19:警告
「……家族と向き合う、か」
レトアが去り、会場の空気が落ち着いた頃。
どこか上の空で、銀髪の幼馴染はそんな風にこぼした。
「エーネ?」
「あ……何でもないです。えっと、飲み物取ってくる」
エーネはそそくさと歩き出した。心なしか、少し疲れているような顔だ。
(まあ、激動の日々だったもんね。それはそれとして……)
村を出て以来ずっと一緒だった彼女の目が、ようやく離れた。
今こそ、千載一遇の好機。
「ザン、ザンっ」
私は義兄の際どい腰布を引っ張る。
「頼むからそこはやめてくれないか? どうしたんだよ」
「私、ちょっと出かけてくる。エーネが戻ったら誤魔化しといて」
「どこ行くんだよ。その……ヘソ出しのままでか?」
「う、うるさいっ! 決まってるでしょ!」
まさか忘れているのか?
「もうすぐエーネの誕生日! プレゼント!! 今買わずにいつ買うの!?」
誕生日。その刺激的なワードに、ザンが珍しく青ざめた。
「ま、まずい……フレイ、俺も一緒に」
「ダメ! 二人で抜けたら怪しまれるじゃん!」
「くっ、時間的に今夜は無理そうか……」
全く、これだから男子は。
マインドにも一言伝え、私は会場を抜け出した。
体を前のめりにしながら街を巡る。やはりかなり恥ずかしいが、彼女の喜ぶ顔を思えば……!
戻ってくる頃には、すっかり宴もたけなわだった。
「お待たせ! ごめん長くなっちゃ────って、どなたですか?」
フードを被った不審者が二人、料理を手に皆と会話していた。
隙間から覗く薄紫色の髪を見とめ、呆れ返る。
「あ、フレイ! 心配しました」
「ごめんごめん。えーっと、何をしてたかっていうとね……」
説明する前に、エーネは心配そうに私の胴体に目をやった。
「お腹壊したんですよね? そんな格好だし……今夜はあったかくしてね」
「え!? う、うん、ありがとー……」
(ザン!? 適当すぎでしょ!!)
「すまん……全然思い付かなくて」
「ちょっとちょっと」
結局無視を決め込んでいると、不審者の方から話しかけられた。
「何シカトしてんのよ」
「な、何か気まずくて」
「こっちはあんた達に会いに来たの!」
声を潜めるマニー・エーションは、不満を垂れながら肉を頬張った。妹も黙々とサラダを食べている。久しぶりのご馳走なのかもしれない。
「ちなみにどうやって脱出したの?」
「お姉ちゃんが、看守を色仕掛けで。文字通り一肌脱いだ」
「それが科学者のやることかよ」
「使えるものは何でも使うのよ。あたしったら、美貌にまで恵まれたの」
マニーはローブ姿だが、それ越しでも優れたプロポーションが見て取れた。
癪なので言わないけれど。
「そんなことよりダイナ、あんたも答えなさいよ」
「何を?」
「『恋愛事情』よ。ちょうどその話になってたの。誰かと付き合ったこと、ある?」
「え、ええっ!?」
いきなり何を聞いてくるのだ。
「付き合うって、その、デートとかする……みたいな?」
「あんたいちいち確認するわね。それ以外に何があんのよ」
「……それは、無いけど」
小声で答えると、マニーは勝ち誇ったような顔になった。
「あら、そう! じゃあんた達全員、何もかも未経験ってわけね!? へぇー、そう! まあ、お子様だししょうがないわね!」
「何で君が王子と付き合えたのか、僕は疑問でならないよ」
様子を見る限り、全員同じ質問をされたらしい。こっぴどく負けた意趣返しに、回りくどい嫌がらせをしてきているのだろう。
……多分、本来は無害な人なのだろうとは思う。
「とはいえ、キスくらい経験しておかないと後で苦労するわよ? 流石にそれくらいはあるわよねぇ?」
わかりきった問いを繰り出すマニー。エーネは恨めしそうに口を結び、マインドは肩をすくめる。
一方────思い切り動揺した私は、自分でもわかるくらい真っ赤になって唇を押さえた。
「……えっ?」
三人の声が重なる。
「……………………あるわけ?」
「ど、どういうことっ!?」
凄い勢いで、エーネとマインドが同時に掴みかかってきた。エーネはともかく、マインドの鉄製の手は普通に痛い。
「え、えっと、その」
「だ、誰と!? 村の誰かですか!? ま、まさか、まさかっ……!?」
「興味ある。すごく興味があるよフレイ。ぜひ紹介してほしい!!」
「そ、そうじゃなくて……!」
というか、恥を忍んで初恋の人の話をしたのに、何で気付かないの!?
