16:疾風迅雷
いつだって、エーネの身体はとても脆く。ライグリッドは凄まじく堅い。
もしかしたら八年前以上に、二人の実力はかけ離れている。
しかし────
「エーネ……空をっ!」
エディネア・モイスティは宙を舞っていた。体に取り付けた文様から水を発し、地表の炎を飲み込みながら。天高く烈嶺を見下ろしている。
それは人外の攻撃すらも届かない、彼女のための絶対安全圏だ。
「……うっ、わっ、っとと……っ」
何度ふらつき落下しかけても。変わり果てたマインドの姿を見て、泣きそうになっても。
「モイスティ! 援護を頼む!」
「は、はいっ!!」
エーネは決して、魔法を止めない。
グレイザーがナイフを放った。ライグリッドは体をしならせ、蜃気楼の如くそれを避ける。
「遅いなぁ」
すぐさま、彼の姿は消えるが────
「────そこか」
「ん……!」
背後に迫る強烈な蹴りを、グレイザーは片腕で受け止めた。
「へぇ、よくわかったねぇ」
「一度戦った相手だ。何度も下せると思わねェことだな!」
「それで? ナイフにも限りがあるってのに、どうするつもり?」
グレイザーは明らかに軽装だった。エーネが彼の外套を羽織っている理由は何となく察したが、武器も少なければパワースーツも無い。
しかし、守護者は勝てない戦いはしない。
「だからこそのわたしですっ!!」
エーネは高らかに叫び、バランスを取りながら片手を頭上に掲げる。
手首から先が水色に輝き、地表に巨大な文様が多数出現した。
「受けてみて、ライっ!!」
うねり踊る水流が、無防備な少年に襲い掛かる。
ライグリッドは全てを片腕で払った。が、戦闘のプロはその隙を見逃さない。
「捉えた!!」
「おっと」
虚をつかれた少年は、乱暴に攻撃を弾いて後退する。ようやく攻勢の時が────
「!! グレイザー、気を付けてっ!」
「っ!?」
「安全圏から隙を作るか。考えたねぇ、ソフィ」
私が叫び終えた時には、彼はもうグレイザーの頭上にいた。
蝶のように優雅に舞いながら、嗜虐に満ちた針を剥き出しにする。
「でも、君には無理だ!!」
ナイフと拳とが激突する。風圧で、また一つ家屋が崩れた。
装備も無いのに、ライグリッドはほとんどダメージを受けない。鋼の拳はナイフの先端をものともせず、光線や私の隕石でも、軽く傷を負う程度だ。
「っ、相変わらず信じがたい強度だ……!」
「それが、僕の『人外』たる所以の一つさ!!」
間髪入れずグレイザーに猛攻が仕掛けられる。
「強靭な肉体、攻撃そのものを通さない硬度。もちろん訓練で手に入れたんだ。僕って頑張り屋さんだろ?」
「ちっ、化け物めが……!!」
戦いと並行して、ライグリッドは迫り来る水流も器用に払っていた。それは彼の注意を引きつけてはいたが、決定的な隙を作るには至らない。
「ダメだねソフィ、その程度じゃ圧力にもなりはしない」
「…………!!」
「あははっ、そんなに激しく撃っちゃダメだ。ほら、そろそろ……!」
心無しか、エーネを支える水の勢いが弱まった。遠目に見ても、若干焦った顔をしているのがわかる。
「モイスティ、一度退避しろ! 魔力が回復するまで防御に徹する!」
「わかりましたっ……!」
エーネはバランスを崩しながらも、一度広場から遠のく。半壊したモリアデス邸の屋根に、倒れ込むように着地した。
「さーて、いつまで保つかな!」
「随分と余裕そうだな、モリアデス!!」
恐るべき洞察力をも見せつける彼に、グレイザーは果敢に肉弾戦を挑み続ける。
しかし彼も、徐々に苦しそうな表情を見せるようになっていた。武術に死角が無くとも、ライグリッドの攻撃を捌き続けるなど無理難題だ。
「グレイザー……!!」
彼に加勢したい。しかし、あまりの速さに割り込むチャンスも無い。
どうにかして、奴の「弱点」を探さなければ。
(……弱点?)
────『あぁ……光は効くんだよねぇ』
「…………自分で言ってたじゃん」
愚かな。油断して自らを追い込んだか。
やはり『あの人達』は、間違ってなかった。
「グレイザー、君もしんどそうじゃないか」
「くっ……!」
「一応認めるよ。君は学習が早い。一級品の戦士だ」
上目遣いに言ったライグリッドは、予備動作無く首を180度回転させる。
その先には────体を小さくし、気配を消して休息を取るエーネがいた。
「でも、あっちのお姫様は違うよねぇ!」
「っ!? しまっ────」
ライグリッドは戦線から離脱する。残像を残しながら、一直線にモリアデス邸へ。
「ひっ……!?」
驚愕し、すぐさま飛び立とうとするエーネ。
しかし、まだ彼女の魔力は回復しきっていない!
