3:グレイザー
群都市は、それはもう遠かった。
なにせ私達は村人AとBとC。馬車を使える身分ではないしね!
「も、もう丸一日以上歩いてるよね……」
「おい、止まるなよフレイ」
「そ、そうです、はあっ、フレイ、ここで疲れてたらこの先、はぁっ……」
「……エーネがやばそうだから、休憩にしない?」
なんてやり取りを繰り返して、日も傾きかけてきた頃。
視界に、周辺の草木とは明らかにミスマッチな建造物が浮かび上がってきた。
鮮やかなレンガで造られた住居に、シャープな陰影が美しい施設。それが延々と立ち並び、地表に濃い影を作り出している。
何より目を引くのは、街の中心にある黒々としたタワーだ。頂上が霞んで見えるほど高い。
(すごい……)
全てを牽引する力を持った、まさに「群都市」。
「あ。あそこが手荷物検査みたいです」
意気揚々と正門に近づくと、男女の衛兵が二人いた。
「身分は?」
「……え? む、村娘です」
「職を聞いてるんですが。まあ良いか、荷物を」
「はい、あの、グレイザーさんに会いたいんですが……」
「…………」
(え、無視!?)
適当に荷物を漁る衛兵達を見て、愕然とする。明らかに不機嫌だし、投げやりにさえ見えた。
「この刀は護身用です」
「わたしは……と、特に荷物は無いです」
「はい、ではお通りください」
三人とも検査を終えたところで、違和感のある言葉をかけられる。
「市長に会わなくても、住まい探しは出来ますので。役所に押しかけないでくださいね」
「……?」
もしや、何か勘違いをされているのではないだろうか。
「あの、私達、引っ越しに来たわけじゃないですけど……」
「……え?」
すると、衛兵達から表情が抜け落ちた。
そんなに驚くことだろうかと、こちらも少しびっくりする。
「あの、住まい探しじゃないんですか?」
「はい」
「王都の方から来たわけではなく?」
「え? この辺の村からですけど……」
「つ、つまり観光ですか!?」
「ま、まあ、私は初めてだし、観光もちょっとくらいは……?」
私はそこまで人見知りではないが、こんなに詰められるとたじたじになってしまう。
「いや、本当に失礼しました! てっきりまた移住の方かと!」
「最近はやっと落ち着いてきたんですけどね! 先週はもうすごくて!」
「す、すごいっていうのは……?」
エーネの神妙な問いに、二人は顔を見合わせてため息をついた。
「連日、王都方面から来る人たちが後を絶えなくて。何があったのか、『お願いだから安全な住まいを』って泣く人もいて……」
「人口増加で財政が追いつかなくなったのか、私たちの給料が減ってるんです! ねえあなた? 今月ピンチよね?」
「あ、夫婦だったんですね」
それはさておき。
「これってどう考えても、グレイザーの『暴走』に関係してるよね……」
「ああ。まずは経緯を知らないことにはな」
ひそひそ話す私とザンをよそに、衛兵達は目を輝かせた。
「そんなことより、あんたらはどこを観る?」
「えっ?」
「おすすめはいっぱいあるけど、やっぱり目玉はあの塔よね! 一階の講演場は必見よ!」
「それにあの『守護者』のパフォーマンスと来たもんだ! 女の子はきっと目がハートだ! それから────」
その瞬間、全員が察した。伊達に年配者の村で生きてきてはいない。
これは間違いなく、長話の予兆!
「すみません! 急いでるんで!」
「あ、ちょっと……楽しんできてねー!」
賑やかな衛兵に見送られ、大通りを進んでいく。
熱気のこもった街並みに、否応にも胸が高鳴るのを感じた。
(ついに来たんだ、ビートグラウズ……!)
