7:侵略の守護者
「ほんっとにさ! あんな格好なんだし、ちょっとは配慮してよっ!!」
昨夜の神妙な雰囲気はどこへやら。
ズカズカ大通りを歩く私は、思いきり拗ねていた。
「悪かったって、フレイ」
「百歩譲って、管理人さん入れたのは良いよ? 急ぎだったし。でもエーネ、まず何で最初にザンを入れたの!?」
「だ、だってザンが朝早く様子見に来て……わたしはその時起きちゃったし、フレイは兄妹だから良いかなって……」
「義兄妹ね!! もうっ、寝顔とか見られたってことじゃん……」
「ご、ごめんなさいぃ……」
まあ、恥ずかしかったのは事実だけれど。昨日は迷惑をかけたし、これ以上とやかくは言わない。
むしろ、今の状況の方がよほど重大だった。
「始まる、グレイザーの話が……!」
雲一つない快晴。
一際荘厳な木々や建物に囲まれた中央広場は、集った人々の異様な熱気に包み込まれていた。
「よく、集まってくれた」
やがて、腹に響く重い声が届く。設置してあった高台からは蒼炎が吹き、次の瞬間────そこには守護者が仁王立ちしていた。
「『死都』シュレッケン。この群都市を、恐怖に陥れた街」
身バレ防止用に買った帽子を深く被り、話に聞き入る。
「昨夜のことだ。奴らの脅威に対抗すべく、王都へ秘密裏に送っていた援軍要請の返事が来た」
「え、援軍!?」
「答えはノー。王国軍の長官は、未だ身動きができんようだ」
ざわめきが群衆を覆う。事実を受け入れるのに必死のようだ。
「助けは来ねェ。もっとも、王都は元より戦力が期待できる状況にねぇが。やはり自力を除いて、事態を解決する手段は無い」
「…………っ」
「よってオレは決めた。我らの総力をもって、戦いを仕掛けると」
ついに明言される。誰もが予感していた、シュレッケンへの攻勢が。
本当なら、この手に収めた街で、私がその大任は担いたかった。けれど私はもう選んだのだ。
想定よりもずっと民衆に慕われていたグレイザー。彼の願いを慮り、私は全てを忘れる。
そして、今そばにいるかけがえのない仲間を────
「三日後、我らは『歓楽都市』シュレッケンに侵攻する。指導者を討ち果たし……かの地を、ビートグラウズの支配下に置く」
その言葉に、一切の淀みは無かった。
「……………………え?」
「ど……どういうことだよ、グレイザー!?」
悲鳴に近い声が上がる。
「あそこはロベイン市長が……! 俺達の街を乗っ取るのか!?」
「彼女は行方不明だ。枢軸を失い、災禍をもたらした街が、容易に復活できるとでも?」
守護者の言は重い。
一方の私は、怒りと焦燥に支配されていた。
「それに下手人は、強靭な軍事兵器を扱うとも聞く。是非手に入れたい」
「そ、そんな危ない奴がいるのに、支配なんて……っ」
「……お前らは、このままで良いのか?」
若干声を潜めたグレイザーは、民衆の心に直接問いかける。
「籠城を決め込み、和平まで粘る手もある。だが、それが何の解決になる? 我らにどんな『恩恵』を与える?」
「これだけかき乱された後だ……確かに恩恵は、無い」
隣のザンが苦々しくこぼした。
「忘れちゃいねェか? この街が、周辺の全てを牽引する『群都市』と呼ばれる所以を。この逆境を利用せずしてどうする?」
拳を固める彼の話が、耳に入らない。私の頭は疑念でいっぱいだった。
「人口増大、生活の圧迫、迫り来る危機……全てを逆手に取り、オレはかの地を手中に収める。新たな支配者となるべく、必ず敵を討ち果たす!!」
グレイザー、あの時は助けてくれなかったくせに。
この期に及んで、私を差し置いて。まだ、王として強くなるつもり?
「っ、ふふっ」
「ふ、フレイっ……?」
「あはは、はっ……はははははっ」
豹変した私にエーネがオロオロし始める中、周囲の空気が高揚していく。彼に同調する民衆の熱を、肌で感じる。
「言ったはずだ。オレとハンガーズがいる限り、負けることなどありはしない。安心しろ。この街に流れ着いた者、誰一人置き去りにはしねェ!」
「グレイザー……! やっぱり、あなたに付いていけば!」
「そうよ、もうあたし達にはあなたしか!」
私は何を躊躇っていたのだろう。
幼馴染は、まだ失うと決まったわけじゃない。
一方で、私が視ている未来は。今すぐにでも潰えようとしているのだ。
「フレイ」
静かに腕を掲げた私を、ザンが呼び止めた。
「お前────」
「ごめんね」
これが最後の謝罪だ。
二人共。ついてきてくれるって、信じてるからね。
「手を貸す者は名乗り出ろ! ビートグラウズに、新たなる夜明けを────」
「【火炎鉄砲】!!!!」
今日は本当に天気が良い。
守護者の眉間を捉えた炎の弾丸は、日光に照らされて艶やかに輝いていた。
「っ!?」
金色の炎が、命を穿つ────そんな決まった運命に抗うように。
「やはり、魔法使いか!!」
グレイザーは迫り来る攻撃を、かろうじてナイフでかき消した。
「フ……レイ……ッ!?」
「な、何をっ!!」
幼馴染も民衆も、理解が追いついていないらしい。特にエーネの顔は、可哀想なほどに真っ青だ。
「……帽子で隠れるとは考えたなァ」
猛禽類の眼差しで、グレイザーは大地に吠えた。
「生きて帰れると思うな────フレイング・ダイナ!!」
「ふっ、ははっ、あっはははははははッ……!!」
激しい緊張と高揚に侵された私は、帽子を投げ捨てて。
ただ、遠くにいるあの人を想う。
マインド、私はついに……!
