12:消えろ
「王都に、侵攻……!」
「あれぇ。驚きが薄いなぁ。結構ビッグニュースだと思うけど」
事実を受け止めるために復唱する私を、ライグリッドは面白そうに眺める。
「もしかして、知ってた?」
やはり、ゼノイ・グラウズの言う通りだった。
連続誘拐とどう結びつくかはわからない。だが、王国が完全に弱体化した今、危機に見舞われるのは必定。
そしてその最たる候補は、他でもないモリアデスだ。
「なら、彼女達に『合図』する?」
「……バレていたか」
「当然さ。何をやっても無駄だけどね」
そこで、ライグリッドはマインドに顔を寄せる。
「ねえ、機人さんはどう思う? 王国軍の兵として許せない? それとも────彼女の怒りに同調してる?」
「決まってるよ。フレイの考えが、大体僕の考え」
「うわお、すごいね! 機人って基本国の所有物だろ? どうやって言いなりにしたの?」
「い、言いなりじゃないっ! あなたに関係無いわよっ……!」
「あはは、そうだよね。でも君達に関係無くとも、僕は教えてあげるよ」
ライグリッドは広場の中心へ歩いていく。
外套を翻して振り向いたそれは、形容し難いほど凶悪な「奪う者」の顔だ。
「支配や名声に興味は無い。僕はね────ただ、完全な王になりたいんだ」
心臓が跳ね上がる。少年が自分と重なる感覚に、眩暈がした。
「だってそうあるべきだから。王は最強で、誰も逆らわない。せいぜいこっちから利用するだけ。王国との停戦の際、僕が第一王女に魔道具を要求したようにね────あ、そうそう」
ライグリッドは思い出し笑いをした。
「あの時は傑作だったなぁ。最後まで僕に反発していた第一王子に、ちょっとした脅しをかけたんだよ」
「えっ?」
とても嫌な予感がした。私の隣で震えるレトアも同様らしい。
「それ以上僕に仇なすなら、一番大切なものを奪うって。罰として相応の態度を取れって。そしたら彼、どうしたと思う?」
「ま、まさかっ!!」
「何と恋人を捨てたんだよ! そうまでして守りたかったんだろうねぇ。でも隣国の姫とは相容れなくて、同盟も上手くいってないらしいんだ。僕の一言のせいでさ!!」
嘘だ。こんなの、現実じゃない。起こっていいはずが無い。
「マニーさん、こんな奴にっ……!!」
「本当にすごいよね、僕って」
彼は軽やかに一回転する。その内に、里の全てを見渡したようだった。
「あの日、両親は二人がかりでも僕に敗れた。歯向かってきた大人はみんなぶっ飛ばされて、哀れな彼女は、里から身を投げることを選んだ」
八年。ソフィが高所恐怖症になった理由を知るまでに、これだけの年月がかかってしまった。
「でもね、炎のお姉さん。僕は約束を果たさせただけさ。しきたりを変える責任と言って、僕すら長の候補から外し、自らの信条を汚した奴らに。最強の者が長になるって話はどこいったのかなぁ?」
「え、エーネはそれ知ってるの……?」
「さあね。でも僕は誰よりソフィを想っていたよ。常に気遣って、いじめっ子からも守ってあげた。それでも父さん達が裏切るんだから仕方ないよね!」
形成されていく────歪んだ価値観が。その変遷を今、私達は見ている。
「弱者に価値は無い。その言葉通り、弱者たるモリアデス家をみーんな、排除したんだ!!」
ライグリッドは笑いを噛み殺すように肩を揺らした。
「徹底的に作り替えたよ。外部の影響の温床たる連絡通路は塞いだ。逆らう者は新しく作らせた牢屋に入れて、学校も自給自足を担う機関として改造した。父さん達の築き上げたものはみんな奪った。そこは間違いなく、僕だけが力を持つ世界だった……!」
でもね、と彼は小さく指を立てる。
「日に日に乾いていったんだ。満足できなかった。ソフィの遺体は見つけられなかったし……まさか辺境にいるなんて盲点だったよ」
「…………」
「可哀想に。全て父さん達のせいだ。彼女を無意味に縛るから、里にもいられなくなってしまった」
彼は天を仰ぐ。
曇天と星のノーブルタワー。光の届かぬ避難豪と来て────
今日は、憎らしいほどに青天だ。
「僕は考えた。どうすれば満たせるか。自分だけの王国が成るか。そして決めた。少しでも僕に歯向かいうる強者を、みんな手元に置いてしまおうって」
恍惚としたその表情は、エーネと同じ顔ながら、一度も見たことないものだった。
「道行く強者に話しかけ、勝負を挑んだ。ちょっとは期待してたけど、みんな弱かった。命乞いまでするやつもいたよ」
あっ、と手を叩くライグリッド。
「でもグレイザーは凄かった。流石は群都市の守護者だ……まあ、今となっては同じことだけど」
「やはりあの場所で……!」
「うふふっ。彼があそこを通っていなかったら、もっと早く君達に出会っていたかも。そんなこんなで最終的に、シュレッケンの事態が動いたのを察知して……僕はソフィを見つけた」
彼女が最後に見せた表情は至高だったと、ライグリッドは語る。
積年の恐怖が爆発した、この世の終わりのような顔だったと。
「っ、このッ……!!」
「そうだ、最後にこれも教えてあげよう。捕らえた者達と、ソフィをこれからどうするか」
