6:愛する人へ
ゼノイ・グラウズに連れられ、暗い裏通りへ赴く。
既に何人も先客がいた。見た目は浮浪者だが、その身分に似つかわしくない決意の宿った瞳が、一斉に向けられる。
「彼らは皆、グレイザーの政敵だった。ここは一種の集会所だ」
彼はシートを敷いた地面に、厳かに座り込んだ。
「鍋でもつつくかね。美味しい白菜があるよ」
「あ、ありがとうございます」
「緊張することはない。ここは以前ほどの殺気に満ちてはいないよ。ただ虎視眈々と、再起の時を待っているのは変わらないがね」
エーネは縮こまり、ザンはしきりに周囲を見渡している。もっと気楽にすれば良いのに。
「残念ながら、詳しい原因は公にされていないんだ」
この街取り巻く異変について、ゼノイはそう語った。
「だが件の話を、グレイザーは真実と断定したか」
「部外者の俺達は事情を知りません。教えていただけませんか?」
前市長は頷く。
一ヶ月ほど前、この街にシュレッケンからの逃亡者が雪崩れ込んだ。
酷く取り乱した彼らは、口々に捲し立てたという。
隣人が、友達が、家族が。『皆おかしくなってしまった』、と。
「おかしく……?」
「表現はまちまちでね。意思疎通ができなくなったと言う者もいれば、いきなり襲い掛かられたと語る者もいる」
「な、何それ!?」
「ロベイン市長も行方不明。故あって、王国からの援軍も無い。確かなのは、その事態の黒幕が現在あの地を牛耳っているということだけだ」
ごくりと唾を飲む。身の毛のよだつような話だった。
「周辺の村も次々と侵されていき、正気の人間は皆ここに流れた。現在、堕ちた街や村は、その『おかしくなった者達』の管轄下にあると聞く」
それが自らの意思による行動なのか、あるいは……
この街で詳細を知るのは、それこそグレイザーとエルドだけだろう。
「少し良いですか」
と、そこでザンが手を上げる。
「何故、この街なのでしょうか」
……なるほど。やや遅れ、エーネも「言われてみれば」という顔をした。
「中々良い着眼点だ。だが、それについては考えるまでもない」
「というと?」
「逃げ先にこの街が選ばれた理由。前提として、ここなら辺境のどこよりも安定した保護が受けられる。そして、誰一人シュレッケンより北部……つまり、王都に近い方に向かわない訳は────」
彼は真面目くさった顔で。
「現在の王都方面が、シュレッケン以上に危険だからだ」
「…………!!」
野菜を頬張っていたエーネの背筋が固まる。
「そ、それって」
「ご存じかね、お嬢さん。そう、最近北部一帯では、未曾有の誘拐事件が連発している」
「ゆ、誘拐────!?」
その時、私の視界の裏に炎が浮かんだ。
そうだ。大切なものが奪われたあの瞬間から。この炎は私と共に────
「フレイ」
身を乗り出した私を、ザンが制する。
「話は最後まで聞くぞ」
「…………」
「案ぜずとも、君達に関係は無い。しかし気になるなら────」
「あ、あのっ!」
今度はエーネが身を乗り出す。拍子に器が倒れそうになった。
「わたし、他に聞きたいことがあるんです! ぐ……グレイザーについて」
語尾は弱々しいが、しっかり顔を上げている。さっきの高揚が続いているのか、地味に呼び捨てだ。
「どんな人、なんですか?」
「……やはり君達は、何か複雑な事情を抱えているようだ」
「ええ」
ザンが後に続く。
「仰る通り訳ありの身で、すぐに決断しなきゃならない。彼のことを知った上で、しっかり考えたいんです」
そのまま帰るか。無理にでも再説得を試みるか。
はたまた────
「教えてくれませんか? ゼノイさんが知ってる、あの人の話」
最後に私が言い募る。「変わった子たちだ」と笑い、ゼノイは天を仰いだ。
路地裏からでも、今日は星がよく見える。
「私が奴を拾い上げたのは、十二年前のことだった────」
