14:十字架のプリンセス
「今のって……!」
建物の外で立ち止まる。ソフィはこの振動を覚えていた。
数日前、ある少女を救うべく、フレイング・ダイナが屋上で放った一撃だ。
「ふ、フレイ……!! フレイがっ!!」
「やはり、奴も来ていたか」
こうしてはいられないとばかりに、鋭い視線が向けられる。
「急ぐぞ。この機に乗じて、今度こそ奴の首を獲る!」
「は、はいっ!!」
駆け出したグレイザーに置いていかれぬよう、ソフィも走り出した。
もう一度みんなに会いたい────その願いだけが、体を奮い立たせる。
最後の関門に突き当たるのに時間はかからなかった。
「あっ……」
八年前と比べ、すっかり錆び切った連絡通路の出入口。
またしても、忘れられない顔がそこにはあった。
「……ソフィネアか」
「元気そう、ですね……二人とも」
槍を手に、背後の出口を守るように立つ彼らは、ある意味因縁の相手だ。
「オーヴェン君、カイル君。そこを退いてください」
意外なことに、視線を交わした二人はとても申し訳なさそうな顔をした。
しかしすぐに、俊敏な動作で槍を向けられる。
「この期に及んで、邪魔をするか」
グレイザーがナイフを握った。
「もう一度だけ言う。そこをどけ! さもなくば────」
「退かないっ! どうなるかわかってて、みすみす行かせるものか!」
必死な形相だった。唇も、槍の持ち手すらも震えている。
「この先に行ったら、ソフィネア、お前は殺される! あいつに勝てる人間なんていないんだ!!」
「!!」
「ずっと後悔してた……くだらない妬みでお前に喧嘩売って、そのくせあの日……お前を助けられなかったこと」
二人の警告と懺悔は、ソフィの心に強く響いた。
根拠も無く絞り出していた勇気が、萎んでいく。
「ソフィネア、俺らはもう、お前に悲しんでほしくは────」
その時だった。
「はあっ、はあっ、みんな、早く!!」
良く知る少女の声が、扉越しに聞こえた。
「? 誰だ」
二人が知らないのも無理はない。ソフィですら、訳がわかないのだから。
「レトア、ちゃん……? レトアちゃん!? な、何でここにっ!?」
「え、エーネさん!? やった、無事だったのね! くっ、んぅ……扉、全然開かないぃ!!」
「かなりの人間が大挙しているようだな」
グレイザーの言う通り、ソフィもわずかに人々の気配が感じられた。
そして腑に落ちる。フレイ達が戦っている隙に、彼女は────
「ふ、二人共!! 扉を開けてあげてください! 多分避難しに来たんです!」
「避難って……確かにさっき、爆音が聞こえたけど。でも絶対開けるなってあいつに言われて────」
「小僧、死にたいか!!」
「わ、わかったよ!」
あまりにも獰猛な一喝に、涙目になった二人はすぐさま開錠に取り掛かる。恐ろしすぎてソフィまで泣きそうになった。
「エーネさーーーーんっ!!」
数多の住民を引き連れたレトアが、下りてくるなり抱きついてくる。
「あ、あぁ、ぐすっ、レトアちゃん……また会えたっ……!」
「泣かないでっ、フレイさん達も来てるの! あ、グレイザーさんよね?」
「レトア・ロベインか。母親はどうした」
「ママやエルドさんは、『別の決戦』に備えてるわ。それよりも────」
レトアは青ざめた顔で、住民達が通り終えた出入口を見やった。
「みんなが、あいつと戦い始めたの! どうにかしないと危ないかも」
「えっ……」
あの爆音が聞こえた時点でわかっていたことだった。けれど無意識の内に、本能が可能性を排除していた。
だって、ライと戦うなんて。そんなの────
「好都合だ。奴らと連携し、モリアデスを討つ! 行くぞモイスティ!!」
「っ、え、えっと」
「おい、あ、あれは何だ?」
オーヴェンが扉の隙間から見える空を指差した。
奇妙だ。先ほどまで完全な晴天だったのに、もう日が暮れたような金色で……
「も、もしかして」
レトアが呆けた声を出した。
「フレイさんの……?」
「あの技は────!!」
グレイザーが何を思い出しているのか、手に取るようにわかる。
「は、早く下に!! 扉を閉めてくださいっ!!」
ソフィは無我夢中で叫んだ。カイルが扉を閉めたのを確認し、全員で両親が住む広場まで下る。
すぐに、先ほどの比ではない轟音が響き始めた。断続的に、地表が打ち付けられていく。
「ひゃああああっ!!??」
「ダイナ、無茶を……!」
やがて音が止む。嘘のように静まり返った広場は、段々と焦げ臭さに包まれていった。
「か、勝ったの……?」
「まさか、倒したのか? あのライグリッドを!?」
フレイの必殺技を知らない者達が、期待に声を弾ませる。両親も家から出てきていた。
