4:ソフィとライグリッド
僅差だった。双子として自分が先に生を受けたのは、全くの偶然だ。
「ソフィネア・モリアデス。やがて首領となり、王族をも超える実力者となる子だ」
里の名を冠したこの名は、今なおソフィを縛る呪いだった。
「して、こちらはどうしようか」
「私は男児を想定していたから、名前も考えてあるの」
隣で横たわる赤ん坊────ライグリッド。大声で泣く自分と違い、とても安らかに眠っていたという。
生まれながらの性格は、一歳を過ぎる頃には如実に表れた。
「しっかりしろ!」
ソフィはいつも泣いていた。とにかく気が弱く、冒険心が少ない。
「首領たるもの、目下の者に涙を見せて良いはずがない!」
「とー、たん」
ライグリッドことライは、怒れる父をいつも呼び止めた。言語を理解しているかも怪しい年齢なのに、事が大きくなる前に必ず待ったをかける。
「おお、ライ」
溜飲の下がった父は、口角を上げて彼の頭を撫で付けた。
「お前は本当に、泣いた試しが無いな」
天高くそびえる峰を覆う霧が、久しぶりに薄まった日のこと。
「もっとよ、ソフィ! 腰を深く入れなさい!」
「はいっ……!」
一際大きなモリアデス邸。
広大な庭で、四歳のソフィは母と稽古に励む。
「今のままでは同年代にも勝てない。弱い人間に価値なんて無いのよ!」
「……はあ、あっ……」
膝をつき、汗を拭う。もう動けないと本能が叫んでいた。
ソフィは周囲の子より一人回り小柄で、腕力も貧弱。
物心が着く頃には、自分はこの里の「流儀」に合っていないのではないか────漠然とそんな疑念を抱いていた。
それでも。
「ソフィ」
室内に戻ると、いつも彼がいてくれる。
「ライ」
「おつかれさま、これお水。おうえんしてるよ」
「うん、ありがとう」
同じ容姿の双子の弟、ライグリッド。違いは目の色くらいだ。
もっとも、人間性は大きく異なる。泣いてばかりのソフィと違い、彼は本当の意味で静かだった。
跡取りでない彼に訓練は施されない。いつも優先されるのはソフィである。
しかし彼は一度たりとも、不満を見せたことがかった。
「もしライが先に生まれていたら、どうだっただろうか……」
「やめて。姉がこうで、弟に才があるわけがない。この子たちは双子なのよ」
両親の言葉にソフィが傷ついても、ライは表情を崩さない。堂々とした態度が眩しく映り、また、跡継ぎでない彼のことが無性に羨ましかった。
しかし。六歳になったある日、転機が訪れる。
「ソフィ、今日の客人はとても特別な方だ」
ソールフィネッジは、霧に囲われた巨大な峰の上に位置する。来訪者は、内部の専用通路を上ってくるのだ。
そして初対面の相手には、右目を隠すのがこの地の伝統。
武を誇るモリアデスは、片目で相手を捉えられる。そんな意味があるとか。
だが────
「いつもの作法も必要無い。ただ静かに話を聞きなさい」
客間は丁寧に整備されていた。張りつめた空気に、胃をやられそうになる。
「きんちょうしてる? ソフィ」
「う、うん……」
「心ぱいないよ。それと、『おうぞく』って強いんでしょ?」
弟は珍しく興味深そうな顔を覗かせた。
「そんな人にも、おくさない父さんたちを見てみたい」
ライは頭も良かった。使う語彙が大人びている。
医学書を眺める瞬間が最も安らぐソフィだが、未だ意味は理解できない。
「ライが『あとつぎ』だったら良かったな……」
「……そう思うかい?」
そして、時はやってくる。
「お初にお目にかかる」
丁寧に切り揃えられた、鮮やかな藍色の髪。
堂々たる表情をした若い男が、一家の前で挨拶をした。
「テンメイ王太子が第一子。ライウ・テンメイだ」
十代半ばといったところか。
まだ顔つきはあどけないが、見慣れない羽織や凛とした居住まいから醸し出される威圧感たるや。息を呑んでしまうほどだ。
「して、王族の方が我らにどのようなご用件でしょう」
「我が祖父たる現王は、もう長くはない。来るべき王位継承のため、貴殿らには準備をしておいてもらいたい」
ライウ王子が取り出したのは、ソフィには読めない複雑な書類だった。
「この里を今よりも開放し、交易の中間地点としての役割を果たしてほしい。軍を再編する際には、この地の戦士達の力を貸りたいとも考えている」
「ほう」
父は額に指をやった。
「ご命令となれば、無碍にはできません。しかし我らにどのような利点が?」
「立地上、何かと後回しにされやすいこの地だ。様々な権益を約束しよう。また、どうもこの地には教育機関が不足しているようだ」
王子は双子に目を向けた。
ソフィをじっと見て、品定めする素振りを見せた後、再び両親に向き直る。
「ご子息に教育を施す学校、その設立の手伝いをしたい」
学校。何だか心躍る響きだ。
彼の来訪で、何かが変わりつつあるのを肌で感じる。
(もしかしたら……)
ふと、願望に近い疑念が浮かんだ。
(わたしも子供たちといっしょにべん強して、もっと自由に……)
「ねえ、父さん。母さん」
ライが両親の前で言葉を発した記憶は、ソフィ中ではとても古い。
それがこのような公式の場であったので、思わず弟を凝視してしまった。
「ソールフィネッジは、『さいきょうのせんし』の地。助けなんていらないと思うなぁ」
「ライ……!」
「も、申し訳ありません。この子は跡継ぎでなく、教育が行き届いておらず」
ライウ王子は然したる反応を見せない。むしろ、どこか面白そうだ。
「いつも言ってるみたいに、ソフィがさいきょうになれば、学校なんていらないじゃない。なのにどうして……わるくないな、みたいなかおしてたの?」
(か、かおが見えたの……?)