この話を私が思い出すのは、もう少し後になる。
けれど聞いた事全てが、私達の記憶に刻まれて。
同時に強く……私の心も揺れてしまった。
********
それから、夜が更けるまで話し込んだ。聞くだけに留まらず、私達三人の関係や村の事情も語った。
一面がくすんだ路地裏でも、ゼノイは多くの人に囲まれていた。失脚してもなお衰えぬ人望には感心させられる。
「結構良い所だね」
路地から離れた私達は、静まった宿にたどり着いた。ゼノイの知り合いが利用していたらしく、特別に今夜分の二部屋を譲ってくれたのだ。
「感謝しないとな。それにしても、中々有意義だった」
「悔しいけど……グレイザーの言動に、深みが感じられるようになりました」
ここに来るまでの間。私はずっと、二人の視線を感じていた。
一日が終わる。もう決断の時だ。
「ね、二人とも」
ドアの前で足を止め、仲間達に声をかける。
「村を離れてさ、どうだった?」
「…………」
「ちょっとはさ、旅のワクワク感とか────楽しいことあった、かな?」
「ああ……全部が新鮮だったよ」
「そっか」
振り返る。二人は少し寂しそうに、それでも微笑んでいた。
ザンはもちろん、エーネもこういう時は立派な年上だ。
「この時を、待ち侘びてたんだけどね……」
今から一人で立ち向かったって良い。私ならそれができる。
しかし、こんな夜だからだろうか。彼の過去話が胸を刺す。
それ以上に────ザンの切なる呼びかけが。エーネの温かな感触が、蘇る。
王となり、偉大な存在になりたい。私を見守るあの人に、報いたい。
けれど考えさせられてしまった。本当に、二人を巻き込んで良いのか。一人が寂しい私を案じて、ここまで付いてきてくれたのに。
こんなにも私を想ってくれる、愛する幼馴染を危険に遭わせて。
私は────
「あのさ、またこういう機会があったら」
口をついで出た言葉は、とても儚かった。
「今度も……一緒に来てくれる?」
「なんだ、そんなこと」
二人は同時に言った。
「もちろんですっ!」
「無論だ」
「えへへっ。それが聞ければ十分!」
腹の前で手を組み、精一杯の笑顔を作る。
今だけは、楽しい旅行を終えたような気分になり切ろう。
そう。これは数日の……夢物語だったのだから。
「ありがとうね。じゃあ明日、帰ろっか。私達の村に」
********
『ねえ、フレイ。君は夢を持ってる?』
『────え?』
この光景は……?
『僕はあるよ! 偉大な存在になって、自分で世界を動かすんだ!』
『いだい……うごかす……?』
『魔法も使えたら良かったなぁ。まあ、あれは『生まれつき』のものだけど』
私は首を傾げた。意味がよくわかっていないのだろう。
『フレイもゆめ、あるよ! みんなでね、しあわせにくらすの!』
『そんなの、待ってるだけじゃダメだよ!』
そうだ、この声は。
『きっとすぐにわかる。こんな何もない村に生まれたからこそ、僕らは進み続けなきゃ!』
『マインド……?』
『見ててよ、フレイ。仮にこの身を裂かれても。僕は決して────』
ああ……マインド。私の大切な幼馴染。
結局私の『夢』なんて、大したこと無かったんだ。
********
「フレイ、起きろっ!!」
「んぇ……?」
「宿の管理人が……!」
ザンに強めに揺さぶられる中。
ダン、と爆音を鳴らし、誰かが室内に入ってきた。
「あんたら、いつまで寝てんだ!?」
「……え? えっ、え!?」
私とエーネ専用の、安心安全の宿の一室。
その聖域に見知らぬ男が侵入してきた衝撃で、私は寝巻のまま後ずさった。
「チェックアウトは済ませておいた! 急いで支度しな!」
管理人は興奮しきった様子で吠える。
「もうすぐ始まるんだよ! グレイザーの重大発表が!!」
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