4:変わらぬ男
守護者グレイザー。辺境を統べる群都市ビートグラウズ、その絶対的王者。
「グレイザー! こっち向いてーーーっ!」
「この街を救ってくれーーー!!」
誰もが拳を振り上げ、黄色い声援を送る。
私が息を呑んでいると、隣のエーネが呆けたように生唾を飲んだ。
「……もしもし、エディネアさん?」
「えっ? あっ」
はっと我に返った幼馴染は、少し恥ずかしそうにしている。
まあ実際格好良いし、圧倒されたけれど。私はもっと優しそうな人が────
「ここ一か月の、突発的な人口増大」
グレイザーが切り出すと、一転、場が静まり返った。
「流入元は、王都方面にある大都市『シュレッケン』。かの街の指導者が、とんでもねェ事態を引き起こした」
「シュレッケン……?」
「確か、音楽と観光業が盛んな街だ」
訝し気な表情で奥を眺めるザンが、補足してくれる。
「まだ詳しい事情は言えん。だが、件の噂は……ほとんどが真実だ」
途端、講演場に凄まじい恐怖の波紋が広がった。泣き出す者すらいる。
凄まじい喧騒の中────彼は、どこまでも冷静だった。
「明日の正午、広場で重大発表を行う。現在、補佐のエルドと最終調整に入った。既に我が軍……『ハンガーズ』には概要を通達してある」
まさか。
まさか彼は、その気なのだろうか?
「だ、大丈夫なのかよ、グレイザー!?」
ステージ前の男が声を張り上げた。
「いくらあんたでも、あんな『魔法使い』みたいな相手……!」
「…………」
「あんたが負けたら、辺境は……シュレッケンから逃げてきた俺らも含めて、全員終わりだ!!」
「負ける?」
守護者グレイザーは、星の如き眼光を放つ。
「この、オレが?」
瞬間、彼の背面の床から、一斉に火柱が噴き出た。
続いて左右の壁からもだ。何かしら、私の知らない類の装置があるらしい。
「っわあああっ!?」
「何だ!?」
炎は意思を持ったようにアーチを描き、民衆を囲う。
蒼だ。魔法とは違う、真っ青な炎。最強の群都市に相応しい、技術の結晶。
エーネとザンの悲鳴を聞きながら、私はその光景に魅入られていた。
「負けることなどありはしない! このグレイザーと、ハンガーズが共にある限り!」
「あ、ああっ、グレイザー……!」
「燃え上がれ、ビートグラウズの焔よ!! オレ達の街に栄光を!!!」
狂信者達の歓声が講演場を破裂させる。タワー自体が震えているかのようだ。
(……いいなぁ)
誰もが彼を崇拝し、無条件に従う。まさに偉大な存在の証だ。
「あっ!」
飛び交う蒼炎から視線を外した私は、奥へ去っていく彼を見止めた。
ひとまずは、行かなければ。
「二人とも、追うよ!」
「追うったって……まさか」
「あ、アレやるんですか!?」
もちろん、そのまさかだ。
私が床に手を這わせると、二人の顔が引きつった。
「流石に危険だろ! 火が飛び交ってるし、もしバレたら……!」
「だからこそ、でしょ!」
逆に今だからこそバレない。この超絶危険で、エキサイティングな行為が。
苦い顔の二人が、私の体に左右から掴まる。エーネはもはや半泣きだった。
「いくよ?」
呼吸を整え、腕から先に神経を研ぎ澄ませる。
そして想像した。空を駆ける、己の姿を。
「【火炎跳躍】……っ!!」
内臓が持ち上がる浮遊感。風を切る音に加え、後方に強い熱を感じる。
ほんの僅かの間。私達は、身体から放たれる炎を糧に、ステージへ向けて強く「跳躍」していた。
「よっ……あだっ!?」
ザン以外はぎこちない受け身で着地する。
「だ、大丈夫そう。誰もこっち見てないよ」
「し、死ぬかと思ったぁ……」
「フレイ、また出力が上がったか?」
「どうなんだろ……でも、エーネと違って遠隔で出せないのがね」
とにかく、市長は奥だ。
三人で身をかがめ、入口に漕ぎ着ける。
滑り込んだ通路には、ほとんど明かりはなかった。ただ薄暗く細い道が、無限にも思えるほど続いているだけだ。
