17:覗き大チャンス!?
「あーっ、生き返るっ!!」
ついに復旧した大浴場。功労者の私達は、何と貸し切りで入浴していた。
湯気の漂う温かな空間に、早くもリラックスしたエーネは体を伸ばしきっている。
「もう、エーネ。お風呂入る度に同じようなリアクションして」
「勘違いしてるかもですが、わたしはお風呂が好きっていうより、綺麗になれるのが気持ち良いんです。ほら、フレーも早くこっち来────」
言いかけて、エーネは瞬時に言葉を止めた。
「どうしたの?」
私は軽やかに尋ねる。男湯との壁の前に膝をつき、じっと奥を覗き込みながら。
「ふ、フレイっ!? 何やってるの!?」
「しーっ! エーネ、ここ壁薄いから!」
「ご、ごめんなさい────じゃなくて!!」
全く、見ればわかるだろうに。
「覗きに決まってるじゃん」
「え、毒で倫理観やられちゃったの……?」
何とも失礼な物言いだ。私はため息を付いて、手をわななかせる少女に向き直った。
「じゃあ、エーネは興味無いって言うの? あの服の下」
「……は!?」
「私は超気になる。今くらいしか見る機会無いよ!」
「い、いや、それはそうかもだけど……」
「だって、外で脱いでもらうわけにはいかないでしょ?」
「……っ、だ、ダメ!! 欲望に従うだけじゃ世の中は回らないんです!」
強引に壁から引き剥され、湯に連れ込まれる。私の肩を一生懸命掴むエーネの顔は、何故か茹で上がっていた。
「い、良いですか、フレイ。わたし達はその……そういう、せ、せっ……性欲と、向き合っていかなきゃなんです」
「せ……う、うん」
「わたしだってザンというか、男の人の……に興味ないかって言ったら……その、アレですけど……でも人として覗きなんか!!」
「あのー、エーネ?」
歯切れの悪い年上の肩を、優しく掴み返す。彼女は割と華奢だが、相変わらず触り心地の良い柔肌だった。
「私、マインドの体の仕組みが気になって」
「……えっ?」
「ほら、一応服着てるし。でもごめん、エーネの言う通りだね。気にしなさそうって思ったけど、見られて嫌かは別かもしれないし」
などと私が言い終える頃には、エーネは顔を覆って湯に沈みかけていた。
「あ、でもそう思うのは全然普通だと思う! 私は、昔ザンとセットでお風呂入れられてたから、思い付かなかっただけで!」
「う、ううううっ……! でもフレイだって、寝顔とか裸見られるの恥ずかしがってたし、そういう気持ちはあるってことですよね……!?」
「ま、まあ。でも私は兄妹だし……」
「義兄妹です!!」
私がザンに興味?
そんなわけ。思春期を越えたら兄妹でも裸の付き合いはしないものだ。
それに私は、今でもマインドが────
────『愛している、フレイ。お前を心から大切に想う』
「……………………え?」
「ふ、フレイ? 何ですかその反応!?」
「……う、うるさい。うるさいよっ! こ、このっ!」
「いひゃっ!? やっ、くすぐっ、どこ触ってっ!?」
私は混乱状態のままエーネに飛び掛かった。お互いに湯を跳ねさせながら、ちょっとだけムキになってじゃれ合う。
そんなこんなで収拾が付かなくなっていた折、
「すごく平和で、生産性の無い会話」
湯船の奥から、抑揚の無い声が聞こえてきた。
「え、この喋り方……!」
「私、私。ピューレだよ」
タオルを乗せたピューレ・エーションが、こちらに水平移動してきた。
一体いつからいたのだろうか。
「な、何の用? てか留置所にいるはずじゃ」
「レトアが、ロベインさんに掛け合ってくれた。何とかお風呂の権利は獲得」
これはレイティが甘いのか、それとも娘の押しが強かったのか。
「二人に伝えようと思って。私達の、これからについて」
すぐに本題が切り出された。ピューレは神妙な面持ちだ。
「死者がいないから、多分極刑は免れる」
極刑回避。つまり、死にはしない。
顔を見合わせた私とエーネは、同時に脱力した。
「良かったね……おめでとう、って言えばいいのかな」
「ありがとう。でも私達は、もう犯罪者。研究者には戻れない」
「…………」
私は二の句を告げなかった。
これだけの事をしたのだから、当然の報いだとは思う。だが、二人の科学者としての人生を完膚なきまでに潰したのは、私達だ。
「でもお姉ちゃんは、諦めてない」
自らを鼓舞するように、ピューレは語調を強めた。
「きっとまた王都に返り咲いて、ライウさんを見返すって息巻いてる。牢屋でも、頭の中でたくさん研究するって」
「マニーが……?」
「うん。だから、私もめげない。お姉ちゃんを支えるって、決めたから」
健気な妹は、お湯の中で両の拳を握った。
「フレイング・ダイナ、あなたを恨む気持ちもあった……でも」
「え?」
「今、お姉ちゃんは笑顔。だから平和に終わらせてくれて、ありがとう」
「……うん」
私は目を伏せて頷く。それ以外の言葉は必要無かった。
「じゃあ、のぼせたから出る。バイバイ」
「って、早!? ちょ、ちょっと待って!」
