15:助けに来たんだ
「あれは────!!」
はるか遠くの空を焼き尽くす爆炎が、視界の奥に広がる。
その光と轟音に……指導者エルディード・レオンズはついに時が来たことを理解した。
「ハンガーズ全軍に告ぐ!!」
親友の拡声器で、群都市全域に呼びかける。
「死都の呪いは解かれた! 今こそが、千載一遇の好機!!」
「ああっ、ついに……!」
「わしらの故郷が!」
「これよりシュレッケンに赴き────毒に侵されたかの地を、我らの手で解放する!!」
********
「ふふっ、うふふふっ」
その笑い声は、到底十四歳の少女とは思えないほど暗く濁っている。
よろめきながら立ち上がったレトア・ロベインは、既に正気を失っていた。
「あはっ、は……あっははははッ!! そう、これが結末ってわけね! 街も家族も、全部を裏切って葬ろうしたあたしの行きつく先は、これなのねっ!!」
「ロベイン……!!」
「良いわ……この世の誰も味方してくれないというのなら、今度こそあたしが全てを滅ぼしてあげる! 忌々しいこの街ごと、何もかもッ!!!」
姉妹の声も耳に入らない少女は、すぐさま駆け出した。奥にある光の砲台、ブレイン砲に向けて。
「フレイ!!」
と、背後から馴染み深い金切り声が聞こえた。続いて、数人の足音も。
私が振り返ると、案の定そこには────
「み、みんな!? 来るの早っ!!」
「感覚でわかった、お前が勝ったんだと。見たところ上手く行ったか」
それは甚だ疑問だ。私は目線だけでレトアを示した。
「あ、あれがブレイン砲……!」
「まずいね。もう電力も残ってない」
怨念を纏う少女と、凄まじい光を蓄えた大筒を見て、仲間達は後ずさる。
「ふ、フレイ! ここにいたらやばいですっ!」
「……みんなは下がってて。私は、あれを受け止めないと」
「!? 何言って────!」
エーネの言葉は最後まで続かなかった。続いてもう一人、爆音でドアを開け放った人物がいたからだ。
娘よりも年季の入った金髪に、はるかに大きく引き締まった体躯。あらゆる所作に一切衰えを感じさせない、この街の本来の指導者だった。
「レトアっ!!」
正気に戻ったレイティ・ロベインは、一目で全てを察したらしい。
拳を握って唇を噛み、それでも娘から目を逸らさなかった。
「あはっ、ママ、来たのね! 久しぶりっ! 地獄に行く前に会えて良かったわ!!」
「……行くぞ、二人共」
「えっ、で、でも────」
「大丈夫だよ、エーネ。ここは従おう」
「うん……そこの二人も、逃げた方が良いよ」
天井知らずにエネルギーが蓄積されていくブレイン砲。立ち去る仲間を尻目に、異様な風圧を感じつつ、私は姉妹に告げた。
「……ダイナ。勝手なお願いだとは思うけど……どうか、あの子を……!」
私は無言で頷く。
「私は退きません」
覚悟を決めたレイティが、物静かに宣言した。
今や屋上には、ロベイン親子と私だけだ。本来なら場違いなのは私の方だろうけれど。
「なら、見ててください」
我ながら、市長にも負けない肝の据わった声だった。
「全部終わった後、もしレトアに酷い事言ったら……私はまた戦います」
「肝に、銘じます」
「あ、あなたのせいよダイナさん……あなたのせいでっ、全部台無しよ!!」
最後まで敬称を辞めない彼女からは、隠しようの無い育ちの良さが伝わる。
まだ間に合う。レトア・ロベインは、きっと戻れるはずだ。
「あたしに帰る場所は無い! 大切な家族なんていない! それなのに、あたしの王国を、よくもっ!!」
「レトア。さっき虚しいって言ったけど、訂正するね。レトアにはちゃんと未来があるよ」
「うるさいっ、うるさいうるさいっ……!! あなたなんか……あなたなんかぁッ!!」
怨嗟の中で泣きじゃくる少女。ブレイン砲はいよいよ、その全身を青く発光させていた。
『どうしてなんだ』
最期の力を振り絞った私の恐怖そのものが、性懲りもなく囁きかけてくる。
『王になる夢は? 偉大な存在は? 約束を忘れたのか、フレイ!?』
「ううん。私は確かに……偉大な存在になりたい」
『なら、早く彼女を殺せ────!!』
大地が、空が。彼の愛した全てが。私の心と共鳴する。
わかっていたはずなのに、何で見失っていたのだろう。
「本当のマインドなら、今のレトアを────過去に苦しむこれまでの私を見て、きっと言うんだ」
『お、おのれッ────!!』
全ての力を結集させた私は、渾身の力で腕を払い────
「助けに来たよ、共に征こうって!! 最っ高に優しい声で言うんだッ!!」
『おのれええええええッッ!!』
恐るべき幻影ごと、宙を焼き切った。
「これは……!」
流石武人というべきか。レイティは私から溢れ出る力を、しっかりと感じ取ったらしい。
彼女にはわかるはずだ。私の技は、付け焼刃の光線に屈しはしないと。
「はぁっ、はあっ……やってやる! 全てを後悔させてやるわ! 受けてみなさいっっ!!」
「【煌炎────」
死都は再び立ち上がる。生まれ変わった指導者と、その大切な子の力で。
毒にまみれた少女の道は、間も無く光に包まれるのだ。
「ブレイン砲ッッ!!!」
「────破壊砲】ッッ!!!」
金と銀の閃光が、屋上で交わる。破裂の光と天に貫く轟音に、街中の人間が目を見張った。
「うう、うううぅ…………ッ!!」
────『レトア、しっかりしなさい! あなたは未来の指導者なのです!』
────『あら、今日もレッスン? 大変ねぇ。将来みんなを顎で使うため?』
レトアが負けじと出力を上げる、その間にも。
私が放つ凄まじい熱量の炎が、あらゆる物質を凌駕していく。
「はああああああっっっ!!」
「やっ、嫌だ、やだっ、負けたくない……! 今日くらい、あたしに勝たせてよぉッ……!!」
────『無理だって言ってるじゃない! あたしに才能なんて無い! それにあたし、本当は……っ!』
一度も伝えたことの無い夢。手に入るはずの無い将来。
次第に、金が銀を飲み込んでいく。限界を超えた砲台が、音を立てて軋み始める。
憎くて仕方ないはずなのに。静かに成り行きを見守る母を、視界の端に見とめた時。
────『頑張りましたね。偉いわ、レトア』
そんな古の記憶が、少女の脳裏に浮かんだ。
「終わりだよ、レトア……」
光線は徐々に力を失う。煌めく世界を、炎が覆っていった。
「毎日見てる悪夢は、今日で全部終わりッ!!」
「あっ……!?」
ついに破壊されたブレイン砲。
飛び散る破片の隙間に、かつては愛した家族を捉えながら。
レトア・ロベインは、か細い声で呟いた。
「ママ……!!」
残骸もろ共、レトアの小さな体は屋上の外に投げ出され────
後には、少女の涙だけが残った。
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