18:未来奪われし
────『ソフィ、立ちなさい!』
────『ぐすっ、ううぅ……』
────『お前は未来の首領なのだ! 弱者に価値は無い。お前は誰よりも、強くあらねばならない!!』
姉は泣き虫で脆く、弱かった。攻撃的な才能全てを弟に譲り渡してしまった彼女は、いつだってライグリッドの足元にいた。
────『ソフィ、おつかれさま』
────『う、んっ、ひぐっ、ふええええぇぇ……!』
────『なかないで。だいじょうぶ、だいじょうぶだよ』
哀れなソフィ。愚かなソフィ。
彼女に首領なんて無理だ。人前で喋るのすら苦手なのだ。
もし自分が長になったら、きっと彼女を守ってあげられるのに。
「でも、仕方ないよね」
両親は彼女を拘束し、その時間を奪い────己の流儀を教え込んだ。
弱者に価値は無い。姉がとっくに認めている事実を、両親は決して受け入れず、最強の首領を創ると約束した。
だったら、弟の自分がすべきことは一つだ。彼女が首領になるまで、決して逃してはならない。ソフィを諦めさせてはいけない。
「だって、そうだろう?」
もしそれを辞めたら、訓練にいそしんだ彼女の十年は何だったのだ? 首領の跡継ぎじゃなきゃ、愚かな子供に目を付けられることも無かった。もっと弱者らしい、のほほんとした人生を送れたはずなのに。
辞めたら、奪われたことになってしまう。あったはずの未来と時間を。だから両親は、子を導く親として、絶対にその『約束』を破ってはならなかった。
なのに────
────『ソフィを、首領の後継者から外そうと思う』
八年前のあの日、頭を殴られたような感覚だった。
────『十年、あの子には教育を施した。しかし残念ながら首領の器にあるとは言い難い。臆病で勘も動きも鈍く、それでいて慈善の心を絶やさない……いたって『普通』の子なのだ。ライ、お前と違ってな」
────『あぁ、なんというか……随分、当たり前のことを言うんだね』
────『お前達には苦労をかけた。申し訳なかったと思っている。無論、伝統を覆すのは容易ではないが、明日にでも皆に告知しよう』
どこかで覚悟はしていた。
腸が煮えくり返るのを抑えながら、ライグリッドは渾身の妥協案を切り出す。
────『なら、僕が首領だね。良いとも。訓練の様子や作法は見てきたし……努力が報われなかったソフィは可哀想だけど、僕なら彼女を守……』
────『ライグリッド』
両親の声は、酷く淀んで聞き取りづらかった。
────『モリアデス家は候補から外れる。しきたりを変える責任を、その形で取るつもりだ』
あぁ、思い出せない。
────『…………わかっていた、じゃないか……』
────『……?』
────『ソフィは首領に向いてないって。ずっと嫌がってたって。そんなの、生まれた時からわかってたじゃないか』
────『ライ、それは』
────『そんな彼女に無為に訓練を施し、そのくせ最強たる僕は、最初から首領になる道すら与えてもらえない」
何もかも思い出せない。
無心で両親を再起不能にしたことも。血の臭いも、感触も。帰って来た姉の、窒息するかのような呼吸音も。
ただ、彼女を見て。涙すら流しそうになった。
「可哀想に……」
全て奪われたまま、彼女はこの先を生きる。損も時間も取り戻せない。こんな両親の元に生まれ落ちたという、たったそれだけの理由で。
彼女は子供時代は、永遠に、暗雲が立ち込めたままだ。
「約束を、果たさないと」
だがやるべきことは決まっていた。肉塊達に代わり、自分が姉を導くのだ。
どこへ? なんて問うまでも無い。
教えを全うするのだ。それが定められた運命だから。モリアデスの一族に嘘つきは必要無いから。
「殺さなければ。ソフィを……価値の無い弱者を」
ごめんね、守れなくて。君の事を心から愛していたよ。
せめて君の人生を、定められた形で終えさせてあげたい。奪われし者じゃなくて、ただ教えの通り、力及ばず死んだ者として。
「人外、ライグリッド・モリアデスは────」
だから、炎の少女達に教えてあげるんだ。
「この程度では、死にはしないさっ!!」
*******
「行ったか、毒刃少女!!」
烈嶺を穿つ彼方からの光線は、岩の地上からも良く見えた。
指導者エルディード・レオンズ及びレイティ・ロベインは、新生ハンガーズと共に最前線に立ちながら、その光景に目を奪われてしまう。
「レトア、無事ですよね……!」
「ええ、きっと」
しかし、こちらの戦況は劣勢だった。奴の操り人形は少数なれど精鋭。一万を超える新生ハンガーズでも苦戦を強いられる。
だが予想外というのは、得てして二重に起こるもので。
「雷の覇柱」
一度聞いたら忘れない、力強く荘厳な声が岩場を刺した。