楽しみでならない。ここで全てを討ち果たす瞬間が。
などと息巻いていた私を、待ち受けていたのは────
「いや、人多すぎ!!」
見るに堪えない街の現状だった。
どこを見ても人、人、人。あらゆる物が、絶望的な人混みに覆われている。
「観光とか夢のまた夢だね……」
「一旦、宿と飯を探すぞ。時間がかかりそうだからな」
「そこのパン屋さんは……あ、閉店してます。オニギリは……」
「出た、エーネの珍料理。お米丸めたやつなんて何か味気ないよ」
道すがら、不慣れな様子で働く人が散見された。例の外部から来た人間だろうか。
やがて私達は、導かれるままに街の中央へ辿り着く。
「やっぱり高い……!!」
ノーブルタワー。街の外からもよく見えた、市長の権威を象徴するこの塔は、そう呼ばれているとか。
やはり頂上は朧気にしか見えない。質の良い金属製で、全体が黒光りしている。
「これ、王都の方の技術です。いつの間に……」
「昔来た時には、こんなの無かったな」
私は街の過去を知る二人が、少し羨ましくなった。
「ザンはお義父さんと来たことあるんだよね。エーネは?」
「えっ? あっ、村に来る前に……」
「そういや、長い付き合いだが、エーネの出自は聞いたことなかったな」
「わたしは、その……」
何やら歯切れの悪いエーネ。
そうこうしている内に、何だか周囲が熱気を帯びてきた。
「これ、もしかして」
私は衛兵達の言葉を思い出す。
「今から、『講演』があるんじゃ……?」
「…………い、急ぐぞ二人共! 前に出て市長に接触するんだ!」
まさかこんなに早くチャンスがやってくるとは。
あまりにも僥倖。行かない手は無い!
そう確信し、三人で駆け入った講演場は。
「……異世、界……?」
ドーム状の巨大な空間は、一言で表すのなら「蒼」。
壁も床も天井も。全てが暗い蒼色だ。散りばめられた粒状の装飾だけが、純白の光を放っている。
それはさながら、星空のような光景だった。
「綺麗……」
この人混みでも一切窮屈さを感じない。天井もタワーの全長には全く届いておらず、恐らく何階も上がある。
「見えるか? 正面の奥に、一段高くなってる部分がある」
「なるほど、あそこで講演するんだ」
「え、どこ?」
ピンと来ていないエーネをスルーし、ザンがこちらを向く。
「じゃあフレイ、市長への声かけは任せた」
「え……良いの?」
「良いのってなんだよ。三人で行くのは厳しいだろ。それに」
義兄は何故か得意げな顔をして、
「お前が一番小さいからな。すり抜けも余裕だ」
そんなデリカシーゼロの発言を繰り出した。
「……は!? ちっ、小さいって何!? 小さいって!!」
「え、そりゃ背丈とか! あと、横幅とか色々!」
「わ、わたしは全然太ってないっ! フレイと比べないでください、ザン!」
「エーネも結構失礼だからね!?」
確かに私が一番小柄だけれど! 二人も平均前後の身長だし、そもそもザンとは一歳、エーネとは一歳半離れている。
「わ、悪かった。今度、色々成長する物を食べよう」
「やっぱちょっとはそういう意味だったんじゃん!」
ぼちぼち本題に戻る。
あの段差が恐らくステージだ。接触するには前に出るしかないが、講演場は万に届くかと思うほどの人数でごった返している。
揉みくちゃになるのを覚悟した私が、呼吸を整えていたその時。
「待たせたなァ、お前ら!!」
腹の底に響く大音量が、場を震撼させた。
たった一言で場を支配するそれは、まさに「支配者」の声で。
「────群都市は、現在未曾有の危機を迎えている」
最奥から、スモークと共に異様な気配が漂ってくる。
ステージに現れたのは長身の男性だった。未だ全貌は見えない。
「増加する人口、突如訪れた不景気……皆が案ずるのも無理はねェ」
徐々に、シルエットが闇に浮かび上がる。
蒼だ。髪も瞳も、立ち姿さえも。彼を取り巻く全てが蒼色だった。
「だが、今ここで誓おう。オレは決して折れねェと。誰も見捨てず、最高の結果を追い求めると……」
明かりが一斉に点き、最奥が光に包まれる。
(あれが……!!)
遠目でもわかる蒼色の長髪に、自信のみなぎる猛禽類のような瞳。全体的に物凄く端正な顔立ちだ。
彼こそが、この街を統べる────
「群都市ビートグラウズが守護者────このグレイザーが! 必ずお前らを、あるべき場所へ導くことをッ!!」
大地を揺るがす歓声の中。
私は、呆けたまま口にした。
「ほんとに……王様じゃん」
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