「……退く道など存在しねェ」
まるで、自分に言い聞かせているような物言いだ。
「オレ達の脅威は、全て排除しなければならん。シュレッケンも……フレイング・ダイナ! お前も!!」
「…………」
「あァ、そうだ。この街は民の安寧であり、オレの野望でもある。全てを叶えるべく、オレはエルドと共に進む!! いずれ必ず────」
蒼色の眼光を放ち、グレイザーは天高く吼えた。
「オレ達は────この街はっ! 世界を統べる!!!」
(……ああ)
今更ながら思い知った。やはり、《《彼は野放しに出来ない》》と。
もし同じ村に生まれていたら、きっと素晴らしい友人になれた。
けれど私はフレイング・ダイナ。約束を果たすためここにいる。
「……さよなら」
「!!」
「グレイザーは、偉大な守護者だったよ!!」
私の呪いはもう、解けることはない。
「【火炎大海撃】!!!」
天を舞う業火が、タワーの頂を喰らった。
逃げ場を失った守護者は、無残にも炎の渦に呑まれていく。
「やっ、た……」
喪失感と達成感がごちゃ混ぜになった複雑な感情を抱きながら、私は脱力した。
この先のビジョンは無い。ゼノイにどう伝えれば良いかもわからない。
けれど、今は────
「────────え」
乾いた音がした。炎とは異なる、硝煙の匂い。右手を刺すような苦痛。
視界に映る真紅が自分の血液だと気づくのには、だいぶ間が要った。
「お前は、世界を知らない」
煙が晴れ、満身創痍の男が姿を現す。
彼は見たことのない武器を持っていた。小型で持ち手があり、先端に穴の空いたそれは────
「拳銃……見るのは初めてか?」
「ッ────!?」
声にならない呻きと共に、私は膝をついた。驚きの感情で涙が溢れてくる。
「視界が良ければ心臓を狙えたが、これで魔法は上手く使えまい」
(わ、私……油断したのっ……?)
ナイフの投擲なら気付けたのに。
いや、彼が私の魔法を知らないように。私も彼の執念を知らなかった。
「【炎の防壁】……!」
左手で最後の壁を張るが────
「さあ、退場の時間だ」
いつの間にか、グレイザーは眼前に接近していた。
「ッ!?」
「群都市に────お前の居場所は無い!!」
守護者の渾身の蹴りは、壁ごと私を捉えた。到底防ぎきれる威力ではない。
体を捩り、手のひらを下に向けると、炎が暴発する。
自身の炎と、機器で強化された恐るべき技によって……
「うああああああああっっ!!??」
勢いそのまま、私は天高く吹き飛ばされた。
「さあ、宴の終幕だ!!」
彼の咆哮に応えるが如く。タワーそのものが、轟音を上げ始める。
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