5:念入りにまいてきた
「嬉しかったよ。ソフィにもれっきとした力があるとわかって」
冷たい夜風を纏い、ライグリッドは熱っぽく語る。
「人知を超えた異能。それこそ父さん達が、喉から手が出るくらい欲しかったものだろうしねぇ」
********
予想通り、訓練の半分以上は魔法の特訓に充てられるようになった。
脳内でイメージを作り、水の流れに身を任せる。治癒の方は、その傷が治る過程を強く念じる必要があった。
ソフィは治癒の方が得意だった。自分にとっては僥倖だったが、両親はそうではなかったらしい。
「お前の力、もう少し強くはならないのか? それでは戦いに活かせまい」
「ごめん、なさい……」
八歳にもなると、ソフィは明確に疑問を抱いていた。
ひたすらに武を求める両親。それを是とするこの里の慣習。
一体自分達は、何と戦っているのだろう。
「ソフィ、良くなってるから心配しないで」
「うんっ……ありがとうございます、ライ」
「それにほら、お待ちかねの時間だよ」
そうだ、くよくよしてはいられない。
「ち、遅刻するっ!」
最近誕生した子供のための教育機関────学校。教員は里の大人達だ。
あれから早二年。第一王子となったライウは、要求を聞き入れた里に報いるべく、約束を果たしてくれた。
通い始めてから既に一か月が経つ。両親から逃れ弟と過ごせる空間は、ソフィにとって貴重なものだった。勉強を楽しいと思うかは置いておいて。
だが、彼は違うらしい。
「あーあ。これに何の意味があるんだろうねぇ」
「ライ、そんなこと言ったって……」
「首領の決めたことは絶対、だろう?」
ライは学校の存在自体に不満があるようだった。
「でも学校が無くたって、僕らは勝手に成長できる。他の子達だって、多少の教育は受けてるんでしょ?」
ソフィほどじゃないかもだけど、と彼は付け加える。自分だけ何一つ施されていないことは、特に気にしていない様子だ。
「それなのに、父さん達は王族の要求を呑んだ。何だかねぇ」
そう言うが、自分があのまま強くなれたかは甚だ疑問だ。
結局ソフィは武術の面では全くと言っていいほど成長しなかった。そもそもアグレッシブなことが苦手だ。
もし、魔法という特別な才が無かったら────そう思うとぞっとする。
「おい、ソフィネア」
ある日の下校時間。二人で帰路に着くソフィに声がかけられた。
「お前、未来の首領なんだろ? 俺と勝負しろよ」
「……え?」
振り返ると、クラスメイトの男子、オーヴェンとカイルがいた。
「殴り合いでも何でもいいから、相手を倒した方が勝ちな」
「え、え!? 嫌です……!」
「んだよ、負けんのが怖いのか?」
小柄な方────カイルが凄んだ。小柄と言っても自分達より背が高い。成長に恵まれなかったことも、ソフィのコンプレックスの一つだった。
「お前が後を継いだ時にいつでも倒せるよう、今の内に練習しないとな」
「……ねえ、それどういう意味?」
オーヴェンの言葉に、それまで黙っていたライが口を開く。
「つまり長になりたいってこと? 首領に、決闘で勝つことでさ」
「ああ。モリアデスさんには敵わないけど、お前ならぜってぇ勝てる」
「可哀想だよなー。夫婦揃ってめっちゃ強えのに、子供はひょろひょろで」
「魔法だか知らねぇけど、体育でもへまばっか。弟はいつも見学してやんの」
「ッ……!」
恥ずかしさで顔が熱くなる。しかし反論が出て来ない。
やっとのことでできたのは、踵を返し弟の腕を掴むことだけだった。
「い、行こう、ライ」
(ごめんなさい、ライにまで恥をかかせて……)
旨の中でしきりに謝る。素早く歩き出そうとするが────
「疑問でならないよ」
ライは、岩のように踏みとどまっていた。
「見えもしない将来を、そんな風に。ソフィは最強になるんだ。父さん達が約束した。その時、どんな扱いを受けても知らないよ?」
「ちょ、ちょっとライ……!」
そう言われても困ってしまう。が、おろおろすることしかできない。
「今日勝ってどうするの? 気持ち良いから? それに何の意味があるの?」
「こいつ、弱そうなくせに……!」
「じゃあさ────代わりに僕と勝負してよ」
********
「と、父さん、母さんっ!」
家に駆け込むなり、ソフィは大慌てで叫んだ。
「さ、さっきわたし達、男の子に絡まれて……ら、ライが!!」
「?」
「ライが、喧嘩を始めちゃったんですっ!!」
彼に戦う力なんてあるはずもない。弟を案ずる一心だった。
「……なるほど。それでソフィ、お前はどうしたの?」
「えっ?」
「倒してきたのよね? 弟を守るために」
絶句して立ち尽くす。
両親は同時にため息をつき、緩慢な動作で立ち上がった。
「……せめて魔法を使えば良いものを。お前は本当に……」
「あうぅ……ごめんなさい……っ」
母の言葉に深く打たれ、顔を俯かせる。
無論魔法を使おうとは思った。しかしライまで巻き込みかねないのと、何故か彼自身に強く止められたのだ。結局場を収めることもできず、泣きながら大人を呼びに来た次第である。
ものも言えないソフィが次に聞いたのは、父の意外すぎる一言だった。
「まあ、良いじゃないか。ライのことなんてどうでも」
母子共々目を見張る。当の本人は眉をひそめ、困惑顔だ。
「……違う。私ではない」
「こちょこちょ~」
「ぎゃあぁッ!?」
何者かに背後から脇腹を掴まれ、ソフィは悲鳴と共に倒れ込んだ。
「あはは、あははははっ! どう、父さんの声真似似てたでしょ?」
「ら、ら、ライっ!?」
破裂しそうな心臓を押さえながら振り返ると、先ほど別れた弟がいた。勝ち誇ったようにこちらを見下ろしている。
「な、何で、さっき……!」
「何でってそりゃあ、ソフィを追ってきたんだよ」
「あ、あの二人は? 撒いてきたんですか?」
助け起こされたソフィは、彼の全身を見る。幸い外傷は無さそうだ。
「うん、念入りにまいてきたよ。そんなことよりソフィ、訓練はいいの?」
「あっ……」
「そろそろ時間だな」
父は徒労だったと言わんばかりに肩をすくめる。ソフィは気まずい思いをしながら、彼に追従した。
(大事にならなくて良かった……)
帰るのが早すぎないかと思いつつも、彼の無事に安堵する。明日は少し怖いが、教員に事情を話すとしよう。
そうして一日を終えかけていたモリアデス邸は────ある一報をきっかけに、激しく動揺することとなる。
「……それは本当か」
「は、はい。二人とも意識が朦朧としており……」
首領である父に仕えている男性が、玄関先で息切れしていた。
「巡回の者が発見しなければどうなっていたか……ロープでぐるぐる巻きにされて、用具入れに放置されるなんて。しかも────」
全身、傷だらけで。
部下を除く全員の視線が、とある少年に吸い寄せられた。
彼が姉よりも注目を浴びるのは、これで二度目だ。
「どうしたのさ、みんな」
「ライ。まさか、お前が……」
「ん? うん。あ、でも血は流させてないよ。まだ子供だしね」
悪戯っ子のように笑う弟。ソフィは総毛立った。
あの時。あの一瞬で。
ライは、二人を。
「やだなぁ、ソフィ。そんな目で見ないでよ」
そこにあったのは、常々変わらない穏やかな微笑だった。
「教えてあげただけだよ。僕も、モリアデスだってことをね」
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