2:懐かしき出会いの日
「つ、疲れたっ……!」
「おい、大丈夫かフレイ」
「はあっ、フレイさん、あたしも疲れたけど……い、一緒に頑張ろっ」
「うん……って、エーネじゃないからいつもの流れが無いね」
日が沈んで数刻。終わり無き平原に疲労困憊となり、私は膝を掴む。
振り返ると、そこには私より幾分背の低いキッズが。
「……おかしいよね、パーティの平均年齢が」
「僕に年齢の概念は無いよ」
「あたし? 光銃はいっぱい練習したから大丈夫よ!」
「戦わないんだからな?」
まあ、今更仕方ない。特にマインドが来てくれるのは願ったり叶ったりだ。
そんなこんなで火に当たると、少しずつ体が解れてくる。
しかし心は温まらない。隣に彼女がいないだけで、空気は陰鬱だった。
(水浴び、したいな……)
二人で裸になって大慌てしたあの夜が、遠い昔のようだ。
「ねえ、二人とも」
私達の心情を慮ってか、レトアが小さく言った。
「聞かせてよ、エーネさんのこと」
「え?」
「どんな出会いだったの? 可愛くて、優しい人よね」
「僕も気になる。知らない話、知りたいな」
「あいつのこと、か」
ザンが視線を空に向けた。
「割と見たままだけどな。臆病で鈍くて、心優しい。そんなやつだ」
────『私フレイ! フレイング・ダイナ! そっちのお名前は?』
────『あっ、えっ……ィネ……』
────『エネ? あ、エーネ?』
────『……ぁ……』
────『エーネちゃん、初めまして! ザンっ、何かボロボロの子いるー!』
「駆けつけたら、見たこと無い銀髪の子が泣いてた。急に叫ばれたからな」
「ご、ごめん。今思うと酷いよね」
出身を問われた少女は、ビートグラウズの方向指差した。
大人達はとても驚いていた。当時は治安は良くなく、非力な少女が無事だったのはとても幸運だったのだ。
「結局、エーネはそのまま村の子になったんだけど」
彼女は多くを語らなかった。エーネはビートグラウズ周辺から来た孤児……それが最近までの私達の認識であった。
フルネームを聞くと、彼女は吃りながら教えてくれる。
────『そ……エディネア。エディネア、も……モイスティ』
────『強そう! でもあだ名が可愛いから、エーネちゃん続行で!』
────『改めてよろしく、エーネ』
────『お、教えた意味……!』
エーネはくすくす笑う。笑顔を見たのはそれが初めてだった。
彼女が孤児院に入り、一緒に遊ぶようになった頃。ある事実を告げられる。
────『二人とも、わたしのこと小さい子みたいに扱うけど……ちょっと前に十歳になったんです! だから、一応はお姉さん、というか』
開いた口が塞がらなかった。
その時点で私は八歳、ザンは九歳。エーネはまさかの最年長者だった。
「背は若干エーネの方が高かったけど、痩せててびくびくしてたから、余計年下に見えたのかな」
「そっか。じゃあ、エーネは随分成長したんだ」
「ねえ、どこ見てんのマインド。え、エーネは私より二歳近く上だから────!」
「次行くぞ」
────『誕生日おめでとエーネちゃん! プレゼント買ってくるね!』
────『えっ。あ、ありがとう……! じゃなくて、つ、次が本題なんです』
エーネは青い顔で深呼吸する。
左腕を横に払うと、突如として空中に水の塊が生み出された。
────『わたし、魔法使いなんです』
私は、その澄んだ水に目を奪われる。
────『す、すごいすごいっ!! ザン、見た!? 水の魔法使いだよ!』
────『ああ、驚いたな。珍しいんじゃなかったのか?』
────『た、多分……一応治癒の力もあって……でも全然力は無くて』
────『気にするのそこ? てか二つもあるんだ! あ、私も見てて!』
私は広場の切り株に手のひらを向けた。
────『【走れ炎よ】』
────『ええっ!?』
宙を走る炎。燃え上がった切り株を見て、今度はエーネが声を上げる。
ドヤ顔をしている間に、火は隣の木に燃え移りそうになっていた。
────『あ、やばっ!』
────『このアホ! 村でぶっ放すなって前も!』
────『だ、大丈夫です。ほら……』
水塊が切り株に向けて落ちてきた。即座に鎮火が行われ、胸を撫で下ろす。
────『遠くからもやれるの!?』
────『う、うん……あの、フレイちゃん。ザン君』
エーネは死ぬほど不安そうな顔で、指を擦り合わせながら。
────『わたし、こんななんです。魔法があるのに怖がりで、強くも賢くもなくて……もし二人が嫌だったら、わたしはいつでも────』
私はエーネの手を取る。そこには嘘も駆け引きも一切無くて。
────『嫌なんてない! エーネちゃんは優しくて可愛いくて、良い子だから、良いんだよっ! これから魔法でいっぱい遊ぶの、楽しみだねっ!!』
エーネが泣き出すのに時間はかからなかった。私達は慌てるばかりだ。
「そこからだよ。エーネのほんとの性格が見えてきたの」
「色々収まるんだよな、あいつがいると」
────『水に乗って丘から下る!? そ、そんな怖い遊び絶対やらない!』
