5:王を討て
「ふ、フレイ……っ!」
ザンの怒声が耳を付く。けれど構っている暇は無い。
「そうやってみんなを虜にしようとするの? 街の人みたいに、私達も手に入れようとするんだ?」
「…………」
「最後には、見捨てるくせに」
グレイザーの氷のような眼差しに射抜かれながら、私は吐き捨てた。
「……先ほどの暴言は水に流そう。だが────最後のは聞き捨てならんな」
「グレイザー、落ち着いて……!」
「オレが、誰かを見捨てたと?」
エルドを押し退けるように、机が叩きつけられる。部屋まで振動したような気がした。
「ダイナ、お前に何がわかる……ッ!!」
「市長、申し訳ありませ────」
「ふ、フレイは、ち、違うんですっ!!」
冷静に弁解を始めた義兄に被せるように。
誰よりも臆病な少女が、涙ながらに金切り声を上げた。
「ふ、フレイには夢があって……! それは多分、だ、誰かに仕えることじゃ成し遂げられなくて……急なことだったから、き、きっとあんな言い方にっ!」
「エーネ、私は……!」
「お、お願いしますっ、わたしがちゃんと後で言っておきますからっ! だ、だからフレイを、フレイを怒らないで……っっ!!」
エーネの絶叫は、少なくともエルドには届いたようだ。
グレイザーも、やや毒気を抜かれたように呟く。
「モイスティといったか……」
その時の彼は、とても複雑な表情をしていた。
何かを思い出すような、そしてそれに囚われているような────
しかし一転、その表情に激昂をたたえたかと思うと、
「出ていけ」
地鳴りのような声を発した。
「!?」
グレイザーは目にも止まらぬ速さで、懐からナイフを取り出す。
空を切る音。気付けばナイフは、私の背後のドアに突き刺さっていた。鈍い金属音と共に、金具を抉られたドアが外へ向けて倒れる。
「契約は破棄だ。二度と、ここへ戻ってくるな!!」
「そ、そんな……!」
二人が動揺する。
ここまで怒らせて、直接攻撃されなかったのは奇跡だ。エーネの叫びが効いたのかもしれない。
それでも私は動かない。
ただ、静かに。彼に手のひらを向けた。
「! フレイっ!」
「……何の真似だ」
「…………」
「おい、フレイ!!」
目の前にいる。守護者グレイザーが。私が越えるべき相手が。
殺さなければ。
この手で仕留め、王にならなければ。
あの日の約束を、果たさなければ。
「【走れ炎────
「フレイング・ダイナ!!」
全てを振り払うように、私の義兄が吠えた。
十五年を共にした、その瞳は────
「頼む……フレイ……」
「っ…………わかっ、た」
自分ではない何かに心を預けながら、か細い声で返事をする。
聞き届けたザンは、私と、未だ泣きじゃくるエーネの腕を掴み、出口へと引っ張っていった。
怨敵を見るような視線を背中に浴びて、それでも彼は何も言わなかった。
怖がらせて本当にごめんね、二人とも。本当に……ごめん。
でも、せっかくここまで来たんだもん。どうしても考えちゃうんだ。
きっとまだ、チャンスはある……って。
********
「どの道、決裂してたさ」
大都市の夕暮れは、昼間とはまた違った趣があった。数多の建物から伸びる影が、私達を囲うように陣取っている。
隙間から漏れ出る夕日を浴びながら、ザンが儚むように笑った。
「あの人に仕えることはできない。俺達には帰る場所があるし……お前の気持ちもわかる」
「……私は」
「ただ、もうちょっと言い方はあっただろって思うけどな」
それはその通りだ。絶好のチャンスだったことは否定しないけれど、私は確かに冷静さを欠いていた。
「ごめんね……二人とも」
ふと見ると、エーネの背中が震えていた。
もしやトラウマになって────
「エーネ……」
声をかけられた彼女は振り返る。その直後、
「────何故ですっっ!!」
激昂した幼馴染は、明後日の方向に向けて叫んだ。