が、グレイザーの顔は険しい。得も言われぬ不安がソフィの胸中を満たす。
「どう思う? モイスティ」
「…………っ」
「その沈黙が答えだ」
彼は結論付けた。
「確率は五分か、それ未満。人外の脅威を、オレ達は良く知っているはずだ」
握った拳に汗が落ちる。涙かもしれなかった。
「あ、あたし、行くわ! 光銃だってあるし!!」
「女の子はダメだ、俺達が!」
「無駄だ。今の攻撃で出口がイカれた。脱出の術は無い」
「嘘だろ!?」
少年達が出口を確認しに走り去る。
しかし、まだ話は終わっていなかったらしい。
「ただ一つを除いて、な」
グレイザーは天井を指差した。ビートグラウズの建物くらいには高い、光が漏れている場所だ。
「脱出するならあそこが最適だ。恐らくここは里の中心部、その真下だろうからな」
「無茶だ、この子によじ登らせる気か」
「愚かな。モイスティに魔法を温存させたのは、何のためだと思ってやがる」
もはや心配を隠しもしない両親に、グレイザーは吐き捨てた。
「水流で体を浮かせ、天井まで突き進め。俺も同行し、壁を破る役を担う」
「え、ええっ!?」
信じられない。一体何を言っているのだ。
言うまでもなく、ソフィは無類の高所恐怖症だ。そもそも水で飛ぶなんて────
「お前自身も気付いているはずだ」
グレイザーの声には確信がこもっていた。
「ダイナは手からしか炎を生み出せず、連続使用に制限がかかる。しかしお前は、遠隔かつ長時間の噴射が可能だ」
鼓動が大きくなる。嫌な汗が再び滲み出した。
「エディネア・モイスティ。お前は、空を飛べる」
もし、ビートグラウズでそれができたなら。自分もタワーの頂上で、援護に回れたかもしれない。
もし、シュレッケンでそれができたなら。上から素早く研究所を見つけ出し、迅速に破壊できたかもしれない。
どこかでわかっていたのかもしれない。村で暮らし始め、フレイと共に力を磨く中……自身の水流が、それに足るまでの強さになったこと。
けれど。
────『永遠に……さよならです』
全てを諦め、ソールフィネッジから飛び降りた日。あれが最も死に近く、そして生への渇望を自覚した日であった。
ただ、怖い。もう二度とあんな思いはしたくない。
高所に行く度に、血染めの弟の笑顔を思い出す。ましてや彼と戦うなど。
「奴とて、俺たちが中心部から来るとは思うまい。そこを一気に叩き、及ばずとも、里から飛び降りて逃げられる」
グレイザーの世界には、守るべき友と民が映っている。
自分も同じはずなのに。居場所をくれた大切な仲間が、危険かもしれないのに。
フレイのことが────命よりも、大切なのに。
「ご……ごめん、な、さい……っ」
縛り付けられたかのように、体が動かない。
「わたしっ、ど、してっ…………たすけ、たい、のにっ」
「エーネさんっ……!」
「なんで……からだ、うごかなっ…………!!」
すぐそこで、少年が嗤っている気がした。
「おーいっ!! 二人とも!」
オーヴェンとカイルが戻ってくる。
そばに来たカイルが、懐から黒光りする武器を取り出した。
「それは、オレの拳銃か」
「やっぱあんたのか。くすねてた事思い出してさ。いつか役に立つかもって」
きまり悪そうにしながら、彼は拳銃を返却する。
「これ、使ってくれよ。さっきはああ言ったけど、こんな事態になっちまったし。あのビビりなソフィネアが立ち上がったんだ」
「…………」
「だから俺達も……って、ソフィネア?」
もう何度目だろう、こうして涙を流すのは。
レトアが。オーヴェンとカイルが。両親が。グレイザーが。
何も言わずに自分を見ている。対するソフィは、ただの一言も返せない。
────『ああ、愚かなソフィ……君には無理だってわかっていたよ』
結局彼が正しかった。八年の時を経てもソフィは変わらない。
何も守れない。いつも泣いてばかりで、肝心な時に役に立たない。
「ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさいっ」
うわごとの様に繰り返す。
「フレイっ、ザン、マインド…………えぐっ、ぐすっ、ごめん、なさいッ…………!!」
ふと、グレイザーが隣に膝をついた。
彼のような人間にとって、自分は許せない存在だろう。殴られるか、あるいは刺されるか。
もはやそれでも良いとさえ思っていた時。
「オレも、人のことは言えない」
頭の上に、重く────そして優しい感触が生まれた。
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