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ド田舎の村娘だけど、是が非でも王になりたい!  作者: 今江彰人
第3部 【王を貫けプリンセス】

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6:約束を果たせ

「里を出る前の二年間は、正直あんまり覚えてないです」


静かに耳を傾けるグレイザーに、ソフィは自嘲する。


「でも一つ確かなのは……あの瞬間から、わたしの立ち位置が決定づけられたってことです」



********



一家のライを見る目が変わった。双子の姉は、この上なくそれを実感していた。


暴力事件は、結局お咎め無しだった。喧嘩を吹っ掛けたのが向こうだったこと、ソフィやライに非は無いことを、何と彼ら自身が証言したのだ。


「ソフィ、もう少し速くね」

「は、はい」


魔法の訓練と並行し、週に数回は武術の稽古も行われる。

しかしそこに以前ほどの真剣さは感じられない。


実力主義のソールフィネッジだが、唯一首領のみ長子が後を継ぐ決まりだ。

だがその制度が撤廃されたなら……両親が何と言うか、考えるまでもない。



ついに頭角を現した、のちに「人外」と称される少年ライグリッド。


彼を前に、ソフィはとうとう一切の期待をかけられなくなった。



「……付いてこなくて良いって、言ったじゃないですか」


あくる日の下校時。二人は里の外れに買い出しに来ていた。


「二人で行った方が早く終わるじゃないか」

「頼まれたのはわたしです。ライは……帰ってゆっくりしてて」

「またまた……あ、そっかぁ」


ライは何かに合点したように手を叩く。


「ソフィ、照れてるんでしょ。もう弟と一緒に歩くのは恥ずかしいんだ?」

「…………そう、です」


思わぬ返答に驚く彼に、ソフィは恥辱にまみれた顔を向けた。


「何故です……今日、何で棄権したんですか」

「え?」

「体育の試合の話ですっ! みんなの前であんなことっ……!」


本日、全クラス総当たりの模擬戦大会が行われた。


事件は終盤に起きた。目にも留まらぬ早業で同級生を下してきたライは、ソフィとの一戦が始まるや否や、突如棄権したのだ。


「だって、未来の首領に膝を付かせるわけにはいかないでしょ」

「そ、そんなことしなくて良いッ!」


皆の冷ややかな目。思い出すだけで震えが止まらない。


「見学しなくなってから長いこと経ってるし、みんなわかってるんです。ライがわたしより……この里の誰よりも、信じられないくらい強いって! なのに今日みたいなことされたらっ、わたし、恥ずかしくて……!」

「…………」

「わかってます、こんなのただの言い訳だって。弱い自分が悪いんだって……! でも、わたしだって今まで頑張ったんです!!」


拍子に飛んだ唾が、ライの頬にかかった。しかし彼は拭いもせず、ぼうっと立っている。


まるで、何かに魅入られたかのように。


「……お願いがあります」


ソフィは少し頭を下げながら、切実な声で言った。


「父さんと母さんを説得してください。次の首領はライが良いって。しきたりは、ここで変えれば良いんだって。この里は実力主義なんだから……きっと、ライがやった方が丸く収まるんです!」


自分には耐えられない。

もはや何の期待も希望も無い訓練を続け。後ろ指を差されながら、相応しくもない首領の職に就くことなんて。


そんな悪夢よりも、ソフィにはやりたいことがあった。


「ライ……前に夢を話したの、覚えてる?」

「うん、覚えてるよ」

「治癒師になる……怪我をしてる人のところに行って、お医者さんとは違うやり方で傷を治す……そんな、人の役に立つお仕事をしたいんです。だから」


口にしたことで、ソフィの決意はより強固なものになった。


「ライ。わたしはいつか……この里を出たい」

「え?」


彼は意外そうに目を丸くした。


「留学っていうのを、してみたいです。も、もちろん、そんな怖いこと向いてないのはわかってます。でも、いつかもっと勇気を出せたら……頑張って、知識と魔法を磨きたいんです」


