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ド田舎の村娘だけど、是が非でも王になりたい!  作者: 今江彰人
第3部 【王を貫けプリンセス】

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10:わたしに似た人

「あの、グレイザー」


解き放たれたソフィは、守護者と地下通路を進み────


「いつまでこうしてればいいんですか……!?」


延々と続く長い時間を、物陰に隠れて過ごしていた。


「喚くな。間も無く奴らは食事を摂りに頂上へ戻る。見張りがいないのはそのタイミングしかねェ」

「牢屋にいた時が夜中だったら、もう日が昇るくらいの時間経ってます……」

「……お前、中々に優れた体内時計を持っているな」

「あ、ありがとう……じゃなくて! だったら牢屋で待ってれば」


立膝のグレイザーがうんざりした様子で見下ろしてくる。

足を崩していたソフィは、慌てて体を縮めた。


「それだと機を逃すだろう。見張りを葬るのは簡単だが、勘づかれるからな。その前に一気に頂上まで上り詰める」

「そ、そんな無茶な……!」


回らない頭で必死に考えるが、無意味だ。

牢は既に破壊された。生きるには、この男に付いていく他無い。


(ぐ、グレイザーに見られてないよね、わたしの格好……)


度重なる発汗で生地はさらに透け、薄汚れてきている。

もしこの姿で男性と接触などしたら……


「おい」

「は、はいっ!?」

「甲高い声を出すな。見張りが消えた、今が好機だ」


通路を塞いでいた二人がいなくなっている。

彼らはソフィと同じくらいの年齢だった。もしかしたら同級生だったかもしれない。


「進むぞ」

「……あ、待ってください」


ソフィはグレイザーのくるぶしに、おずおずと手を添えた。


「ここ、まだちょっと傷が。じっとしてて」

「…………」


治療を終えたソフィは、大股で移動する男に追従する。


やがて広い場所に出た。といっても、通路は大した幅ではない。

代わりに左右には多くの牢が並んでいる。その全てでボロボロの服を着た捕虜達が座り込み、光の無い瞳で格子を見つめていた。


「っ……」

「無視しろ。解放しても邪魔になる」

「……は、はい……」


捕虜達の視線が刺さる。恥ずかしさ以前に、重い空気に心を抉られた。


捕まって日の浅かったグレイザーとはまるで状況が違う。何日も……下手したら十数日放置され、入浴すら許されていない彼らは酷く汚れていた。助けも期待できぬ状態で、ずっと────