双子は両親より前の位置で座らされていた。振り返るのは許されていない。
「考えがかわったの? それとも────ライウ王子から、ものすごい力をかんじるから?」
両親が身じろぎするのがわかった。ソフィはピンと来ず、ただ首を傾げる。
「すごく伝わってくるよ、ぼくにはないすごい力。そんな王子様に、父さんたちはおそれをなしたの?」
「ライ! 口を慎みなさいっ!」
「構わぬ。そのままで良い」
ライウは優しく目を細める。
「まさか其方に指摘されると思わなかった。其方からは何も感じぬが、私と同類の者を知っているからか」
「うん。すぐ近くに」
ライは目だけを動かしてソフィを見た。王子と両親もそれに続く。
注目が苦手な上、話にもついていけないソフィは、ただ赤面するばかり。
「ソフィネアといったか。何の因果か、王族に欠かせない力の象徴を、其方も持ち合わせているな」
「えっ……!?」
「見た所、水と治癒の魔法だ」
それはソフィにとって、青天の霹靂だった。
「こ、この子が魔法使いだと仰るのですか? この里に魔法使いはいませんし、今までそれらしい能力も見たことも」
「……共有事項ではないのか?」
王子の目が再びライグリッドに吸い寄せられる。しかしそれ以降、彼が口を開くことは無かった。
「ソフィネア、其方は二種の魔法を操れる存在だ」
「あ、あのっ……」
「魔力とは、生まれながらに宿るもの。遺伝的要素はあるが、関わりの無い家系から発現することもある。きっかけがなければ発現しない者もいる」
動悸が収まらない。魔法なんて、御伽話だと思っていたのに。
「魔力の流れを感じろ。水を生み出し、森羅万象の癒し手たる自身を思い浮かべるのだ。理論は後々で良い。いずれそれは、其方の糧となる」
「は、はいっ!!」
会合が終わっても、ソフィはどこか夢見心地だった。
里を去る直前、双子を呼び出した王子は告げる。
「モリアデスの子らよ。其方らは互いに別々の才に恵まれたようだ」
「べつべつの、才……」
「いずれが上に立とうとも、長に相応しい人物として、周囲は其方らを認めるだろう」
ソフィが王子の言葉を反芻している中、ライは上目遣いで。
「ぼくも、ソフィと同じ?」
「見方によってはな」
「そうか、ぼくも……」
空気が少し冷えた気がした。
「ねえ王子さま。ぼくは、強くなれる? おさになれる?」
それは答えの無い問いだった。
「ぼくも強くなったら、勝てるかなぁ?」
「何に対してだ」
「それはもちろん────」
ライグリッドは堂々たる声で言った。
「このよのすべてに」
返答はついぞ無かった。
どこか浮かない顔をした王子は、付き人に連れられ去っていく。
踵を返した弟の袖を、ソフィは急いで掴んだ。
「わ、わたしは……ライがおさでも、いいと思うっ!」
慣れない姉の大声に、彼は驚いたようだった。
「あ、あのね、あのね。わたし、だれにも言ったことなかったけど……ずっと、みんなをなおす人になりたかったの」
「おいしゃさん?」
「おいしゃさんかなって思ってたけど……今日言われた『ちゆのうりょく』って、みんなのケガをなおせるんだって。もっとすごいことができるって」
一生懸命なソフィを、ライは暖かな目で見守る。
「だからね、もし『しゅりょう』になりたいんだったら、いいよ……! わたしもそれがうれしいし、ライのケガはわたしがなおすから!」
弟の第一声は、こうだった。
「かわいいこと言うね、ソフィ」
「ええっ!?」
からかわれているのだろうか。
慌てるソフィの手を握り、ライは幼いながらにしっかりした声で。
「ありがとう。でもぼくはいいよ、今のままで」
「そ、そう……?」
「うん。ソフィがおさのままでも、この里は……ソフィは、さいきょうになれる。やくそくさえはたされればね。ぼくはそれでまんぞく」
少し残念に思いつつ、違和感を覚える。
彼は「強さ」に拘るが、両親のそれとは少し違う気がするのだ。
「まほうは二つなんでしょ? 水の力でつよくなって、ちゆで人をすくう。それでいいじゃないか」
「……うん、そうだね!」
ソフィは明日からの毎日が、明るいものに見えて仕方がなかった。
辛い鍛錬だけの日々は終わり、これからは魔法の修行が始まるのだ。
(がんばろう、ライがこう言ってくれるなら。いい『しゅりょう』になろう)
決意を新たにしたところで、ソフィはわざとらしい咳払いをあげた。
「ライ、これからわたしよりむずかしいことばつかうの、きんしです!」
「何で急にけい語……?」
「な、何となく『しゅりょう』っぽいかなって……ライはかしこいから、わたしがはずかしいの」
「えー」
弟は珍しく不服そうな顔をした。
「にあってないよ、ソフィ。けい語とふつうの言葉がまぜまぜ」
「う、うるさい。ライだって、ゆーっくりしゃべるでしょ」
「ぼくはこれでいいのさ。きみがはげむ姿を、安そくの地から見守るよ」
「?? な、なんか、ずるいこと言われてるのはわかります!」
これが、初めて弟と心からの言葉を交わし、笑いあった日だった。
しかし、有頂天だったソフィは聞き逃してしまう。
「きみたちが……変わらないかぎりね、ソフィ」
迫り来る、崩壊の足音を。
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