それは漠然としていたソフィの夢が、現実的な形になった結果だった。



「だからライ、お願いします。私に力を貸してください」



ライグリッドは微笑んだ。ソフィは食い入るように弟を見つめる。


「しっかり考えたんだね、ソフィ。夢が具体的になってて良いじゃないか」

「! じゃ、じゃあっ!」



「でも、ダメだ」



ライはソフィの頭に手を置いた。赤子をあやすように、撫でる。

思わず身震いした。断られたショックよりも、何よりも────


下手な動きをしたら、頭を握りつぶされてしまいそうだったから。


「ソフィ、君は首領になるべく生まれた存在。覆すことは、許されない」

「だ、だからっ、ライが説得してくれれば!」

「僕は長子じゃない。許可無く父さん達に意見することは許されない」

「っ……!」


たまらず手を振り払う。後ずさったが、ライは一瞬で距離を詰めてきた。


息を呑むと同時に、背中に固いものが当たる。



「見えるかい、この世界が。霧に覆われた、|我らがソールフィネッジ《君の王国》が」



導かれるように振り向く。ソフィがもたれかかっているのは柵だった。


落ちれば二度と戻ってはこられない絶壁。夕日に照らされながらも、外界の一切を遮断する濃霧。


(高い……っ)



そこにある全てが、少女の未来を阻む。



「君は最強になるんだ。そう定められているんだよ」


ライはソフィの顎に手を当て、たしなめるように言った。


「な、何ですか……最強、最強って。そればっかり……」

「ただ僕は、()()()()()()()()()()を望んでいるだけさ」


変わらぬ微笑がそこにある。もう、肉親の笑みには見えなかった。


「父さん達は、幼い僕らに言った。ソフィこそが里を導く者。強くなくちゃいけなくて、弱い人間に価値なんて無いんだと」

「…………」

「この世が信頼で動いているのなら……言葉通り最強の首領を造り上げ、弱い人間を排除するのが筋だ。有言実行こそ、長にに求められるものなんだ」


だから、それを遵守するために動いているというのか。


ソフィは知っていた。彼は機会があるなら、自分が長になっても良いと考えていたはずだ。でなければ、ライウ王子にあんな質問はしないだろう。


けれど何よりも、ライグリッドは約束が果たされることを望んでいる。その執念がどこから来るのか、当事者たるソフィにも推し量ることができない。


「心配しないで、ソフィ」


ライは体を離し、こともなげに言う。


「僕が君を全力でサポートする。治癒師になるのも後で良いじゃないか。父さん達の理想を果たそう。そうじゃなきゃ……意味が無いじゃない」


ソフィはその場に崩れ落ちる。

ライは満足げな表情をすると、踵を返して歩き出した。


(わたし……どこで、間違えちゃったの?)



考えても、答えは出なかった。



********



それは二人が十歳を迎える晩の事。


「二人に大事な話がある」


ここ二年で、父は少し顔つきが変わった気がする。

荘厳な戦士の面持ちは消え、悩ましい表情をすることが増えた。


「ソフィ。悪いが、食材を買いに行ってくれるか。ライに先に話しておきたくてな」

「わ、わかりました」


ただならぬ雰囲気だが、説教の類ではなさそうだ。

何かが変わる予感を覚えつつ、ソフィは外に出る。屋内には両親と、不思議そうな顔をしたライが残された。


「どうしたの、二人とも? 真剣な顔だねぇ」

「本題から言おう」


両親は息子を見据え、秘めたる思いを解き放った。



「ソフィを、首領の後継者から────」



もしソフィがこの場にいたら、何か変わったのだろうか。


弟の真意はわからない。けれど多分、少しは問答を行ったのだろう。


全てを聞き終えたライグリッドは、居間で二人に向かい合った。


武器も持たず、構えも取らず。



姉とは似ても似つかない、深く暗い嗤いで。



「嘘つき」



物悲しく言った。

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