「ぐ、うっ……!」


通り過ぎようとした牢で、男性が呻き声を上げた。

年は三十前後だろうか。立派な髭を蓄えた彼は、腹部の大傷を押さえ苦しそうに喘ぐ。


「だ、大丈夫ですか!?」

「おい!」


ソフィが男性の牢の前にしゃがみ込んだのは、ほとんど反射による行動だ。


「ひ、酷い怪我……!!」


見るも無残だった。腹部の肉が一部抉り取られており、呼吸もやっとらしい。しっかり命を繋いでいるのは、持ち前のタフさ故だろうか。

きっと男性は最後まで懸命に戦ったのだろう。雷の如く迫るライグリッドと、再起不能になるまで必死に。


「ごめんなさい……」


ソフィは牢の中に手を伸ばした。男性は、何かを言いたそうに口を動かす。


「せめて傷を治させてください。もう少しだけこっち寄れますか……?」

「お前、状況がわかっているのか」


後ろのグレイザーが低い声で凄んだ。以前よりも強い苛立ちを感じる。


「魔法には制限があるんだろう。ここぞという時のために温存を────」

「どうせわたしは、水をかけるくらいしかできません……! あの時だってそうだった」

「違う、お前の水は……!」

「すみません、グレイザー。怒るのももっともです。でも……」


ソフィは目に涙を貯め、声を詰まらせながら。


「でも、放っておけない……! 自分のために誰かを見捨てるくらいなら……わたしは、今ここで死んだ方がマシです!」


「っ…………!!」


男性は緩慢な動作でソフィに近づいてきた。目を瞑り、腹部に手を当てる。

ゆっくりと癒えていく傷を眺めながら、グレイザーは小さくこぼした。


「愚かな。力などいくらあったとて、奴の前では足りんと言うのに……」


と、しきりに何かを言おうとしていた男性が、ようやくそれを形にする。


「あり、がとな……嬢ちゃん……」


先ほどよりも、少しだけ顔色が良く見えた。


「これで、ゆっくり、眠れ、そうだ」

「……はい。たくさん休んでください」


横になった男性からは、すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。

ソフィが安堵と罪悪感を同時に抱いていると、背後から女性の声がする。


「あたしからも感謝させてくれ。そいつは多分、この中で一番重傷だった」


髪を頭の横で括った頑強そうな人物だ。壁にもたれかかり、こちらに微笑む様子からは、この中でも有数の生命力を感じられる。


「これで安心して待てるってもんだ。いつか事態が好転するのをね」

「……どいつもこいつも、夢物語を」

「ああ、そっちの兄ちゃんもさ。あたしから礼を言わせてほしいんだ」


訝しげな視線を向けたグレイザーに、彼女は悪戯っぽく、


「あんた、モリアデスを倒しに行くんだろ? ここから出て、守るべきものがあるって顔してる」

「…………」

「あんたが奮い立たせてくれたから、お嬢ちゃんもやる気になったんじゃないかな。凹凸コンビだけど、あんたら見てると希望が湧いてきたよ」


なんて前向きな人だろう。気勢を削がれたグレイザーは、額を押さえて溜息をつく。


「残念なことに、あたしらは手伝えそうにない。でもこれ以上の治癒はいらないよ。その力は、そっちの男ために使ってやりな」

「わ、わかりました……」

「あんたらなら、やってくれると信じてる」


グレイザーは顎で先を示した。ソフィは頷き、再び彼の後ろに陣取る。


進みだそうとしたところで、女性のやや遠慮がちな声が聞こえた。


「ところでお嬢ちゃん。その格好というか、露出度は、もーうちょっと抑え気味でもいいんじゃないか……?」

「へっ!? いやっ、あの、こ、これは、そのっ……!!」


真剣すぎて忘れていた。薄明りのせいで、牢からはこの姿が丸見えだ。

ソフィが真っ赤になって縮こまっていると、再びグレイザーが溜息をつく。


「────え?」


肩に、ふと温かいものがかけられた。

外套だ。それも、体をすっぽり覆ってくれるほどの大きさで。


「勘違いするな」


一段階薄着になったグレイザーを見て、それが彼の所有物であったことにようやく気付く。


「お前の格好は目障りだ。牢にいた時から、ふざけた姿だと思っていた」

「や、やっ……やっぱり見えてたの!?」


最悪だ。デリカシーも皆無である。


けれど。


「……あ、あり……がとうございます」


ボタンが無く、前までは覆えなかったが、それでも凄まじい安心感だ。

牢の中から女性の楽しげな声が聞こえてくる。


「ははっ、良いもん見せてもらったよ。二人とも、仲良くな」

「う……は、早く行きましょう、グレイザー」

「血迷ったか、先頭は俺だ。罠があったらどうするつもりだ」

「…………はい」


ソフィは外套で口元を覆いながら、早足に進むグレイザーを追う。背後からの視線が生暖かく感じられ、居心地が悪かった。


階段の嵐に一区切りがつき、ようやく休憩が出来そうだと思った矢先。


「あっ」


きゅるきゅると、ソフィの腹の虫が悲しみの声を上げた。思わず前のめりになるが、グレイザー相手に隠し通せるはずもない。


「空腹なのか」

「ぱ、パーティから何も食べてなくて……あ、シュレッケン解放記念のやつなんですけど」


自覚すると余計に力が入らなくなってきた。魔法で水分は確保しているが、体が固形物を欲している。


しかし食料といえば、むしろグレイザーの方が心配だ。食事が提供されたのはだいぶ前であろうし、捕虜達の様子を見る限り、一日一回が限度だろう。


「あの、グレイザーはお腹、空かないんですか?」

「その程度でくたばる軟弱な作りはしてねェ。水だけでどうにかなる」

「や、やっぱり異常……ああ、でも」


ソフィは何とはなしに口にした。


「ライならきっと、同じことができるんでしょうね」


疑問でならなかった。訓練も受けたことの無い弟が、何故あのような人間離れした動きができるのか。逆に何故自分は、最後まで戦えるようにならなかったのか。


今ならわかる。それは努力云々以前に、どうしようもない才能の差だった。ライは天才で、ソフィは戦闘では凡人以下。頭の出来だって彼の方が……


「くだらん」


特に愚痴のつもりはなかったが、グレイザーは以前と同じことを言った。


「お前と奴の違いなどどうだって良い。全ては意思の強さ、それで決まる」

「こ、根性論って感じですね」

「かもな。だが奴とて、お前の魔法を羨んでいたやもしれん。大体、努力という概念が存在する以上、才能なんざこの世で最も信用できん代物だ」


グレイザーの瞳には、かつての彼自身が映っている気がした。


「備わった才を考えたことはない。オレは、ただひたすらに己を磨いた。そしてまだ、皆と同様、道半ばにいる」

「…………」


ソフィは俯き、少し笑う。遠回しな表現の真意を、肌で感じ取ったからだ。

人は人、自分は自分。だから自分なりの全力を尽くせば良い……そう言ってくれているのだろう。


「グレイザー、やっぱり励ましてくれてますよね」

「知らん。好きに受け取れ」

「変な聞き方かもだけど……何で、わたしに優しくしてくれるんですか?」


勇気を振り絞って尋ねる。


それは以前から、心の片隅で感じていたことだった。



「わたしが、リアンさんに似てるから……?」

★読んでくれた皆様へのお願い★


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