22:灰と瓦礫のバースデイ
それは三人で村を出て以来、最も長い休息だった。
崩壊した里を視界いっぱいに眺めながら、私───フレイング・ダイナは、旅の終着点に訪れたことを実感する。
ライグリッドが負けを認めた。その事実は瞬く間に国中を駆け巡り、人々は烈嶺の恐怖から解放された。
彼の私軍もエルドらにより鎮圧されたらしい。王族も一枚噛んでいたというのは、後で聞いた話だ。
「……で、やっぱ私達もやるんだね。復興作業」
「半分はお前の魔法で壊れたようなもんだからな……」
崩壊した里が立て直されるまでには、相当な労力を要した。
何せあらゆる建物が文字通りのスクラップ状態。被害の甚大さはシュレッケンとは比べ物にならない。
非力な私やエーネ、レトアは細々とした事を。治療を受けたザンと、成り行きで手伝うことになったグレイザーは、力仕事を担当した。
「意外です、グレイザーが手伝ってくれるなんて。てっきりすぐビートグラウズに帰るんだとばかり」
「…………」
何かに揺れ動く男の機微を、人の感情に敏感なエーネは肌で感じ取っていたようだ。
「マインド、大丈夫そう?」
「うん、何とかね。フレイの熱が電気の代用になってる」
「ねえ、電気って食べても体型は変わらないのよね? 羨ましい……!」
「高性能な味覚が実装されてる君達の方が羨ましいよ」
自動修復プログラムとやらで、身体機能や言語能力を回復させたマインドは、以前とあまり変わらない様子だ。
大きく抉られた顔面は、専用の修理を受ける必要があるらしいが。
「マインド、ありがとうね。あの時私を守ってくれて」
「人間のために────ううん、信じてくれる誰かのために戦うのが機人だ。その対象が君なんだよ」
「えへへ……」
そうして時が過ぎ────
********
「ハッピバースデー、トゥーユ―」
「…………」
「ハッピバースデー、トゥーユー!」
「……ねえ」
「ハッピバースデー、ディア、エーネ!!」
いたたまれなそうな表情をする姉弟を差し置いて、他の皆────主に私とレトアは、盛大に祝い上げた。
「ハッピバースデー、トゥーユー! エーネっ、十八歳の誕生日おめでとうっ!! あ、ついでにライグリッドもね」
かつてない総力戦の数日後。未だ半壊状態のモリアデス邸に、まばらな拍手が響く。
里のインフラは依然予断を許さない状況だが、この時間はどうしても必要だった。
「さ、流石にもうこの年で……いや、でも、嬉しいけど……っ!」
すっかり照れて赤くなっているエーネは、もじもじしながらも顔がにやけていた。まともなケーキも飾りも無いが、即席のテーブルで皆に囲まれる彼女は、何だかんだ幸せそうだ。
「……何だい? この茶番は」
一方の人外は、違和感丸出しで顔を引きつらせている。
「これが辺境の奇祭? ソ────エーネは、毎年こんな風に祝われてるの?」
「さ、最近はそんな派手じゃないですっ! てか、一緒に祝ってもらえるだけありがたいと思ったらどうなの!!」
「これが祝いねぇ」
頬杖をつく彼はこれっぽっちも納得していない。箱入りの私でも割とポピュラーな祝い方だと思っていたが、鎖国体制を築いた男はかなり無知だ。
「安心しろ、ライグリッド。誰もお前のプレゼントは用意してない」
「はいはい。じゃ、どうぞ彼女の荷物を増やしてあげて」
「ふてぶてしい……」
手をひらひら振るライグリッドをよそに。
まずはザンが、少し歪んでしまった箱を取り出した。
「えっ、ザン!? 今渡すの!?」
「まあ、全員シュレッケンで買ったんだが」
慌てて待ったをかけようとしたが、時既に遅し。耳を赤くしながら、ザンは早口で枕詞を並べていた。
「中はハンカチで……また会えたら良いと思って、前にお前が使ってたやつと似た色にした。まあ、願掛けみたいな意味だ」
「ザン……!」
エーネは箱を受け取り、大事そうに胸元に持っていく。
「ありがとうっ、す、すっごく嬉しいです!!」
「なら良かった」
照れ臭そうに目を逸らす少年に、エーネも気恥ずかしそうに笑いかける。
次に箱を取り出したのは、何だか奇怪な音を立てるリアル人外だった。
「僕はこれ」
「マインド!? 何か部品がこぼれてるけど!」
移動しながら後頭部からボロボロと落としているが、本人は大して気にしていなさそうだ。
「ありがとうフレイ、拾ってくれて」
「拾うのは今からだけどね」
「はい、どうぞ。エーネ」
差し出されたのは、ほとんど原型を留めていない小箱だった。エーネは若干驚きつつも、ありがたそうに受け取る。
「マインドもわざわざ……! でもこれ、中身は大丈夫……?」
「シュレッケンで、少女達に人気のお菓子。プレゼントに最適ってデータにあった」