────『何故です! 三人もいて、全員料理が下手なんてことある……!?』
────『フレイ、その膝』
────『うん、ちょっとぶつけちゃって。気にしないで』
────『でも、血出てるじゃないですか。ほら、座って?』
エーネは私に寄り添い、そっと膝に手をかざす。
緑の柔らかな感触が、痛む足を包み込んだ。
────『えへへ、気持ち良い……』
────『もう十二歳でしょ、フレイ。気を付けないと』
────『ごめんごめん。エーネが治してくれるから、つい』
────『……普段は水しか注目しないくせに』
仕方ないなという風に笑うエーネ。
それは初めて見た笑みの何倍も眩しく、可愛らしかった。
────『でも、一緒にいて良いって言ってくれたから。フレイの傷は、これからもわたしが治します! 何があっても必ずっ!』
「……会いたいよ」
いつしか頬に涙が伝っていた。
「ふ、フレイさんっ」
「フレイ。ごめんね、泣かせるつもりじゃ……」
「ううん、私こそごめんね。ちょっと弱ってて」
ザンが背中に手を置いてくれる。
涙がこぼれぬよう空を見上げると、満天の星が輝いていた。
「リアンさんを想うグレイザーも、こんな気持ちだったのかもな」
代弁してくれたのはザンだ。彼の手の温もりと、マインドやレトアの暖かな優しさに触れ、本格的に眠気に襲われる。
「そろそろ横になろっかな。体も拭けないし、やることないもんね」
「風呂に拘るあいつの気持ちもわかるな」
「女子としては最悪よ……うぅ、あたしも水の魔法使いたいわ」
「あ、マインド! に、匂いとか勝手に探知しないでね!」
「うん、黙ってバイタルチェックだけするよ」
「だからそれが嫌なの!!」
このしょうもない会話こそ、私が大事にしているものだ。
またエーネに加わってもらうためにも、今は。
今だけは────
「パンパカパーン!!」
それは撫でるような、陽気な少年の声だった。
今にも手を叩きそうな物言いが、夜の雰囲気と合っていない。
「おめでとう、君達は記念すべき人間だ!」
「っ!? 誰だ!!」
弾かれたように立ち上がり、全員背中合わせになる。しかし四方向から見ても声の主は見つけられなかった。
「マインドさん、探知は!?」
「引っかかってはいる。でも途切れ途切れに……」
「【偉大なる炎よ】っ!!」
私が火柱を作り出したところで────
「うーん、そんなに警戒しなくても」
謎の人物が、それまで透明だったかのごとく眼前に出現した。
「ど、どこから……!」
「何でかなぁ。最近みんな、僕を見る目が怖いんだよねぇ」
少年は小柄だった。私より若干高い程度だ。声が高く物言いも子供のようだが、気品のある灰の外套を身に着けており、幼さは感じない。
何より目を引くのは、顔を覆う獣のお面。見慣れない動物を象ったそれは、火柱の残り火に照らされ、あたかも物の怪のような様相だった。
「安心して、僕は危害を加えたりしないから!」
「……君は誰? 目的は」
「決まってるじゃない。PRだよ! 僕らの里は現在、危機的状況なんだ」
彼はふと視界から消えた。その事実に気付くと同時に、背後から声がする。
「悪評が流れてね。人が寄り付かなくなったんだよ」
(い、今の一瞬で!?)
「そこで次通る人を、里に招待しようと思って!」
少年は指を立てた。
「滞在は数日、寝食無料! 帰った後は、里の良さを世間に広めてくれれば良い。楽しそうでしょ?」
彼は再び、私の背後に姿を現す。
「ああ、でも適当に選んでるわけじゃないよ? ちゃんと条件があるんだ」
少年は笑う。どこかくすぐったそうな、不思議と聞き覚えのある声だった。
「お客は、ある程度強くないとね。弱い人間に価値なんて無いし」
夜風が肌に染みる。汗はすっかり引いて、ただ冷たさだけが体を覆う。
「安心して。君達はその条件に合致した! 共に最高の時間を過ごそう! ね……フレイング・ダイナさん?」
「フレイ」
私を正気に戻してくれたのは。
こちらを見ることすらできないザンが、かろうじて発した掠れ声だった。
「逃げろ」
「……っ!!」
「きゃあっ!?」
レトアの手を引いて駆け出す。二人も付いてきてくれることを信じて。
パニックで噴射は行えなかったが、体感は同程度のスピードが出た。
もう眠気は無い。私を突き動かしているのは、本能的な恐怖だ。
(何あれっ、何で、何で……ッ!?)
戦わずともわかる。少年の異常な強さ。きっと私が束になっても、容易に返り討ちにされる。
逃げなければ。今すぐここから離れ────
「傷つくなぁ」
「えっ……」
少年は目の前にいた。全力で走る私の前で、構えも取らずに。
「そんなことされたら、強制的に連れてくしかなくなるじゃない」
空間が歪む。立っていられず、私は思わず地に手をついた。何かに振り落とされそうな気さえした。
次に周囲に現れたのは、先ほどと変わらぬ星空と、四方八方に掲げられた橙色の明かり。
そして私達を取り囲む、里と呼称して差し支えない世界だった。
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