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ド田舎の村娘だけど、是が非でも王になりたい!  作者: 今江彰人
第3部 【王を貫けプリンセス】

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8:この時を待ってた

「ライグリッド、お前……なんてことをっ!!」


オーヴェンが叫んだ。無様に喚く弱者を、少年は感情の無い目で見やる。


「うるさいよ。君の言葉は聞くに堪えない」

「っ……!」

「何にせよ、勝負は僕の勝ち。想定外の形だけど、改めて祝おう」


血生臭い里に吹く新たな風に、あどけなき人外の声が乗った。



「ライグリッド・モリアデスによる、偉大なるソールフィネッジの誕生を」



********



冷えた空気を切り裂きながら、少女は宙を舞う。


「あっ……」


霧の海を突き抜けると、初めて外界と出会った。


一面に広がる高原。地平線の向こうに見える村や都市。

そしてはるか遠くに位置しながらも、徐々に大きくなっていく地面。


(怖、い)


既に捨てたはずの命が、訴えかけてきた。


(怖いっ、怖い怖い怖いっっ!! 何で、こんなに高いのっ!?)


お約束の走馬灯は無い。ただ、思い出すばかり。


苦しい事ばかりだった。それでもライとの思い出は、綺麗なものもあった。

訓練終わりに水をくれた。共に学校に通った。悩む自分を励ましてくれた。


(ああ、わたし……)


風圧で体の水分が乾いていく。溢れた涙が一瞬で顔と分離する。


生が躍動するのを感じながら、ソフィは強く自覚した。


(やっぱり、死にたくないんだ)