「私達を差し置いて、シュレッケンを手に入れる? そんなの、ダメに決まってるでしょ」
「……お前、やはりあの村の」
「今話す気は無いよ。私は、グレイザーを殺すためにここにいる」
幼馴染を除いた皆が、今や私から距離を取っていた。
「ふ、フレイっ……!」
「…………そうか、お前」
「ぐすっ、ど、どうして……ッ! フレイっ、何故ですっ……」
目を背けたくなる現実に、エーネが泣き崩れそうになる。
それでも私に掴みかからないなんて、やはり気が弱くて────本当に優しい。
「もう、引き下がれないんだな」
「…………」
「報いを受けさせると、決めたんだな」
「……そうだよ、ザン」
「────ならば」
最後は必ず味方をしてくれる義兄は。
静かに、刀に手をかけた。
「共に征こう、フレイ」
「あぁ、魔法使いが、オレを阻みにここへ来た。この街を終わらせるべくして!!」
『グレイザー、ここは避難を! 後で軍に追わせれば……』
「エルド」
どこからか聞こえた補佐の声。
渦中に佇む守護者は、ニィッと口角を上げた。
「見ているが良い」
もう、躊躇の必要は無い。
「【走れ炎よ】!!」
「出ろ、ハンガーズ!!」
グレイザーは再び、すんでのところで火炎を躱す。
直後、彼に呼応し、群衆の中から数多の影が飛び出してきた。
「な、何ですかっ!?」
「やはり潜んでいたか! エーネ、覚悟を決めろ!」
「え、えええッ!!??」
「邪魔しないで! 【破裂の炎よ】!!」
有象無象に興味は無い。
迫る敵軍を退け、本命を台から引きずり下ろすには、範囲攻撃が有効だ。
「ぐっ!?」
「ダメだ、あの少女に近づくな!」
中央広場を炎が包む。煌びやかな群都市は、一瞬で世紀末になり果てた。
しかし破壊された台に、守護者の姿は無い。
「悪く思うな」
「! 跳んで……!」
「お前に付き合う義理は無い!!」
ナイフを携え、グレイザーは宙を舞う。
高速で迫り来る得物。風を切り、額を捉える。
狙われたのは────
「ザンっ!」
「ぐっ、なんて力だ……!」
ナイフが弾き飛ばされる。危うく人に当たるところであった。
流石に一般人を巻き込むのは寝覚めが悪い!
「はっ。案の定精鋭揃いというわけか」
家屋に着地したグレイザーは、歪んだ笑みを浮かべながら声を張る。
「エルド、頃合いだ!!」
『し、しかし民衆が!』
「案ずるな。全員既に、オレ達の一部……そうだろう!?」
身を刺すような悪寒がした。いくつもの施設の頂上で、鉄製の何かがキラリと光る。
全ての凶器が、狂いなくこちらを捉えていた。
「っ、【炎の防壁】ッ!!」
大きく両手を広げた私は、渾身の力を込めて叫ぶ。意思を持ったようにうねる炎が膜を形成し、私達を取り囲んだ。
やや遅れて、この世のものとは思えぬ破裂音が世界を覆う。
「ひっ!? じゅ、銃です! 銃で撃たれてますっ!!」
「じゅう……? 何それ!?」
「さ、さっき鉄砲って言ってましたよね!? 知らずに使ってたの!? フレイはいつも、ぐすっ、い、いっつも、変な技ばっかりっ……!」
「言ってる場合か! このままじゃ死者が出るぞ!」
動揺しすぎて変なことを口走るエーネ。
しかし、罪無き人に向けられた危機が彼女を突き動かした。
「わ……わたしに、任せてっ……!」
涙に濡れた少女は熱の中で立ち上がる。
白く穢れを知らない両手を胸の前にかざし、祈るように。
「お願いっ……わたし達を! 押し流してっ!!」
途端、第三者の悲鳴が多数聞こえた。というよりも、超常現象への驚嘆に近いかもしれない。
「バカな、まだ魔法使いが!?」
「フレイ、今だ! 噴射で離脱して立て直すぞ!」
二人がしがみついたのを確認し、私は防壁を消滅させる。
すかさず手のひらを後ろに向け、最大火力で。
「【火炎跳躍】!!」
灼熱地獄から一転。私達を待ち受けていたのは、広場をの外に向けて流れる激しい水流だった。
まさかエーネがここまで出来るとは。私にしがみついたまま、汗びっしょりで泣いているのに。
「逃さん……絶対に逃さんぞッ!!」
「それはこっちのセリフだよ、グレイザー」
流れに乗り、空と水の境界を駆けながら、私は虚空に微笑みかける。
「必ず討ちにいくよ。そこで待ってて!!」
「ハンガーズ、全軍に告ぐ!!」
守護者の放送が、平穏の終わりを呼ぶ。
「フレイング・ダイナ一行の殺害を命じる! 門を封鎖し、各個警備に当たれ! 是が非でも、奴らの首を取れッ!!」
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