「な、何よ、やることやってんじゃない。ふふ、反応的に相手はあんたね?」
「……ノーコメントだ」
ザンは全員から顔を背けている。
「ざ、ザンですか!? やっぱり好きなの、フレイ!? こ、転んで口が当たったとかは無しだからね!!」
「エーネってほんとに鈍ちんだよね!! 終わりッ! この話終わり!!」
たまらず強引に締めくくってから、私は二人を引き剥した。
「それより二人とも! こんな話のために来たんじゃないでしょ!?」
「そうだよ、お姉ちゃん」
心底興味無さそうに野菜を頬張っていたピューレが、ようやく口を開いた。
「フレイング・ダイナも、戻ってきた。そろそろ本題に」
「……そうね」
ニヤニヤしていたマニーは、打って変わって真顔になる。
空気が一変したのを察知し、ようやくザンも振り返った。
「単刀直入に聞くわ。あんた達、これからどうするつもり?」
それは復興作業の最中、私なりに考えていたことだった。
マインド・ダイナの意思を継ぎ、偉大な存在────王になる。
それが私の至上命題だった。目的を偽って村を飛び出し、グレイザーの殺害を目論んでいた。
けれどもう、わかる。私は道を誤った。
無論、王になる夢を捨てたわけではない。
けれど、エーネの涙、ザンの告白────夢にまで見た少年と同じ温かみが、過ちに気付かせてくれた。私は行き過ぎていたのだ。
ザンは薄々勘付いていた。けれどエーネは未だに、無垢な私を信じている。
謝らなければ。恐怖を押し殺してここまで付いてきてくれた、健気な幼馴染に。安心できる村に帰って、またお泊りでもしながら。
けれど────
「グレイザーを、助けに行きたい」
たった一つだけ、私には仕事が残っている。償うための仕事が。
何者かに連れ去られた本来の協力者、守護者グレイザー。彼の安否は依然確かめられていないのだ。
「やっぱりね」
「ゼノイさんが言ってた『王都方面の脅威』とか……マインドの話も考えると、居場所は大体わかるよ」
ここから更に北にある大地────
「『烈嶺』ソールフィネッジ。グレイザーは、そこで捕まってるんだよね?」
ふと、エーネが身じろぎした。安心させるため、その手を握る。
「まずは明日、エルドさんと話し合う。作戦とか決めて、必要だったらハンガーズと一緒に行くよ」
「フレイ……」
「あ、もちろん行きたい人だけね? みんないっぱい戦ったし、何だったらこの街で遊んでても────」
「やめなさい」
マニーの声は、本気で私達を案ずるものだった。ピューレも既に皿を置いている。
会場の喧騒が、一瞬別世界のものに思えた。
「群都市やここを、火の海にされたくなければ……あそこに近づくのだけは、絶対にやめなさい」
「それは、危険だからってこと?」
「ええ、そうよ704。でも再起動されたあなたは知らない。今、奴の危険度は……かつてないレベルに引き上げられた」
彼女の言には、王都を知る者としての重みがあった。
「ブレイン砲は元々、奴の襲撃に備えて作ったわ。設計では何倍も大きかったけど、人手が足りなくてね」
「奴って……?」
「ソールフィネッジ────陸の孤島に居を構える、戦闘民族の里。長が世襲制なこと以外は何もかもが実力主義で、ついた呼び名は『烈嶺』」
乾いた息を吐くマニーのこめかみを、一筋の汗が伝った。
「全てを統べる若き首領────ライグリッド・モリアデスは。たった一人で王国軍を壊滅させた、まごうことなき『人外』よ」
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