1:王になりたい
おとぎ話には、いわゆる成り上がり系の話が多い……ような気がする。
私は、そんな夢物語とは違う現実に辟易していた。
王子様が迎えに来ることは無い(まあ、来られても困るけれど)。
ご都合展開を呼び寄せる豪運も無い。
何よりご都合な特殊能力を持っていも……こんなド田舎では、活かしようも無い!
なんて、最近までは思っていたけれど。
16歳を迎えて、この辺境の村を出ることが認められるようになった今。
私はむしろ、果たすべき使命に駆られていた。
今こそ、約束を果たす時。この手で私が……「王」にならなければ。
「うぐっ……み、見逃してくれよ嬢ちゃん。俺らもさ、可哀想なんだよ。ちょっと女に乱暴したくらいで軍を追われてさ。ひでぇよな?」
「こ、こんなド田舎に魔法使いがいるなんて思わなくてよぉ……」
熱と黒煙に包まれた、しがない村の一角で。
満身創痍の野盗二人が口々に捲し立てる。片方は肩を撃ち抜かれていた。
「ごめんね」
対する私は微笑をたたえながら、小声で謝罪する。
「二人はここで、死ななきゃいけないの」
「……は?」
意味がわからないらしい。何とも哀れな事だ。
「だって、そうじゃないと─────」
風が火の粉を揺らす。大地が熱され、空間が振動する。
今この瞬間から、辺境全てが。
「信憑性が無いからねっ!」
「……!? てめぇ────」
私の王国だ。
「【走れ炎よ】!!」
手のひらから放たれ、光の如く進む金色の魔法。
周囲の空気が焼き尽くされる音。鼻をつく匂い。
それが炎であると認識した男は、ものの一瞬で脇腹を穿たれる。
「っ、がっ……!?」
「ふふっ。この技名、幼馴染にはダサいって言われるけど……そんなことないよね?」
もんどりうって倒れ伏す男は、私の言葉など耳に入っていなかった。先にやられていたもう一人は、脂汗まみれだ。
「そうだ。あの二人に、嘘、付いちゃったよね」
幼馴染が賛同しなかったのも当然だ。私の言葉には熱意が足りなかったのだから。
だって、言えるわけが無い。本当の願いなんて。
でも、何の立場も無いこの人達になら。私は胸を張って宣言できる!
「私もただの村娘だからさ。二人の首をお土産にして……本気を、証明しないと」
そうだ。例え幼馴染を裏切ってでも、私は。
「私は王になりたい。だから、このフレイング・ダイナが……守護者グレイザーを殺して、あの街を手に入れる!!」
全身に熱が満ちる。橙色の髪とはミスマッチな黒の瞳に、怯えた野盗が映り込んだ。
良いよね、やっちゃっても。今なら……誰にも咎められないし。
「ま、待っ────」
「さよならっ!!」
********
なんてことになる、少し前の事。
「突撃しよう、あの街に!」
「え、ええっ!?」
「市長のグレイザーさんに、無理な増税はやめてってお願いするの!」
湿気と木の香りに満ちる自宅の居間で、私は拳を振り上げていた。
遊びに来ていた幼馴染のエーネは、びっくりして身を引いている。
「だってさ、『群都市』の暴走のせいで、みんな生活に困ってるじゃん! 昨日も近くに野盗が出たし……」
「た、確かにそうだけど……急に?」
「急じゃないよエーネ、私もう16歳だし。許可無しでも外に出られるの」
膝を抱えて座る彼女に詰め寄る。銀髪のロングヘアーは石鹸の香りだ。
「とにかく、私は決めた! これを機にこのド田舎を出るって!」
王国有数の力を持つ大都市、ビートグラウズ。通称「郡都市」。
辺境の村々を統括し、守護者とまで呼ばれたカリスマ市長グレイザーが、ある日を境に「暴走」した。急な増税に民は苦しみ、野盗に堕ちる者もいる。
そんな現状を憂いている私────うん、すごくそれっぽい口実!
「ごめんねフレイ、で、でも心の準備が────」
「お前、本気なのか?」
しどろもどろのエーネを遮るように、テーブルの奥で影が立ち上がった。
「……ザン」
「今、あの場所がどれほど危険かわかるか? 群都市はもはや無法地帯だ」
ザン・セイヴィア。私の義兄だ。
さっぱりした暗い金髪。浅く焼けた肌と鋭い眼が相まって、その佇まいは常に威厳を帯びている。
「危険……この、私が?」
声を潜めて問いただすと、
「や、やっぱりわたし、絶対、断固反対です……!!」
今度はエーネが割り込んできた。水色の瞳は、早くも潤いを帯びている。
「な、何で! 私はこの村の誰よりもっ!」
「それでも、や、やっぱり危なすぎです! この村に言うこと聞かせるために、人質に取られたりしたら……!」
エーネは敬語とそれ以外の混ざった独特な喋り方をする。いつも一生懸命で可愛らしいと思っていたが、今は何だか不愉快だった。
「な、ならエーネはっ!」
ムキになった私は、唾を飛ばす勢いで。
「ずっとこのままで良いって言うの!? 苦しんでる人がいっぱいいるのに! こんなド田舎で、ゆるゆる暮らすだけで良いって言うの!?」
答えに窮した幼馴染から視線を外す。
縋る先は、最後は必ず味方をしてくれる義兄だ。
「お前の目標のために、か」
「……うん。私、『偉大な存在』になりたい。漠然としてるけど……外に出て、私もやれるって証明したいの」
お願い、ザン。
言外にそんな念を込める。
私の想いを一身に浴びた義兄はしかし、かぶりを振って。
「悪いが、俺もエーネに賛成だ。お前は行くべきじゃない」
これがお前の役割とは思えない。そう、言いたげだった。
「…………」
こうして私は失敗した。
村から出られる年になって、ついに時が来たと思ったのに。
二人と共に、未来へ踏み出せたら。
「最高……だったんだけどね」
午後になってもショックは癒えない。言い方が悪かったか。それとも態度か……不毛な反省が行われる中。
大地を揺るがす轟音がした。
瞬く間に立ち昇る黒煙を見る。昨日と異なり、出所は明らかに村の一角だ。
「まさか……!」
逃げ惑う村人の波に抗い、私は弾かれたように走り出す。
橙色の髪が、陽に反射して煌めいた。
────葬らなければ。私達に仇なす者を、この手で。
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