2:共に征こう
逃げ惑う人の流れに逆行するのは大変な作業だった。
人混みを抜けた私はだいぶ汗ばんでいて、女子的には結構辛かったけれど。
「な、何これっ……!」
半壊した家屋の数々を見て、そんな思念は吹き飛ぶ。
酷い有様だ。私達の村が、ものの見事に破壊されている。
「さっさと金目のモン出せ!!」
「何度言えばわかる……! グレイザーさんに交易を打ち切られて、村の経済は火の車なんだ!」
武装した野盗二人が、自警団と相対していた。彼らのボウガンの先端には見慣れぬ球体がついていて、それが爆発の原因らしい。
(悪い夢でも見てるみたい……)
とても可哀想だ。こうなる前に、救われなかった彼らが。
「随分とお楽しみじゃん」
私は躊躇無く前に踏み出した。
「その武器、強そうだね? あんまり似合ってないけど」
「……へぇ、活きの良いのがいるじゃねえか」
舐め切った態度の男達が、ボウガンの先端を向けてくる。同時に、品定めするような視線も。
「お前、その髪……地毛か?」
「あ、やっぱり珍しい? 一応天然ヘアだよ」
「フレイちゃん!? 早くここから離れて!」
自警団が切羽詰まった声を上げる。男達との距離は、家屋二つ分に満たない。
それでも更に、前へ。
「小娘、今すぐ裸で土下座するなら、売っ払うだけで勘弁してやる」
「……そっちこそ、気をつけた方が良いよ」
口角だけを上げて、私は立ち止まる。辺りの空気が熱を帯び、髪が静かに逆立った。
「……!? な、何だ!」
「好きにはさせない。絶対に、奪わせない……」
私はかつて学んだのだ。不死身に思えた人間も、死ぬ時は一瞬。
だから何があろうと、負けてはならないということを。
「仮にこの身を裂かれても。私は決して倒れない」
「ちっ、たかが村娘がっ!」
「よ、よせっ、こいつは────!!」
「【走れ炎よ】!!」
とまあ、私が凶行に及ぼうとした経緯はこんな感じだった。
私には髪色よりよほど特異なものがある。それがこの類まれなる炎の力だ。
この国で「魔法使い」は珍しく、私は他に一人しか知らない。それもまさか辺境にいるなどとは、誰も思わないだろう。
この圧倒的な異能こそ、私がフレイング・ダイナたる所以だ。
「ふふっ、ふふふ……あはははッ……!」
火炎を身に纏い、私は嗤う。それがすべき行為だから。
ただ、王になるという夢のため。私は────
「フレイーーーーっ!!」
突如、後方から甲高い声がした。次いで四方に水色の文様が浮かび上がる。
「……えっ?」
次々と飛び出してくる水流。縦横無尽に揺れ動き、私を守るかのように取り囲むそれは。
紛うこと無き、もう一つの魔法だった。
「え、エーネっ!?」
幼馴染のエーネは、魔法を撃つ構えのまま家屋の屋根に仁王立ちしていた。
ただし足をブルブル震わせ、顔面蒼白で。
(え、どうやって登ったの!? てかワンピースだから、変に動くと、ぱ、パンツ見えそう……!)