さっさと立ち去ろうとしたピューレを、私は慌てて引き留めた。
「お姉さんはどこ? いや別に会いたくはないけど、話くらいは……」
「ああ、お姉ちゃんなら、こっちじゃなくて────」
「見つけたわ、704!! ついでにセイヴィアも!!」
突如、壁越しに甲高い声が響き渡った。無論思い出すまでもなく、聞き覚えがある。
「見なさい、お腹のここ! あんたに落とされたせいで痣になってんのよ!」
「直接当てなかっただけマシだと思ってよ。僕の倫理プログラムに感謝して」
「まあそれはそう────あら、セイヴィア。ライウほどじゃないけど、あんたも結構良い体してるのね?」
「寄るな毒刃少女! 何で男湯に入って来てんだ!!」
もっともな問いに、壁越しのマニーはしれっとした声で答えた。
「この街に男湯なんか無いわよ? あるのは女湯と混浴だけ」
「えっ?」と、ザンと私達の声が重なる。
「開放的な街なのよ、色々と。パーティの衣装とかもすんごいわよ?」
「……おいマインド。早くこの痴女を滅してくれ」
「はーい。【波電麻痺────」
「やめい!! 感電死するでしょ!? ほんとなんだって!!」
お姉ちゃん相変わらずだな、と言って、ピューレは笑った。
その後しばらくして、私達も上がろうとしたところで……
「! レトア」
「あっ……こ、こんにちは。じゃなくて、こんばんは……?」
急ぎの様子でやってきた少女は、見るからに緊張していた。
裸のまま落ち着かなそうにする姿は、やはりまだまだ子供だ。
「あの、もう出るところだったりする?」
「うん、そろそろ……」
「ちょ、ちょっと待って!」
返事を聞くや否や、レトアは体も洗わずに湯に飛び込んできた。
「その、み、みんなに謝りたくてっ! ここにいるって聞いて飛んできたの! ザンさんにも言うべきなんだけど、混浴に入る勇気が……」
「……大丈夫。わたし達が代わりに聞きます」
すると、レトアは安心したような顔になった。
「ありがとう……えっと、今回はあたしのわがままに巻き込んでごめんなさい。最後はダイナさんにブレイン砲を向けて」
「フレイで良いよ、レトア」
「う、うん。それであたし……これからビートグラウズに行くわ」
ピューレに続き、これまた大きなニュースだった。
「この街にはいられないし……罪を償うのと、一から学び直すのを兼ねて。ママもついてきてくれるって」
憑き物が落ちたレトアは、別人のように穏やかに話した。
別に飾っているわけではないだろう。きっと、これが本来の姿なのだ。
「来てくれてありがとう。私はもう言いたいこと全部伝えたし……お母さんと仲良くね」
「う、うんっ!」
「意外……!」
エーネが私とレトアを見比べ、目を丸くした。
「フレイがお姉さんみたい……! いつもは結構子供っぽいのに」
「よ、余計なこと言わないでよ。てかそっちも大差ないでしょ!」
「へぇ? ふーん」
良いことを聞いたとばかりに、口元をニヤつかせるレトア。
「仲間内ではそういうキャラなのね、フレイさん。あの凛々しい感じは多少は作ってたわけ?」
「そ、そういうわけじゃ……!」
「屋上の時、すっごい悪い顔してたけど、そうよね。やっぱりザンさんとかはもっと大人びてるし」
くすくす笑う少女に、私の年上としての矜持が爆発した。
「……そういうレトアこそ、あの時は可愛かったなぁ」
「あの時?」
「決まってるでしょ? 森の中で、お母さんと抱き合って」
レトアは石像のように硬直した。湯気に覆われた首から上が、じわじわと赤く染まり始める。
「な、な、何でっ……あ、あの時見て!?」
「そりゃあ、大声で話してたし。最初は怒ってたけど、お母さんの想いが届いて、最後はママって叫びながら泣い────」
「あ、あたしが悪かったからっ! それ以上言わないでぇっ!!」
「本当、そういう所が子供なんです、フレイ……」
脱衣所へ戻る直前、改めて体を洗うレトアに尋ねられた。
「そういえばフレイさん達、パーティには出席するの?」
「明日の夜の復興記念パーティ? あれって私達が出てもいいの?」
「え、何でダメだと思ったわけ?」
パーティ。ここ最近馴染み深い言葉だ。
そう。明日の晩、レイティ主催でシュレッケンの復興記念パーティが催される。なお、ハンガーズは明後日の夜中に到着する見込みだ。
「みんなが出ないとママの立場が無いでしょ。無理にとは言わないけど……」
「わかりました。どのみちエルドさん達が来るまで待機する予定だったし」
「ありがとうっ! えっと、それでなんだけど」
レトアは少し目を泳がせた。
「途中でちょっとした『サプライズ』があってね。良いものとは言えないかもだけど……見ててほしい」
何だか含みある言い方だったが、断る理由は無い。
私達が快諾すると、彼女もやや不安そうな笑みを返してくれた。
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