24:いつまでも、こうして
「グレイザー!!」
里を一直線に走り抜け、私達は追い求めていた影を発見する。
因縁深い【決裂の崖】。何故か彼がそこにいる確証があったのだ。
「何用だ」
「はあ、はあっ……ま、まさかっ、そこから飛び降りる気ですか!?」
荷物を手に涼しい顔をするグレイザーに対し、息切れしたエーネが捲し立てる。
「お前ら姉弟も経験したことだ。オレに不可能な謂れはねェ」
「な、何その対抗心────じゃなくてっ!」
強く膝を叩き、少女は真剣な表情で問い質した。
「行っちゃうの……? 一人で……!」
グレイザーは何も言わない。
それが何よりの肯定の意だとわかった時、空気が急に冷たく感じられた。
「ど、どうして。私達、一緒に戦って……!」
「何度も言ったはずだ」
蒼色の長髪を風に揺らし、守護者はこちらに向き直る。
「馴れ合うつもりはねェ。未だオレに足りない力────それを追い求めるのに、お前達は不要だ。いずれ越えるべき敵である以上な」
「敵、か。グレイザー、俺達は……」
「セイヴィア、お前も選んだのだろう。フレイング・ダイナに付いていく道を。ならばそれを全うしろ」
言葉が出て来ず、私達は口を閉ざすばかり。
やっとのことで絞り出されたのは、エーネの涙交じりの掠れ声だった。
「わたしっ……ほ、本当に、感謝してるんです。グレイザーがいなきゃ、全部あの日、終わってたから……!」
「…………」
「だから、さ、寂しい、です……っ! ごめんなさい、変な風に引き留めて。ただ、その」
無論グレイザーは、この程度の言葉で決断を歪めたりしない。それでも虚しさに任せ、言い募っているのだ。
だからこそ彼の提案には、私達は心底驚かされた。
「もう一組通信機を持っていたな。あれはどうする予定だ?」
「えっ? 決まってないけど、片方をエーネのお父さんお母さんに渡すとか?」
「そうか」
グレイザーはしばらく思案顔だったが、
「その片割れを俺に寄こせ。もう片方は、モイスティが持っていろ」
エーネは口を半開きにし、固まった。無論私もだ。
いくら何でも、わからないほど愚かではない。それが何を意味するかなんて。
「ぐ、グレイザー」
「勘違いするな」
変わらぬ表情で、彼は冷たく言い捨てる。
「お前達の近況を知るのに利用するのみ。必ず倒すと言ったはずだ」
かつて放たれた、体の芯まで萎縮させるような怒号を思い起こす。彼を打ち倒すまでの間、定期的に思い出されたあの剣幕。
しかしわかっていたことだ。その裏に隠された、彼の優しさなんて。
「…………ぁ」
ほんの少し。もう少しだけ心が許すのならば、エーネは「是非」と口にしていただろう。
私の意識とは離れた所で……少女エディネアは思い描いていた。
フレイ、ザン、マインド、レトア。そしてグレイザー。
囚われた自分を救い出し、道を示してくれた大切な存在。
皆に頼り切りな自分。何をするにも怯え、中々踏み出せない自分。
そんな風に生きていくなんて、まっぴらごめんだ。
(そっか、わたし)
ここに来て、少女は確信する。
(強くならなきゃダメなんだ)
「グレイザー」
名を呼ぶと、涙が一滴こぼれた。それが最後だと自分に誓い、エーネは顔を上げる。
「折角なんですけど……遠慮しておきます」
「そうか」
彼はさほど意外そうな顔をしなかった。
「ならば、ここまでだ」
「…………」
「礼は言わん。だが、かつて手を下そうとしたお前達に、今度は助けられたのも事実だ」
崖を背負うグレイザー。上り詰めた日光を一身に浴びながら、凛とした声を放つ。
「健闘を祈る」
「わ、わたしっ!!」
これは弱さとの決別だ。だから────
「エディネア、なんです」
こうして、最後に。
「それがわたしの、名前……」
わがままを言うくらい、許してほしい。
エーネは俯いた。次の言葉が何であろうと絶対に受け入れよう────ガラスの心で、そんな決意をした瞬間。
大きな何かが髪を揺らした。まるで綿毛のような感触に、息が止まる。
きっとあの時痛がったからだろう。
エーネの頭に置かれたグレイザーの手は。これ以上無いほど、慈愛に満ちていた。
「また会おう、エディネア」
弾かれるように顔を上げた、次の瞬間。
ビートグラウズの守護者は、既にその姿を消していた
「エーネ」
私────フレイング・ダイナは、ひと時の世界から戻り、その場に佇む幼馴染に声をかける。
「ふ、フレイ。わたし……」
「頑張ったねっ」
振り返るエーネにはにかむと、ちょっと泣きそうな笑みが返ってきた。
ザンもマインドもレトアも、無言ながら目で言っている。
きっと、また会えると。
「さー、みんな。これからどうしよっか」
敢えて明るい声を出すと、待ってましたとばかりに仲間達が口を開いた。
「考える間でもない。まずは村に帰るぞ、親に心配かけてるからな」
「えっ、僕は王都に行きたい。修理してくれるのがそこだけだから」
「あたしはママに会ったら、フレイさん達と旅したいなー、なんて」
「わ、わたしは一旦休憩したいかもです……戦いっぱなしだったし」
「バラバラすぎでしょ!!」
とはいえ、正直私も迷っていた。
エーネの言う通り休憩はしたい。だが、義両親に一度顔を見せたい気持ちもあるし、今更レトアと離れるのも辛かった。
というか本当は、もう一秒でも長く────
『フレイ、悩んでいるの?』
「……マインド」
『ふふっ。僕の夢を継ぐ君は、既に何もかもを手に入れているはずなのに』
