18:レトアの未来
「で、何!? この衣装!!」
パーティ参加を表明した翌日。
私は貸し出された衣装を身に纏い、戦慄していた。
布の質感や艶やかな黒味は、完全に高級ドレスのそれだ。ただ、胸下から下腹部までを大きく露出させた、謎のセパレートでさえなければ。
「お、お腹丸出しじゃん……え? これで出るの? みんなの前に?」
「何故です……こ、こんなの何かの間違いじゃ」
薄水色のミニドレスで縮こまるエーネは、いつも以上に清楚で可愛らしい。
こちらも局部以外のあらゆる部分が薄く透けていなければ、最高なのに。
「おい、着替え終わったか」
「ざ、ザン! 私達は欠席────ぶっ!!」
生気の無い声で部屋を訪れた義兄に、私は久方ぶりに噴き出した。
無理もない。彼は腰に極薄の布を巻き、謎の装飾を身に着けた以外は、生まれたままの姿だったのだから。
「ひ、酷すぎる……!」
「ああ、ここは蛮族の街だ。何が『若者は大体こんなです』だ」
「みんな贅沢だなぁ」
と、最後にやってきたマインドが、酷く無機質に言う。
「……何ソレ。りんごの……被り物?」
「機人は目立つから、仮装パーティと勘違いしたことにほしいって。これが人間界名物、差別か」
「ど、どんまいマインド……」
どんマインド、と口にしようとしてやめた。私はおかしくなっている。
「だが、出ない訳にもいかない。レトアに頼まれたんだろ?」
「そ、そうだよね」
私は意を決して、気配を消しているエーネを引っ張り上げた。
「やっ、ちょっと!!」
「あ……おへその形が結構くっきりわかるねそれ。一応布で隠れてるのが余計やらしいっていうか」
「さ、最っ低! そのコメントが一番やらしいです!!」
一悶着ありつつも、重い体を引きずって訪れたパーティ会場。
扉を開ける前から、人々の濃い熱気が伝わってきていた。
「す、すごい……!」
怨念渦巻く死都から一転。
再興を果たした『歓楽都市』シュレッケンは、活気と彩りに満ちていた。
「頑張った甲斐あったね、みんな!」
驚異の肌色率からは目を背けつつ、私達は喜びを分かち合う。こうなったらせめて楽しまなくては。
皆と別れ、ご馳走を物色するべく棚へ向かった私は、
「ん?」
壁際でもたれながらジュースを飲む、痩せこけた少女を見つけた。
「……あの子って」
「ああ、ベネツィアだね」
隣に来ていたリンゴ頭が小さく言う。明らかなイロモノは、同じくらいの身長の子供達にちょっかいをかけられていた。
レトアをいじめていたという少女、ベネツィア。解放されても栄養状態は簡単には戻らず、遠目でも哀愁漂う姿だ。
「僕達が無理に話しかける必要はないよ」
「……うん」
気を取り直して辺りを見回すと、料理を吟味するザンとエーネが目に入った。
「あ、エーネが」
「ベネツィアの方に料理を持って……転んだね」
「あああっ、もう、鈍臭い!」
ここでも無類の優しさを発揮した結果、注目を浴びて死にそうになっている少女の方へ急行する。ザンも苦笑しながら寄ってきて、結局また四人で集った。
ややあって、パーティも盛り上がってきた頃。
「ただいまロベインさんが到着しました! ここで、事件解決の功労者である方々を改めて紹介したいと思います!」
進行役の大声に、私はグラスを落としかけた。
「群都市から派遣された、ハンガーズの精鋭四人! フレイング・ダイナさんご一行です! 大きな拍手を!!」
ぎょろりという擬音で表せそうなほどに、無数の視線が私達に向けられた。
エーネがパニックになって、マインドの頭に隠れる。一方の私とザンは、もう諦めムードで料理を頬張っていた。私は一応、お腹は隠すけれど。
「てか、勝手にハンガーズにされてるね」
「まあ、魔法使い二人いるしな。色々面倒だろ」
「な、長い、拍手が長いですっ……!!」
「エーネ、多分僕を抱いてるから余計注目浴びてる」
「それではこれより、有志の持ち込み企画! まずは、学園の生徒達による奇術ショーです!」
料理棚が移動させられ、会場の中心に大きな広場ができる。
颯爽と現れた少年少女を、一同は拍手で迎えた。
「何あれっ!? す、すごいですっ!!」
「い、今のどうやったんだ……!?」
奇術ショーに続き、音楽隊や芸人など、様々な集団が一夜に華を添えていく。
(楽しいっ……! パーティってこんななんだ!)