「水!?」
「う、嘘だろ、辺境に魔法使いが二人も────」
「お前ら、昨日目撃された連中か」
次いで、良く通る低い声がした。
闇を払うような光が煌めいた、その刹那。
「……ザンっ!」
「遅くなったな。怪我は無いか」
白銀の刀を携えたザン・セイヴィアが、私の前に立ち塞がっていた。
「っ、せめててめぇだけでも!」
最初に負傷した男がボウガンを構える。
しかしたゆまぬ鍛錬で磨かれたザンの太刀筋は、あまりにも美麗で。
「来る場所を間違えたな!!」
「!?」
放たれた矢が斬り捨てられた、次の瞬間。
目にも留まらぬ峰打ちで胴を砕かれた男は、瞬く間に倒れ伏した。
「そいつを連れてさっさと出て行け!!」
完全に戦意喪失した野盗達は、こうして命からがら離脱したのだった。
「……私、ピンチに見えたのかな」
彼らは気付いているだろうか。今、正真正銘二人に救われたことに。
次は、必ず仕留めなければ。
「フレイ、無事で何よりだ」
「……うん」
「ざ、ザンっ!!」
真っ青なエーネも転びかけつつ走ってきた。一応降りられたらしい。
「な、何故です! 何でわたしを登らせたんですか!?」
「す、すまん。でも上から見ないと、フレイを水に巻き込むだろ?」
「ううっ……た、高い所苦手なのに……!」
やはり二人は、私を助けたと思っている。ならば────
「ありがとうね。二人が来てくれなかったら、危うく死んでたかも」
「ま、間に合ってほんっっとうに良かったです……!」
「…………」
「やっぱり私には無理かな? 確かに、一瞬で仕留められないようじゃね」
だが私はもう、覚悟を固めていた。今しかないとわかっているから。
「それでも私、行くよ。ビートグラウズに」
エーネは驚愕してスカートの裾を握る。ザンはただ、目を閉じた。
「次村が襲われたら、誰か死んじゃうかも。早く現状を変えなきゃ」
「……人質にされるようなことがあってもか」
「うん……ほんとはさ。い、一緒に来てほしかったんだ。二人に」
これは寂しさを厭う、私の偽りない本心だ。
「でも、二人にも人生があるから。ねえ、エーネ……エーネが村に来てから、楽しいことばっかで最高だった。怖がりなのは変わらないね? いつ帰るかわからないけど、ずっと忘れない」
「ふ、フレイ……っ」
「それとザン……最後にもう一回くらい呼ぶべきかな? お義兄ちゃんって────な、なーんて」
勢い任せに、物凄く恥ずかしいことを口走った気がする。
私は慌てて取り繕い、背を向けた。
「二人とも。どうか、楽しみにしててねっ」
(この先きっと訪れる……王になった私が創る、偉大なる世を)
少女は歩き出した。その影は、人の身を離れた何かを纏っている。
義妹から目を離さぬまま、少年は。
「あいつ。野盗達に、何をしようとしていた?」
「……ザン」
「俺達は本当にあいつを救ったのか? 遅れたら、死んでいたのは────」
「ザンっ!!」
エディネア・モイスティの涙声で我に返る。
何の疑念も持たない気弱な少女の瞳は、いつにも増して切実だった。
「フレイは言ったんです、付いてきてほしいって。あんなに反対したのに……それでも、一人でも行くって。ザンは、どう思ってるの?」
「……お前は良いのか」
「は、はっきり言って、嫌です。怖いしフレイも心配だし……でもっ!」
それでもかつて、共に生きると誓ったのだから。
「エーネ、俺は……」
────『ザン、どうかフレイを。僕らの大切な女の子を……頼んだよ』
懐かしい声が脳裏に蘇る。
そうだ。いつだって、真っ直ぐで危うい義妹は前しか見ていない。
危険なことはしてほしくない。いつだって笑っていてほしい。
だが、もう変えられないのなら。黙って送り出すくらいなら。
この剣で、報いることができるなら────
「フレイ!!」
声を張り上げる。少女は、村中を震わせる大声に足を止めた。
「お前が本気で誰かのために戦うのなら────俺も行く、群都市へ。全てを果たすその時まで、そばにいよう」
「えっ、えっ!?」
「わたしもっ……二人みたいに強くないけど、せめてこの魔法で助けたい。大事な時に、隣にいたいから。それがきっと『恩返し』になるからっ!!」
幼馴染達は同時に手を差し出した。
「一緒に行こう、フレイ!」
胸が詰まる。私は気恥ずかしさと嬉しさで顔が熱くなった。
「……ふ、二人とも。ほんとにありが────」
「いや、礼なら良いんだ」
ザンにぴしゃりと遮られる。クールな彼らしからぬニヤケ顔だった。
「それよりも、また呼んでくれるんだろ? 『お義兄ちゃん』って」
「…………え」
「フレイ、さっきの話……昔お泊まりの時、夜トイレに行けなくて泣きついてきたことも、覚えててくれるんですよねっ?」
やばい、からかわれてる!!
「これからも付いてってあげます。何ならザンだって」
「ああ、何せ俺はお前のお義兄ちゃ────」
「うっ、うううるさいよっ! エーネだって超ビビりのくせに! ザンもっ、へ、変な顔しちゃってバカみたい!!」
「び、ビビりは余計ですっ!」
「変な顔はしてない!」
結局最後まで締まらない。真っ赤になりつつも、気付けば私は笑っていた。
ごめんね、二人共。本当は嘘なんだ……
「偉大な存在になりたい」のは、人のためじゃない。
私は自分のために、ビートグラウズに行く。
グレイザーを殺して、王になるんだ。
彼を見返してやりたいから。何より……大切な人と約束したから。
だからね、エーネ、ザン。
天高く聳える王の間で、全て打ち明けた時。一緒に、心から笑い合おうね?
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