紫電と共に、モリアデスの私軍が次々と倒れていく。正確無比な魔法の隙間に浮かび上がった、深紫の髪の持ち主は────
「!! ライウ王子!」
「遅れてすまぬ。我が国のための尽力、感謝いたす」
王国の誇る科学長官にして、第一王子────ライウ・テンメイ。軍の動きを察知し、妹の魔法で瞬間移動してきたらしい。
「しかし、まさか辺境の覇者が援軍を寄こしてくれるとは」
「こちらこそ、ありがたい限りです。王子がいればこの場は……!」
「とはいえ、向こうは簡単にはいくまい。約定により、我はかの地を踏むことも叶わぬ身なれば────」
驚くべきことに、光の消えかかっていたソールフィネッジを……
王子は、覚悟と祈りの眼差しで見やった。
「あの者達に、全てを託す他あるまい」
*******
「や、やばいっ、やばいよ……!!」
炎の壁で皆を囲いながら、私は迫り来る破滅に戦慄していた。
「くっ、これでもダメだってのか!?」
「破られる……全部ッ!!」
防壁が弾けたその瞬間。私達の視界には、打ち消された光線の残滓と、何かを溜めるように身を縮めた少年が映る。
やがて、
「………………────────────────────!!!」
ライグリッド・モリアデスは、姉によく似た銀髪を逆立て、天に向けて咆哮した。
それは文字通り天地を揺るがす、圧倒的な『衝撃波』だった。
もし今、この世で最も神に近い者は誰かと問われれば、誰も回答に迷うことはなかっただろう。
「うあああああっっ!!??」
到底自力で耐え切れる風圧では無い。後方に激しく吹き飛ばされた私は、家屋の残骸に背中を強打した。
ただでさえブレイン砲で壊滅していた里に、首領は自ら完全にとどめを刺した。お昼ご飯を食べた飲食店も、エーネの学校も、モリアデス邸も────ついに一切の原型が無くなる。
「っ、んうううううっ!!」
「モイスティ!!」
かろうじて堪えていたグレイザーが、空中で錐揉みするエーネを呼んだ。かなり高く上っていたので、大きな衝撃は免れたものの、飛行状態を維持するのは不可能だ。
「ぐっ!?」
「…………っ……」
「ザンっ、マイン、ドっ……!!」
ザンとマインドもそれぞれ、後方の床に叩きつけられる。踏ん張ることすらできないマインドは、部品を散らせながらノーガードで飛ばされていた。
「ぴ、ぴ、ぴ……半、死半…………生…………」
「そ、そんなっ!!」
「あぐっ……!」
風に煽られた末に、エーネは私とマインドの間に不時着した。
落下の寸前に水で衝撃を吸収したものの、強く体を打ち付けられ、眩暈と吐き気がしているようだ。光銃は当然のように空中で紛失していた。
「化け物がッ……!!」
「んふっ、ふふふふふふっ」
ライグリッドは額を拭い、唯一立っているグレイザーに微笑みかける。
「これでわかっただろう? 何人束になっても、所詮は烏合の衆さ。世界の王には、到底及ばない」
「────王?」
「そうだとも、お姉さん」
変わり果てたソールフィネッジを見渡すライグリッドは、倒れ伏す私達には目もくれなかった。
「最強たる僕が、この世界を統べる。言った通り、別に直接的な支配がしたいわけじゃないんだ。ただ、僕が王である事実があれば良い」
「……ライは相変わらずっ、強さとか弱さとか……! そんなのばっかり……!!」
「あぁ、単純なことだ。僕は愚かな約束を果たさねばならない。君を救うために。その人生を無駄にしないために……!!」
愛も夢も消えた瞳の奥に、私は幼馴染が視た思い出を幻視する。
ああ、この男は。
「僕らに仇なす者は、全て殺さなければ!!」
(私と一緒だ……)
気持ち悪いくらいに重なって見えた。
守るべき大切なものも見失って、怨念の赴くままに稼働する化け物。それがライグリッド・モリアデスの正体だ。
かつての、私だ。
「諦めなよソフィ。星を穿つ焔も、秘策のブレイン砲も、僕には届かない。いつだって逃げてばかり、泣いてばかり。そんな君が……多少の仲間を引き連れたところで、王国軍を破った僕に勝てるわけがないんだ!」
「…………ッ!」
「ああ、愚かなソフィ! 君には無理だってわかっていたよ!!」
────ここまでなのか?
既に万策尽きた。攻撃手段は残されていないし、手負いの状態で彼のスピードを捌ききれるわけもない。
これほどの力と想いをもってしても。私達は、人外には────
「ううん……」
水に濡れた髪を払い、エディネア・モイスティは青い顔で立ち上がった。
それから、まるで凪のように静かな物言いで。
「まだ、終わりではありません」
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