10:わたしに似た人
「あの、グレイザー」
解き放たれたソフィは、守護者と地下通路を進み────
「いつまでこうしてればいいんですか……!?」
延々と続く長い時間を、物陰に隠れて過ごしていた。
「喚くな。間も無く奴らは食事を摂りに頂上へ戻る。見張りがいないのはそのタイミングしかねェ」
「牢屋にいた時が夜中だったら、もう日が昇るくらいの時間経ってます……」
「……お前、中々に優れた体内時計を持っているな」
「あ、ありがとう……じゃなくて! だったら牢屋で待ってれば」
立膝のグレイザーがうんざりした様子で見下ろしてくる。
足を崩していたソフィは、慌てて体を縮めた。
「それだと機を逃すだろう。見張りを葬るのは簡単だが、勘づかれるからな。その前に一気に頂上まで上り詰める」
「そ、そんな無茶な……!」
回らない頭で必死に考えるが、無意味だ。
牢は既に破壊された。生きるには、この男に付いていく他無い。
(ぐ、グレイザーに見られてないよね、わたしの格好……)
度重なる発汗で生地はさらに透け、薄汚れてきている。
もしこの姿で男性と接触などしたら……
「おい」
「は、はいっ!?」
「甲高い声を出すな。見張りが消えた、今が好機だ」
通路を塞いでいた二人がいなくなっている。
彼らはソフィと同じくらいの年齢だった。もしかしたら同級生だったかもしれない。
「進むぞ」
「……あ、待ってください」
ソフィはグレイザーのくるぶしに、おずおずと手を添えた。
「ここ、まだちょっと傷が。じっとしてて」
「…………」
治療を終えたソフィは、大股で移動する男に追従する。
やがて広い場所に出た。といっても、通路は大した幅ではない。
代わりに左右には多くの牢が並んでいる。その全てでボロボロの服を着た捕虜達が座り込み、光の無い瞳で格子を見つめていた。
「っ……」
「無視しろ。解放しても邪魔になる」
「……は、はい……」
捕虜達の視線が刺さる。恥ずかしさ以前に、重い空気に心を抉られた。
捕まって日の浅かったグレイザーとはまるで状況が違う。何日も……下手したら十数日放置され、入浴すら許されていない彼らは酷く汚れていた。助けも期待できぬ状態で、ずっと────
「ぐ、うっ……!」
通り過ぎようとした牢で、男性が呻き声を上げた。
年は三十前後だろうか。立派な髭を蓄えた彼は、腹部の大傷を押さえ苦しそうに喘ぐ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「おい!」
ソフィが男性の牢の前にしゃがみ込んだのは、ほとんど反射による行動だ。
「ひ、酷い怪我……!!」
見るも無残だった。腹部の肉が一部抉り取られており、呼吸もやっとらしい。しっかり命を繋いでいるのは、持ち前のタフさ故だろうか。
きっと男性は最後まで懸命に戦ったのだろう。雷の如く迫るライグリッドと、再起不能になるまで必死に。
「ごめんなさい……」
ソフィは牢の中に手を伸ばした。男性は、何かを言いたそうに口を動かす。
「せめて傷を治させてください。もう少しだけこっち寄れますか……?」
「お前、状況がわかっているのか」
後ろのグレイザーが低い声で凄んだ。以前よりも強い苛立ちを感じる。
「魔法には制限があるんだろう。ここぞという時のために温存を────」
「どうせわたしは、水をかけるくらいしかできません……! あの時だってそうだった」
「違う、お前の水は……!」
「すみません、グレイザー。怒るのももっともです。でも……」
ソフィは目に涙を貯め、声を詰まらせながら。
「でも、放っておけない……! 自分のために誰かを見捨てるくらいなら……わたしは、今ここで死んだ方がマシです!」
「っ…………!!」
男性は緩慢な動作でソフィに近づいてきた。目を瞑り、腹部に手を当てる。
ゆっくりと癒えていく傷を眺めながら、グレイザーは小さくこぼした。
「愚かな。力などいくらあったとて、奴の前では足りんと言うのに……」
と、しきりに何かを言おうとしていた男性が、ようやくそれを形にする。
「あり、がとな……嬢ちゃん……」
先ほどよりも、少しだけ顔色が良く見えた。
「これで、ゆっくり、眠れ、そうだ」
「……はい。たくさん休んでください」
横になった男性からは、すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。
ソフィが安堵と罪悪感を同時に抱いていると、背後から女性の声がする。
「あたしからも感謝させてくれ。そいつは多分、この中で一番重傷だった」
髪を頭の横で括った頑強そうな人物だ。壁にもたれかかり、こちらに微笑む様子からは、この中でも有数の生命力を感じられる。
「これで安心して待てるってもんだ。いつか事態が好転するのをね」
「……どいつもこいつも、夢物語を」