その時、ふと体が軽くなった。

魔力が回復している。使い果たした力が、永い落下の中舞い戻ったのだ。


「お願い……」


逆さまの状態で、地面に手を伸ばす。


一度くらい、思い通りになってほしい。

例え強くなくとも。人から認められなくとも。死に瀕したこの体を────



「お願い、押し流してっ……!!」



溢れ出る、言いようのない悲しみと共に。



生み出したなけなしの水流は、音を立てて地上へ落下していく。

着水する瞬間。水はちょうど、人間を受け止めうる分厚さとなった。


「あぶっっ!!」


凄まじい衝撃に、意識が途切れかける。


それでもソフィはめげなかった。少しでも里から遠ざかるべく、文字通り自身を押し流す。


「かはっ、はあ、はあっ……!!」


力尽き、仰向けになったソフィが見たのは────濃霧で覆われた、幻想的ともいえる巨大な峰だった。


もう二度と、戻ることのできない故郷。


「あ、うぅ、ひぐっ」


ソフィは泣いた。久しぶりに、人目をはばからずに大声で。



「あうっ、ぐすっ、うああああっっ……」


「────お嬢さん?」



それは軽やかなのに、とても重々しく聞こえる声だった。


頭上に自分より大きな影が映る。見た所、少年だ。


「泣かないで。こんな所にいると危ないよ」


暗くて顔は見えない。少年は軽装だったが、武装していることがわかる。


「はい、これ」

「こ、これは……?」

「オニギリっていうんだ。村では不評でね……でも味は保証する」


助け起こされたソフィは、見たことのない白い塊を差し出される。

導かれるままに、端っこを口に運んだ。


「……お、美味しい」

「良かった」


微笑む少年をよそに、ソフィは小さな塊を夢中で食べる。

不思議と力が湧いてきた。


「どこからか逃げ出した、そんな所かな?」


頷くソフィの頭に手を乗せ、少年はまた微笑む。


「ごめんね、僕には使命がある。君と一緒に行くことはできない」

「使命……?」

「捕らわれた人々を助け出さなければ。でも君が、生きることを諦めないのなら。あっちを目指すと良い」


少年の指先を辿ると、はるか遠くに明かりが見えた。


「シュレッケン。ちょっと過激だけど、綺麗で開放的な街────」

「あ」


その時、里の方から並々ならぬ気配を感じた。


「君の追手だね」

「わ、わたしを探しに……!」

「行くと良い。誤魔化すのは難しいけど、せめて誤った方向を伝えておこう」


少年は里の方へ歩き出した。その背が、自分を守ってくれた大人と重なる。


「あ、あのっ!!」


ほとんど潰れた喉で、ソフィは声を張った。



「ありがとうございますっ!! お、お名前は……!?」



振り返った少年は、どこか寂しそうで。

それでも、どこまでも弟とは対照的な笑みで、言った。


「無垢な君に、どうか見ていてほしい」



里の方から聞こえてきた喧騒は、ソフィがその場に留まるのを許さなかった。


ただ、この日受けた恩を。障害忘れはしないだろう。



「この先きっと訪れる……王になった僕が創る、偉大なる世を」



********



「わたしは進み続けました」


ソフィネア・モリアデスは、ただ淡々と語る。


「シュレッケンに着いても、安心できなかった。死体が無いんですから、ライは血眼になってわたしを探すはずでした」


細い足腰に鞭打って、とにかく遠くへ移動した。物乞いのようなこともしながら、何とか命を繋ぎ止める日々。


ビートグラウズに辿り着く頃には、ソフィは心身共に弱り果てていた。


「そこまで行ったら、目指す場所は一つでした」


辺境を渡り、国境を越える。弟から逃げ続ける道。


「でも、また不安になったんです。ライはわたしの夢を知ってて……あいつなら、国も超えて私を捕まえにくるんじゃないかって」


崩れかけの精神は、限界だったソフィの肉体にも致命的な打撃を与えた。


それは、群都市を出てしばらく経った頃。


「わたしは力尽きました。辺境の村に着くなり倒れ込んだんです。そこで────」


運命の出会いを果たした。


「フレイったら、初対面なのに詰めてきたんです。わたし、テンパって泣いちゃって、しかも違う名前に勘違いされて……」

「…………」

「優しくて、あったかい村でした」


ライグリッドとて、まさか自分が辺境に留まっているとは思うまい。


ソフィは生まれ変わり────エーネことエディネア・モイスティとして、フレイ達と共に生きる道を選んだ。


「生い立ちは言えなかったけど、魔法のことも話しました。せいいっぱいの信頼の証です。フレイ達のためなら何だってできる。居場所をくれた、大好きな仲間達だから……」


それから八年後、ソフィは再び村を出た。

夢を追うために。愛するフレイの望みを叶え、恩を返すために。


そして。



「わたしはまた、全部失ったんです」



鎖が重い。自由でない体に、あの時以上の重みを感じる。


「今でも時々夢に見ます……嫌いな父さんと母さんの、血だらけの姿」


あれは明日の自分だ。シュレッケンは遠く、助けが来ても死に目に間に合いすらしない。ライは謎の力で、一瞬でソフィを運んできた。