私はごくりと唾を飲む。どうか対処できる内容であってほしいと、切に願って。
しかし────
「何もしないよ」
それはシュレッケン以来の────希望が打ち砕かれた瞬間だった。
「は…………?」
「何もしない。一生僕の手元に置いておく。それが、僕の王国の礎なんだ」
ライグリッドは両腕を広げて嗤う。
誰にも咎められない、彼の独壇場で。
「見知らぬ強者も家族も、全ては僕の足元さ! 誰もが死に絶えるまで、僕は王として居続ける! 独裁? 専制? 呼び名は何だっていい。いずれにせよ、最高だろう?」
ライグリッド・モリアデスは、まごうことなき人外であった。
子供の頃から彼の成長は止まっている。ただ、そのおぞましい力だけが……分不相応な精神に宿り、先行し続けているのだ。
「数多の人間の無念の上で、僕は今日も生きている!! 他者が築いたその何もかもを! 最強たる僕が、この手で握っているんだ!!」
彼の高笑いは何だか懐かしかった。
エーネがツボに入った時、稀にこんな激しい笑い方をするのである。
────『あはは、あはっ、あはははっっ……!! フレイ、ほ、本当に何やってるんですか……!!』
────『う、うるさいなぁ、そんな笑わなくてもいいじゃん!』
────『いや、流石にこれは笑うだろ。見ろ、エーネが窒息しそうだ』
(……私は)
拳に爪が食い込んだ。噛み締めていた唇に、少し血が滲む。
(私は、エーネのために)
────『良い? あたし達と約束して。限界の限界まで、モリアデスとの交戦は控えること』
このまま過ごせば、私達はどうなるだろう。少しして、はっきり答えが出た。
きっと無事に帰されるのだ。何故なら彼は、約束を破らないから。
里の良さを伝えてほしいなんて、当然方便だ。虚偽の噂が流れることにより、新たな獲物の訪れを待っているのである。
そして今ならわかる。わざわざ私達がその役に選ばれた理由が。
(ただ、それが気持ち良いから……)
仲間が捕らわれているとわかっていながら、里を後にすることしかできない私達を。最強の王として見届けたいからだ。
もし今、何もしなければ────
『それが、『偉大な人間』って言える?』
「あ……っ」
「フレイ?」
「どうしたの、お姉さん」
『君の夢は叶う? このまま逃げて、それで果たされるの?』
消えたはずの幻影────ではない。
本来愛した彼の影が。今、私に寄り添ってくれている。
『僕は信じてるよ、フレイ。ずっと信じてる。僕の分まで、君が必ず────』
「────偉大な存在に、なることを」
私は俯いていた。じっと手のひらを見つめ、思い浮かんだ言葉を反芻する。
「フレイ、おい、しっかり……」
私は履き違えていた。また間違った。
一度は逸れた道だとしても、私の中には、『私自身の誓い』があるのに。
────『偉大な存在に────君がなるんだ、フレイ』
今ここでこいつを逃せば。きっと、永遠に後悔することになる。
「レトア」
自分でも驚くほど、肝の据わった声が出た。
「里の人達を、全員避難させて」
「えっ……えっ!?」
「レトアならできる。私、信じてるから」
少女は愚かではない。私が通信機を手渡すと、まるで泣き出す寸前の赤子のような顔をした。
それでも、レトア・ロベインは。
「わ、わかったわっ!!」
かつて街を背負った一人として、確固たる足取りで踏み出していく。
「フレイ、君は」
「ザン、マインド」
ライグリッドは気付けば遠くにいた。銀髪と外套を風に靡かせ、興味深そうにこちらを見ている。
「私さ、いつも無茶ばっかで……結構失敗続きだよね。迷惑かけてごめん」
「……そうだな。グレイザーの時も、最初ピューレに会った時も。お前には毎回ハラハラさせられる」
「とりあえず、僕はいけるよ」
一足先に声を上げたマインドは、くりくりとした可愛らしい瞳で。
「エーネには笑っていてほしい。彼女と一緒に、フレイが見る景色を見たい」
「全く。こんな無茶な旅になるなら、是が非でも止めるべきだったか」
額を押さえるザン。気苦労のあまり皺ができないか心配だ。
しかし次の瞬間、義兄は徐に刀の柄を掴む。
「だが、俺にも約束がある。征こう……かけがえのない、幼馴染のために」
「うん……っ!」
「ふふふふっ、うふふふふッ」
この距離から既に、ライグリッドの姿がブレて見える。全てを刈り取る四肢が、今にも伸びてくるような気さえした。
「あぁ、殺気を感じる。嬉しいよ。こんな目をする人間がまだいるなんて」
「首領ライグリッド・モリアデス。エーネの……私の大切な人の、宿敵!!」
火の粉を纏った腕を突き出す。もう止める者はいなかった。
殺すためでも、見知らぬ誰かを救うためでもない。
ただ、私達の未来のために。
「今ここで────消えてもらうッ!!」
「あはっ……!!」
彼女とよく似た人外は────友愛の欠片も無い笑みを貼り付けた。
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