「これ食べ物!? そんな!!」
ショックを受け、しげしげと箱を色々な角度から見つめるエーネ。
皆の視線が、何となくライグリッドに吸い寄せられた。
「あの光線で僕を怒らせちゃったからねぇ」
謎の咆哮で里にとどめを刺した男は、悪びれもせずに言いつつ、
「あと、最初に隕石降らせたのも炎のお姉さんだよ」
「ほんとごめんなさい」
「でも、折角のお菓子だから、美味しくいただきます!」
エーネは手で箱を整えてから、ザンのプレゼントと共にカバンにしまう。
スピンを披露したレトアが意気揚々と箱を掲げたのは、そのすぐ後だ。
「じゃーん! あたしは入浴剤っ!! エーネさん、これでスベスベお肌をキープしてね!」
「わぁっ、レトアちゃんもありがとう! あ、今度三人で一緒に入ろう!」
「え、私も良いの!? やった!」
「……くっ、ずるいな」
流石市長令嬢、抜群に景気の良いギフトだ。
そしてついに、私の手番が回ってきた訳だが。
────やばい、どうしよう。
「私は、服だよ」
考えた結果、敢えて堂々と宣言する。
「エーネに似合いそうなやつ。色の目星は付いてて、すぐ選べたんだけどね」
「服……! 最近同じのばっかりだったから、嬉しいです!」
「うんっ、良かった。えっとじゃあ、そんな感じで」
「あ、あれ? 今は手元に無いの……?」
「…………」
私は逡巡した。その仕草がエーネに嫌な想像を抱かせたらしい。
「もしかして、この間の戦いで」
「あ、ううん? あるんだけどね……み、見たいの?」
「も、もちろん! ボロボロになってても、折角フレイが選んでくれた────」
私はおずおずと取り出した。ちょっとガーリーな包装が施された、手のひらサイズの包みを。
「…………おい」
それまで退屈そうにしていた守護者が、詰るような声を出す。
「こ、こ、このサイズって────」
「うん。まあ、想像の通り……」
「ちょ、ちょっと待ってっっ!!」
エーネが顔を手で覆いながら金切り声を上げた。
隙間から覗く瞳は、私の持つ下着の入った袋に釘付けだ。
「こういうのは、ひ、人がいない時に渡してください!! う、嬉しいけど……嬉しいんだけど……!!」
「わ、私だって今ここで渡すつもりなんて無かったよ! でも、でもっ……ザンがいきなり箱出したからさ!」
「俺のせいか!?」
飛び火を受けた義兄が愕然として声を上げる。恥ずかしくなった私は、多分エーネと同じ顔色になっていた。というかザンまで照れないでほしい!
「誕生日会で渡さずにいつ渡すんだよ! ていうか何で下着なんだ!?」
「こ、個別に渡そうって話だったでしょ!? みんなの前だとエーネが嫌がると思って! 下着を選んだのは、その……この間見た時、サイズ合ってないのかもなって思って……女子同士だと割とあるから!」
「二人共、し、下着とか大きい声で言わないでっ! わたしのサイズの話もやめてくださいっ!!」
「まあまあ、みんな。誰も悪くないよ」
激昂する三人を諫めるのは、隠居人のように落ち着いたマインドである。
彼は和やかな表情で袋を眺めながら、興味深そうに、
「で、それどんな感じなの?」
「マインドさん!? デリカシーのプログラムは!?」
「観察力が足りないよ、機人さん。その目じゃ無理だろうけどねぇ」
愉悦の表情で喧騒を眺めていた人外は、袋の端を差しながら言った。
「ほら、破けて中がちょっとだけ飛び出てる。エーネ、やっぱり薄めの────」
「ちょっ、ライッッ!!」
「オレはこんな奴らと死闘を繰り広げたのか……」
もう収集が付かなそうだと思っていたところで、タイミング良くエーネの母親が現れた。
「何があったの。そんなに叫んで」
「か、母さん……いや、その……」
「エーネのお母さん。よ、良かったんですか? 参加しなくて」
慌てて話題を変えると、彼女は静かに頷いた。
「ええ。私達にはもはや、過ぎた機会だわ」
「…………」
「それとエディネア。今夜、首領としての就任挨拶が行われます。準備をしておくように」
その言葉は、場が静まり返るのには十分だった。
ライグリッド・モリアデスの倒壊を受け、ついにソールフィネッジは本当の意味で生まれ変わる。
新首領、エディネア・モイスティが表に立ち、王都や周辺都市と新たな関係を築いていく。
(あ……っ)
一気に現実味を帯びてきた情景に、胸の奥で熱いものが込み上げた。
(エーネと私達……もう、これで……)
声が出なかった。
考えるのも恐ろしい未来が胸をひしめく中、当の本人は。
「母さん、わたしは────」
何かを思案しながら、静かに明後日の方向を見つめていた。
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