「あ、あんな条件、どの道……!! 交渉なんて元々無理だったんですッ!! わ、わたし達だって事情があるのにぃ!」
「えっ、えっ……!?」
「でもっ、ふ、フレイが無事で良かったーーーーっ!!」
「ええええっ!!??」
凄い勢いで抱きついてくるエーネは、明らかに情緒不安定だった。
私より少しだけ背が高い。柔らかい感触に包まれた私は、大慌てだ。
「ちょ、エーネ! エーネ、人が! 人が見てるって!」
「も、もうあんな事言うのやめてっ! わたし、本当に泣きそうだったから! 二人に何かあったら、い、生きてけないですっ!!」
「いやずっと泣いてたし!? ねえ、は、放してよーーーー!!」
奇異の視線が突き刺さる中、私はどんどん赤面していく。
その後、しばらくして。
「……ごめんね、フレイ。ザンも……その、取り乱しちゃって」
ようやく落ち着いたエーネは、多分さっきの私と同じくらい赤くなっていた。
「安心しろ。お前は大体いつも取り乱してる」
「うっ……」
「ちょっとザン、そういう時は……っふふ」
「悪い悪い。ははっ」
「え、な、何笑って……!?」
感動と共に緊張の糸が切れたのか、何故か笑いが止まらない。
私は涙を拭い、居心地悪そうにする少女に向き直った。
「エーネ、ありがとうね。グレイザーに言ってくれたこと。ほんとに、嬉しかった」
「わ、笑いながら言わないでください……!」
誕生日的にこの中で最年長のエーネ。一応はお姉さんのはずだが、臆病で鈍いのはご愛敬だ。
等身大で誰より心優しい彼女は、いつも私達に安らぎを与えてくれる。
しかし、いつまでも和んではいられない。
「……こうなった以上、あの人には近づけないよね」
当てもなく歩いていると、大通りを外れた。群都市といえども寂れている場所はあるようだ。細い風が吹くたび、やや肌寒く感じる。
「何か手を打つか、もしくは」
「村に帰って、わたし達のできることをするか……」
私は覚悟が足りなかったのか?
あの時彼を殺せば、恐らく部下達と戦闘になった。
血を見るのは想定内だ。二人もきっと味方してくれる。
力も覚悟もあったはずなのに。ザンの切ない頼みを聞いた時。どうしても決意が鈍った。
(一応、家族、だもんね)
「そこのお三方」
と、いきなり背後から柔らかい声がした。
反射的に振り返ると、白髪交じりの男性が路地の前にいる。
「えっ?」
「こんな時間に何をしている。君達が来た方角から、大声が聞こえていたよ」
エーネがまた赤くなった。柔和な声に反し、男性は精悍な顔つきだ。
「君達、ここの者じゃないね。村から来たのかな」
「ま、また見抜かれた……!?」
私達、そんなに田舎くさい!?
「そうじゃないよ。この街には今、戒厳令が出ている。それを知らないのは外部の者だけだ」
まるで心を読まれたみたいだ。
男性は頬を緩めると、探るように目を細める。
「どうも訳ありみたいだね?」
「貴方こそ何者ですか。その口ぶりだと戒厳令は、全住民対象みたい、です……が……」
私達を庇うように立ったザン。しかし何かに気付いたのか、言葉が尻すぼみになった。
「いかにもだよ少年。だがね、私達にも使命があるのだ」
「えっと……?」
「君達、グレイザーを見たんだろう。彼についてどう思ったかね」
講演場でのパフォーマンスと、獣のような剣幕が脳裏に浮かぶ。実際に話をしたなんて、この人は夢にも思わないだろうが……
答えを聞く前に、男性はふと笑みをこぼした。
「先に質問に答えようか。私の名は、ゼノイ・グラウズ」
まさかという予感に、二の腕にサッと鳥肌が立つ。
一際強い風が吹く中、男は物々しく言った。
「群都市ビートグラウズ……その名付け親にして、前市長だ」
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