「今更だがこれ、不法侵入だよな」
「本当に今更ですね……」
やがて、前方に薄らとドアが見えた。ノックするも返事は無い。
「ここじゃないのかな?」
「脇に階段もあったが、気は進まないな」
覚悟を決め、ノブに手をかけたその瞬間。
「────鼠が、三匹」
「っ!?」
地を鳴らす低音が聞こえた。硬直した私をよそに、ドアがひとりでに開く。
そこはまたしても薄暗く、不安になるような蒼黒い部屋だった。およそ自然とはかけ離れた、無機質な香りのする室内には────
「ぐ、グレイザー……!?」
守護者グレイザーは、ドアの方を向き悠々と腰かけながら。
全てを見透かした瞳で、私達を捉えていた。
「あァ、前置きはいらねェ」
近くで見る彼の存在は、「威圧感」と同義である。
「さっきから『見えてた』からな」
「え、見えてって……?」
「その髪は目に付くぞ」
グレイザーは頭部を指で叩いた後、猛禽類の眼差しを浴びせてくる。
「お前ら、余所者だな? シュレッケンの関係者でもねェ。ここに侵入するのは重罪だが、承知の上か」
エーネがわかりやすく喉を鳴らした。ザンが顎を引く。
私はただ────グレイザーから目が離せない。
「……だが、そうだな。今回は不問にしてやる」
「えっ?」
「大義を果たす前に、人助けってのも乙なものだ。なァ? エルド」
「ふふ、そうですね」
側に控えた部下が、柔らかい笑みを作る。焦げ茶の髪を切り揃えた若々しい女性だ。
私達が自己紹介を終えると、彼も少し居住まいを正した。
「グレイザー・ザ・フェンダー、ビートグラウズの守護者だ。こちらはエルド、オレの補佐を務めてくれている」
(あ、守護者って正式な呼び方なんだ)
どこか上の空で考えながら、私はずっと彼の隙を窺っていた。
他の配下も武器も無い。ザンとエーネには後で説明すれば良い。
ただ、どうする。今すぐに攻撃するか? それとも────
「おい」
そこで守護者が凄んだ。三人を捉えているようで、意識は私の方にある。
「わかっていると思うが、妙な気は起こすなよ」
(……牽制、されちゃったか)
「市長。此度は近隣の村から、お願いしたい事があって参りました」
剣呑な空気を払拭するように、ザンが声を上げた。
そうして私達は事情を説明する。
まあ、私はほとんど話さず、エーネも終始怯えていたけれど。
「あの、そこまで怖がらずとも。取って食ったりは致しません」
「えっ? あ、ごめんなさいっ……!」
エルドさんにも気遣われてるし!
「話はわかった。見ての通り我らは余裕が無いが……」
唸るグレイザー。エルドの表情を窺うと、少しだけ表情を緩めて、
「どの道、しばらくここは手薄になる。お前らの勇気に免じ、要求を呑むとしよう」
「……! 感謝します……!」
「ただし、提案がある」
まるでそれが本題かのように、グレイザーは口角を上げた。
「お前ら、オレに仕える気はねェか?」
幼馴染達がその場で固まった。エルドもだ。
「つ、つ、仕えるって……わ、わたし達が……!?」
「二度も言わせるな」
狼狽するエーネ。グレイザーは詰めるように身を乗り出す。
「そっちの男は見るからに腕が立つ。銀髪の娘は、戦闘は無理でも気立てが良さそうだ。仕事はいくらでもある。そして────」
「…………」
「ダイナと言ったか。お前からは、底知れない何かを感じる」
私は守護者を見返した。焦点の合わない瞳で、ただじっと。
そして理解する。きっと彼は、何も変わっていないのだ。
八年前から、ずっと。
「私が、群都市に仕える……?」
「ああ、それなりの待遇を約束しよう。今は少しでも人手が欲しい」
私は口元を緩める。不安そうな仲間達の視線を浴びながら、半目で。
叫んだ。
「……バカじゃないの? 誰が従うか────グレイザーなんかにッ!!」
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