「ああ、そっちの兄ちゃんもさ。あたしから礼を言わせてほしいんだ」
訝しげな視線を向けたグレイザーに、彼女は悪戯っぽく、
「あんた、モリアデスを倒しに行くんだろ? ここから出て、守るべきものがあるって顔してる」
「…………」
「あんたが奮い立たせてくれたから、お嬢ちゃんもやる気になったんじゃないかな。凹凸コンビだけど、あんたら見てると希望が湧いてきたよ」
なんて前向きな人だろう。気勢を削がれたグレイザーは、額を押さえて溜息をつく。
「残念なことに、あたしらは手伝えそうにない。でもこれ以上の治癒はいらないよ。その力は、そっちの男ために使ってやりな」
「わ、わかりました……」
「あんたらなら、やってくれると信じてる」
グレイザーは顎で先を示した。ソフィは頷き、再び彼の後ろに陣取る。
進みだそうとしたところで、女性のやや遠慮がちな声が聞こえた。
「ところでお嬢ちゃん。その格好というか、露出度は、もーうちょっと抑え気味でもいいんじゃないか……?」
「へっ!? いやっ、あの、こ、これは、そのっ……!!」
真剣すぎて忘れていた。薄明りのせいで、牢からはこの姿が丸見えだ。
ソフィが真っ赤になって縮こまっていると、再びグレイザーが溜息をつく。
「────え?」
肩に、ふと温かいものがかけられた。
外套だ。それも、体をすっぽり覆ってくれるほどの大きさで。
「勘違いするな」
一段階薄着になったグレイザーを見て、それが彼の所有物であったことにようやく気付く。
「お前の格好は目障りだ。牢にいた時から、ふざけた姿だと思っていた」
「や、やっ……やっぱり見えてたの!?」
最悪だ。デリカシーも皆無である。
けれど。
「……あ、あり……がとうございます」
ボタンが無く、前までは覆えなかったが、それでも凄まじい安心感だ。
牢の中から女性の楽しげな声が聞こえてくる。
「ははっ、良いもん見せてもらったよ。二人とも、仲良くな」
「う……は、早く行きましょう、グレイザー」
「血迷ったか、先頭は俺だ。罠があったらどうするつもりだ」
「…………はい」
ソフィは外套で口元を覆いながら、早足に進むグレイザーを追う。背後からの視線が生暖かく感じられ、居心地が悪かった。
階段の嵐に一区切りがつき、ようやく休憩が出来そうだと思った矢先。
「あっ」
きゅるきゅると、ソフィの腹の虫が悲しみの声を上げた。思わず前のめりになるが、グレイザー相手に隠し通せるはずもない。
「空腹なのか」
「ぱ、パーティから何も食べてなくて……あ、シュレッケン解放記念のやつなんですけど」
自覚すると余計に力が入らなくなってきた。魔法で水分は確保しているが、体が固形物を欲している。
しかし食料といえば、むしろグレイザーの方が心配だ。食事が提供されたのはだいぶ前であろうし、捕虜達の様子を見る限り、一日一回が限度だろう。
「あの、グレイザーはお腹、空かないんですか?」
「その程度でくたばる軟弱な作りはしてねェ。水だけでどうにかなる」
「や、やっぱり異常……ああ、でも」
ソフィは何とはなしに口にした。
「ライならきっと、同じことができるんでしょうね」
疑問でならなかった。訓練も受けたことの無い弟が、何故あのような人間離れした動きができるのか。逆に何故自分は、最後まで戦えるようにならなかったのか。
今ならわかる。それは努力云々以前に、どうしようもない才能の差だった。ライは天才で、ソフィは戦闘では凡人以下。頭の出来だって彼の方が……
「くだらん」
特に愚痴のつもりはなかったが、グレイザーは以前と同じことを言った。
「お前と奴の違いなどどうだって良い。全ては意思の強さ、それで決まる」
「こ、根性論って感じですね」
「かもな。だが奴とて、お前の魔法を羨んでいたやもしれん。大体、努力という概念が存在する以上、才能なんざこの世で最も信用できん代物だ」
グレイザーの瞳には、かつての彼自身が映っている気がした。
「備わった才を考えたことはない。オレは、ただひたすらに己を磨いた。そしてまだ、皆と同様、道半ばにいる」
「…………」
ソフィは俯き、少し笑う。遠回しな表現の真意を、肌で感じ取ったからだ。
人は人、自分は自分。だから自分なりの全力を尽くせば良い……そう言ってくれているのだろう。
「グレイザー、やっぱり励ましてくれてますよね」
「知らん。好きに受け取れ」
「変な聞き方かもだけど……何で、わたしに優しくしてくれるんですか?」
勇気を振り絞って尋ねる。
それは以前から、心の片隅で感じていたことだった。
「わたしが、リアンさんに似てるから……?」
★読んでくれた皆様へのお願い★
こんにちは、今江彰人です! 本作を少しでも面白いと感じて頂けたら、
・ブックマーク追加
・下の☆☆☆☆☆を★★★★★に!
を是非よろしくお願いします! 強いモチベーションに繋がります!!