奥のレイティも満足げだ。群都市から始まり、締め括りにはこれ以上ないイベントである。
「あの姉妹は無理でも、レトアは来られれば良かったのにね」
「そういえば……昨日ああ言ってたし、どこかにはいると思────」
私の言葉は最後まで続かなかった。大盛り上がりだった会場の喧騒が、水を打ったように静まり返る。
広場の中央に、黄色いドレスを纏うレトアが歩いてきていた。皆のようにえげつない衣装ではなくて安心したが、遠目でも緊張で青くなっているのがわかる。
「つ、次の演目は……レトア・ロベイン、歌唱披露です」
気まずそうな紹介を受け、レトアはおずおずと礼をした。
「こんばんは。事件の主犯、毒刃少女の一人……レトア・ロベインです」
どこかで舌打ちが聞こえた。会場に負の波紋が広がっていく。
「今夜は、決意表明のために来ました。迷惑をかけた皆さんに、最後の挨拶をと思って」
憤り始めた民衆を前に、母レイティは唖然としていた。どうやら知らされていなかったらしい。
「う、歌を歌います。罪を償って、私は将来、本当の夢を叶えて見せるから……そのことを、お伝えするために……」
「ふざけんなっ!」
誰かの怒号が飛んだ。レトアは身を縮こめて怯む。
一度は母に守られ、一定以上の批判を浴びなかったレトア。それでもこうして、剥き出しのまま公の場に立った。
きっとこれは彼女にとって必要なことだったのだ。それなのに────
「待って」
身を乗り出した私とエーネを、マインドが手で制す。
「でもっ!」
「僕は信じたい。生まれ変わった彼女の強さを」
ザンも同じ考えのようだ。慈悲深き濁声に諭され、目を閉じて頷く。
レトアが今にも泣き出しそうになっていると、
「相変わらずダサいわね」
その異色かつ冷徹な言葉に、罵倒を繰り返していた市民は一斉に黙った。
「指導者の娘の癖に、なってないわ。恥ずかしくないのかしら?」
「ベネツィア……っ!」
壁にもたれたベネツィアが、グラスを片手に無表情で煽る。レトアが涙目で睨みつけると、彼女は呆れたように肩をすくめて、
「私が言ってるのは、あんたの服の話よ。色気の欠片も無い。みんなもっと派手で、露出もたくさんしてるわ」
そこで多くの人間が首を傾げた。
何故ならそう言う彼女も、露出という露出は全く無い。
「あ、あなたこそ、全然肌を出してないじゃない」
「あら、私はこれで良いのよ? 恥ずかしいし。みんな躊躇い無く肌を見せるけど、正直気が知れないわ」
会場の女性陣がひそひそと感想を言い合っている。私とエーネは、今一度顔を見合わせて赤面した。
「あ、あたしも、なんだけど」
やや遠慮がちに、しかしはっきり口にしたレトア。
「肌を出すのは恥ずかしいし……こういうのが好みなの」
「ふーん。ならあんたはそのダサい服、自分の意思で着てるわけね」
ベネツィアは一泊置き、目を細めて。
「じゃあ、もっと堂々としたら?」
その淀みない声に、レトアは小さく息を呑んだ。
「にしても私の考え、あんまり共感されなかったけど。理解者もいるのね」
「そう、ね。マ────母にも言ったことないから、あたしもあなたが初めて」
「あっそう。じゃあ、初めて気が合ったわね、ロベイン」
何でも無さそうに行ってから、少女は重い体を起こす。
「誰かさんのせいですこぶる体調が悪いけど、あたしなりにパーティを楽しんでたのよ。それをこんな空気にして……わかってるんでしょうね?」
「…………」
「どうせなら良い歌で盛り上げてよ。いつもの辛気臭い顔はうんざりだわ」
「……望むところよ。このために、オリジナル曲を急遽改変してきたもの」
自分の言葉で踏ん切りがついたらしい。
レトアは深く深呼吸し、声を張った。
「聞いてください! 『毒の道を越えて』!!」
それは印象に反し、とても明るくノリの良い曲だった。
村の渋い歌謡しか聞いたことのなかった私は、足踏みしたくなるリズムに一瞬で心を奪われる。野次を飛ばしていた者も、次第に音に魅入られていく。
希望に満ちた歌声が会場を包んでいった。まるで、伝染する毒のように。
圧倒的な魅力を持つ、未来の歌い手たる少女の姿が、そこにはあった。
(ねえ、マインド)
私は密かに涙ぐみながら、心の中で泣いた。
(この光景を守れた私は……ちょっとは、偉大な存在に近づけたかな?)
やがて、誰もが夢中になった時間が終わる。
皆は拍手のために手を掲げ、固まった。罪人である彼女を賞賛しても良いのか、揺れていたのだ。
椅子を蹴り倒して立ち上がったある人物が、腹に轟く大声を上げるまでは。
「最高でした、レトアっ!!」
「うえっ!? ま、ママっ!?」
娘が死ぬほど赤面したタイミングで、嵐のような拍手が巻き起こった。
私達も力の限り手を叩く。ベネツィアも無表情のまま、惜しみない拍手を送っていた。
「っ……みんな、ありがとうございます!」
レトアは赤い顔のまま、腕を振り上げて叫んだ。
「あたしは逃げないっ! 自分の罪からも、家族と向きあう事からも……将来からも! だからどうかっ……いつかまた、あたしの作った歌を聞いてくださいっ!!」
熱気の渦に呑まれた会場を、レトア・ロベインは後にする。
去り際の彼女が私達に向けたのは、弾けんばかりの眩しい笑顔だった。
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