「エーネ、堪えてっ!!」
遠方の幼馴染の言葉に従い、エーネはその場で身を固くする。
怪物が迫り来る仲、それでも逃げ出さないなんてことは、以前までの彼女なら無理だっただろう。
「【走れ炎よ────彼方へ】!!」
放たれた炎の波は、鋭く尾を引いて突き進む。まだ余りあるエネルギーをふんだんに使った、強力な遠隔攻撃だ。
「相変わらずしつこいね」
その細腕で、当然のように攻撃をかき消すライグリッド。しかし、彼が背後を警戒して足を止めるには十分だった。
「フレイ……! ありがとうっ!!」
「私は無傷だから、まだやれる!!」
未だにショックで振動する足腰を奮い立たせ、私は怨敵を見据えた。
「ライグリッド! これ以上、好き放題させてたまるかっ!!」
「いいよ、そうこなくっちゃねぇ!!」
更に、機を見計らったように、私の真後ろから純白の光線が放たれる。
「げほっ。俺も、まだ……やれるぞっ」
愛刀を砕かれてなお、光銃を手にしたザン・セイヴィアは立ち上がった。
例えその視界に、屍となった仲間が映ったとしても。
「この時のための光銃だ! エーネ、引き続き頼むぞ!!」
「ま、任せてザンっ! そろそろ……飛べる!!」
奮起したエーネが、再び宙に飛び立つ。安全圏へ、透き通る水を纏いながら。
「例えどれだけ強くても。攻撃が速くてもっ……」
「っと、危ない危ない」
「水に濡れれば動きは鈍って、ちょっとずつでも遅くなる……!!」
水流が、彼をモリアデス邸から追いやる。この間に体力を回復させたグレイザーと、再び向き合う形になった。
「いつか必ず、攻撃は効きます! わたしは諦めないからっ!!」
「だからソフィ、それは夢物語なんだよ!」
ソフィ。もはや彼女をそう呼ぶのは、この世界でライグリッドただ一人かもしれなかった。
「魔法だけ乱発してたら、すぐに魔力が切れるさ。君が死ねば他の士気も下がる。いつまでも逃げ切れると思ってないよねぇ!?」
「それはどうかな……ザンッ!」
「ああ!」
私に呼応し、ザンが別の光銃を放り投げた。毒刃少女が複数犯だったことに、初めて感謝する。
正確な投球ならぬ投銃により、魔力を要しない最強格の飛び道具が、エーネの手元へ────
「えっ?」
決め台詞を吐き、真下に注力してそれどころでなかったエーネは。
眼前を横切る光銃を、見事にスルーした。
「おいアホっ!!」
「ああああああッ!! や、やらかしましたーーーーっ!!」
(あ、相変わらず反応が鈍いっ……!)
致命的なミスに絶望しているエーネだが、下に降りようものなら一撃死だ。私も球技はイマイチなので人のことは言えないが、気付きすらしないのはどうなのか。
全員で頭を抱えていると、その失態を見事にリカバリーした人物がいた。
「本当に鈍臭いやつだ……!」
反応速度はライグリッドに及ばないはずである。
にも関わらず、何故グレイザーが先に対応できたか────それはある程度、「現在の」彼女の人となりを理解していたからに違いない。
「あっ、と、と」
蹴り上げられた光銃を何とか手にしたエーネは、恥ずかしそうな顔で引き金に手をかけた。
「……読めなかったよ。まさかこんな盤面でキャッチし損ねるなんて」
「う、うるさい……」
状況は以前より好ましい。しかし、人外にとっての脅威は依然一つも無い。
私は前に進み出て、グレイザーを補助できる位置に立った。起き上がったザンも、光銃で彼の額を捉えている。
「うふふっ、ジリ貧だねぇ」
それは世界を舐め切った、恍惚とした表情だった。
「君達がこうして時間をかける間に。僕の操り人形は、王都方面へ進軍していく。個々の強さは到底僕には及ばないけど……あれだけ鍛えてやったんだ。王族の首一つくらいは取ってくれるさ」
「…………」
「どうしたの? ものも言えなくなっちゃった?」
────そろそろ明かすとしよう。
私はザンと顔を見合わせた。何かを察したらしいグレイザーが、静かにほくそ笑む。
「はっ。引きこもりのお前には、この決戦の全貌はわからねェか」
「ん……?」
「もっとも、こんな事を考えそうなのはあの爺さんくらいだが」
ライグリッドも気が付いたようだ。真っ白な顔に笑みが広がる。
「なるほど。ハンガーズか……!!」
「第一王女の魔道具は、マニー達も持ってたからね」
瞬間移動魔法を駆使すれば、予め敵軍の進路を塞ぐのは容易い。
今頃、王都への侵攻を食い止めているはずだ。エルドとレイティ率いる────二つの街を想う、新生ハンガーズが。
「ははっ、そうか。そうかぁ」
ライグリッドはさほどショックを受けていない様子だった。
「なら、君達を殺して加勢に向かうとしようか」
「……私達が、逃がすとでも?」
まだ終わりではない。
そう、この総力戦の本当の切り札は────!
「出番だよっ!! レトア!!」
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