私の『アドバイザー』が、宙を漂いながら軽やかに告げる。
「夢…………」
「あぁ、炎のお姉さん達。こんな所にいたんだねぇ」
やや耳障りな猫なで声がして、全員で背後を向く。
案の定、悠々自適に仁王立ちするライグリッドがいた。
「身構えなくて良いよ。連絡をしにきただけさ」
「まだ何かあるのか?」
「父さん達と話したんだけどね。僕達が実権を握るといえど、やはりけじめは必要だ。街の主たる方針は、本来の首領であるエーネに従う事になった」
彼が言いたい事を察し、私は少しだけ唾を飲む。
爽やかに言ってのける人外に、おずおずと切り出したのはレトアだ。
「ねえ、今更だけど……どうしてフレイさんの事をお姉さんって呼ぶの? エーネさんと同い年なら、年上なんじゃ」
「こ、ここに本当の姉さんがいるのに……」
「気分だよ。それに、今更君を姉さんって……あはっ、あははははっ……!」
「こ、このっ……!」
「まあ、とにかくさ。そんな首領モイスティは、君についていくんだろ?」
姿を消す直前。少年は私に、姉とはあまり似つかない上目遣いをした。
「より善い世界を期待しているよ? 世界の王様」
まるで色濃い烈嶺の霧に阻まれてしまったかのように。私の世界から、初めて光が届かなくなる。
「……フレイ?」
「────ねえ、マインド」
か細い声で問うた。
「私、約束を果たせたよね?」
それがここにいない者への声かけだったのは、誰の目にも明らかだ。
「辺境とその外を手に入れた。王都は力を失って、ライグリッドを倒した私達に逆らう人は、もういない。私こそが────世界の王なんだ!!」
村を出る時に心に誓った。
仲間達に全てを打ち明けた後。天高く聳える王の間で、共に笑い合おうと。
「やったんだよ、私。前を向いて、みんなと一緒に、最後まで」
「…………」
「できた……はずなのに。何かさ、終わったかと思うと……急に不安で」
胸元をぎゅっと握り締めると、昨日ぶりに視界が霞んできた。
「私、ちゃんと────『偉大な存在』になれた、のかな」
どうしてだろう。勢いで村を出たあの時なら、悩むことも無かったのに。
徐々に霧が薄れていく天空の里を、居心地の悪い沈黙が覆う。
「久しぶりに、フレイング・セイヴィアを見た気がするな」
突如、ザンが口にした。いつになく楽しそうな声色だ。
不安を押し殺して顔を上げると、眼前に指先があった。
「えっ」
こわはいわゆる、デコピンのポーズだ。
「お前が不必要な事を気に病んでるから、喝を入れてやろう」
「っ、ちょっ────」
身構えるも、結局指が放たれることは無かった。
どれだけ程度が軽くとも、ザンが私に暴力を振るう事なんて無いのだ。
「さっき訊かれたから、僕は答えを言うよ?」
相変わらずの無表情と濁声で、機人マインドはお茶目に肩をすくめる。
「君はもうなってる、偉大な存在に。だって多くの人が、君に救われたから」
「…………私のこの力は、人を傷つけるために────」
「最初がそうでも、フレイさんは間違ってなんかないわっ!」
ずんと前に踏み出したレトアは、瞳をキラキラと輝かせながら、
「生まれ変わった世界で、みんな……こんなに幸せなんだからっ!!」
満面の笑みで断定したのだった。
「昨日の今日でこんな事言うのは恥ずかしいけど……わたしも知ってます。フレイは可愛くて、強く振る舞うけどちょっと抜けてて、温かくて偉大な王だってこと」
最後に隣に立ったエーネは、ふわっと妖精のような照れ笑いを浮かべた。
「だからきっと、大丈夫です! 一緒に征こう、フレイっ!!」
「っ、うん────うんっ!!」
そうか。結局、既に道は示されていたのだ。
記憶に縋るまでもなく。今隣にいてくれる、大切な人達によって。
とはいえ、こういう時にずっこけさせるのもエーネの特徴である。
「で、でも、その……恋愛とかで良い感じになっても、わたしとも遊んでください……!」
「な、ならないよ……! わ、私はまだそういうの早いしっ」
「お前らは本当にそういう話が好きだな────だが、まぁ」
反対側に位置取ったザンは、いつものように苦笑いしつつ。
「そそっかしい義妹を守るのは、俺の役目だろう。どうも肉壁らしいからな」
「そ、そうだよっ。頼りにしてるからね!」
「えへへっ。じゃあわたしは、ずっと隣で頑張りますっ!」
「あたしも、歌以外にも一芸を磨くわっ! 目指せ万能サポーター!!」
「僕は顔と燃費を改善しないと、不審者まっしぐらだよ」
エーネに手を握られた私は、視線を崖下に彷徨わせた。
すっかり霧の晴れたソールフィネッジは、光を遮ることなく、下界を照らし続けている。
私の道しるべを。私達の未来を。
「あぁ、マインド」
義兄ザン・セイヴィアは、潤いを帯びた瞳を陽に向けながら。
「俺達は────誓いを、果たしたぞ」
視線の奥に、得意げな幼馴染の幻影を捉えていた。
「あー、早くみんなで散歩したいなぁ」
今度の私は口に出していた。今更隠す必要も無い。
私は、世界の王たる最強の村娘────フレイング・ダイナなのだから。
「ようやく、この手に掴んだ────王になった私が創る、偉大なる世を!!」
ねえ、みんな。天高く聳える王の間で、楽しくお喋りしながら。
いつまでも、こうして笑い合おうねっ!
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