「一度は捨てた命です。でも、わたしっ……やっぱり、こんなの嫌ですっ……!!」


もう泣き声も抑えられない。


「ごめんなさいっ……! わたしの弟が……あの日、倒せなかった悪意が。グレイザーの道も阻んじゃった……!」


何度も嗚咽を上げ、肩を震わせる。この場にいない幼馴染の代わりを、敵だった男に無意識に求めてしまう。


彼とて泣きたいはずだ。ライグリッドは、全てを奪うのだから────



「くだらん」



それはいつか聞いた、低く冷め切った声だった。


「……え」

「求めていた情報がまるで無かった。お前の泣き言に、有益な話はゼロだ」

「なっ……!?」


脳が理解を拒んで、溢れ出ていた涙が止まる。


「オレが聞きたいのは、この場所の情報だ。それを、怖いだの失っただの、どうにもならねェ泣き言ばかり」

「だって、さ、さっき……後悔してるんじゃって、言ってくれたから……!」

「傷心中の小娘に合理的になれとは言わん。だが話を聞いてやるからには、役立つ情報の一つでも話すのが筋だろうが」

「────っっ!!」


思わず顔が熱くなる。こんな感情になることはめったになかった。


「誰の、ためだと……!」

「あァ?」

「わたし達がシュレッケンで戦ってたのは、元はと言えば、ぐ、グレイザーのためでもあるからっ!!」


捕虜達が声に反応する。それでも言わずにいられなかった。


「本当はずっと怖かった! でもフレイ達も頑張ってたし、わたしもビートグラウズを助けるために、騒ぎを起こしてまで戦ったんです!」

「忘れたのか? お前らの村も標的の一つだった。群都市が陥落すれば、すぐに奴らの支配下だ! 情報を伝えたのは誰だと思ってやがる!」

「うっ……で、でも、協力するはずなのに真っ先に捕まってるグレイザーの方が、ずっと、ずっとっ……だ、だ、ダサいんだからっ!!」


「そこの二人、うるせぇぞ!」

「ご、ごめんなさいっっ!!」


案の定隣から怒鳴られる。黒いものを吐き出したら、突然我に返った。


相手は豪傑グレイザーだ。フレイの奥義をもってようやく倒せた男である。


(こ、殺されるっ!?)


「……お前は、やはり不思議な女だ」


怯えて気配を消していると、彼は独り言のようにこぼした。


「気弱な癖に、スイッチが入ればあれこれ言いやがる。思えば、オレに最初に啖呵を切ったのもお前だったな」

「い……言い過ぎました、かも……」

「そんな話はしていない。落ち込まれている暇なんざねェからな」


奥のシルエットが、想像していなかった形に変化した。

座っていた彼が、まるでゆっくり立ち上がるような……


「改めて問おう。お前、この場所を知っているな?」


金属が弾かれ、何かがちぎれるような音がした。


(ま、まさか……!)


「エディネア・モイスティ。質問に答えろ」


グレイザーは格子の前まで来ていた。ソフィには到底不可能な動きだ。


彼のように、手足の鎖を引きちぎりでもしない限りは。


「聞いているのか」

「え、あ……し、知ってます。多分、連絡通路を改造したもので……下に行ったら峰のふもとに出て、上まで行けば里に」

「なるほど、な」


グレイザーは格子を掴んだ。鉄が軋み、鉄棒があらぬ形に歪む。


「ここは恐らく中層だが、下方から外気を感じねェ。奴が塞いだのだとすれば、出口は上にしかない」


グレイザーは音も無く前進する。

あっけにとられるソフィの前に、ついに姿を現した。


少し乱れた蒼色の長髪に、所々汚れた衣服。しかしその長身と射殺すような鋭い眼は、紛れもなく自分の知る守護者のものだ。


(いつでも、脱出できたの?)


「お前は……ビートグラウズを救ってくれたんだな」


グレイザーはソフィの格子にも手をかける。


力む様子も見せず、それを左右に引っ張り────



「この時を待ってた」



原型をとどめないほど、乱暴に引き裂いた。


「立て、モイスティ。お前の力が必要だ」

「えっ……?」


差し出された手は、ソフィよりずっと大きく、力強くて。



「あの男を────ライグリッド・モリアデスを。オレ達の手で打ち倒すぞ」



意味がわからない。


ライグリッドは化け物で。

自分を殺そうとしていて。

誰よりも強くて。


しかしここにいれば、自分に未来は無くて。


「…………」


グレイザーはソフィを見ていた。ソフィもじっと、彼を見返す。


守護者であり侵略者でもある、カリスマ溢れるこの益荒男が。

何故か、フレイの影と重なった気がした。


きっとそれがきっかけだったのだろう。



全てを諦めかけていたソフィが、恐る恐る彼の手を取ったのは。

★読んでくれた皆様へのお願い★


こんにちは、今江彰人です! 本作を少しでも面白いと感じて頂けたら、


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を是非よろしくお願いします! 強いモチベーションに繋がります!!

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