14:毒をもって毒を制す
「ここが学園か……」
それは、趣と奥行きのあるレンガ造りの建造物だった。重たい鉄製の門を越え、私は静かに階段を上る。
教室には誰もいない。青春を謳歌していたであろう生徒達の痕跡も、毒に埋もれてしまっている。
屋上の風を胸いっぱいに吸い込んだところで、最後の会合は始まった。
「ようこそダイナさんっ、あたしの元学び舎へ!」
「……遅いわよ」
開口一番ハイテンションなレトアが、その場でくるくる回る。一方のマニーは露骨に不機嫌そうだ。
「でも来てくれた。温かく迎えよう、お姉ちゃん」
「まあそうね」
「そんなことより、見てっ!」
奥に走って行ったレトアが、巨大な鉄の塊を示しながらぴょんぴょん跳ねた。
塊という表現は正しくないかもしれない。大きな筒とも形容できるそれは、まるで拳銃を巨大化したもののようだった。
「大砲っていうらしいわ! 毒刃少女合作、名付けて『ブレイン砲』! 光線が出る最新式のやつ! すごいでしょ!」
「あんたは色塗り手伝っただけでしょ」
「休憩時間、歌を歌ってくれた……」
「とにかくっ!!」
軽やかに定位置に戻ったレトアは、どこか試すような声色になる。
「こんなの見たら反抗する気力も失せるでしょ、ダイナさん?」
「…………」
「何よ、顔伏せちゃって。具合悪いの?」
「うん……まあ、緊張してたのは事実だけど」
私はゆっくりと顔を上げた。
そこに、誰もが不気味に思う────最上の笑みを貼り付けて。
「毒のスペシャリストでも、最期まで気付かないものだね」
瞬間、視界に尾を引く光線が走った。幾度となく見た、光銃から放たれる無慈悲な一撃。
撃ったのはピューレだった。避ける間も無く、至近距離で正確に二の腕を穿たれ────
「────ぎああああっっ!??」
姉のマニー・エーションは、鬼気迫る悲鳴と共にその場に崩れ落ちた。
「…………は!?」
レトアが驚愕に目を剥く。しかし、時は止まってくれない。
「なっ、ピュー、レっ!? あんた一体、何して……ッ!?」
「きゃああああッ!!??」
次いでレトアも攻撃に晒された。光線の一筋が髪をかする。後頭部のお団子が千切れ、焼け焦げた髪が宙を舞った。
「やめなさい、ピューレ! やめなさいッ!!」
「そ、そんなっ、嘘よ……ピューレさんがう、裏切っ────」
「…………が、う……」
ピューレの鬼気迫る呻き声に、二人はぴたりと固まった。
「お、お姉、ちゃん」
「あ、あんたっ……あんたまさかっっ!!??」
「か、体、がっ、勝手に…………っ!」
ピューレ・エーションは虚ろな面持ちで唇を震わせる。血の気が引いた顔は冷や汗に塗れ、瞳の焦点はほとんど合っていない。
それでも銃口は、寸分の狂いも無く仲間を捉えていた。
「ほんとに欠陥品なんだね、あれ。全然意識奪えてない」
眼前の地獄絵図を眺めながら、私は暢気に手を組む。
「でも、役に立ったよ。ありがとうね」
正直、《《薬に唾液を入れる》》のは恥ずかしかった。
だが、髪はすぐに溶けるか怪しかったし、この切り札の存在を知られたくなかったので、皆に背を向けた隙にやったわけだ。
最後の一撃を、エーネに止められたあの時────万が一にと準備していた薬は、私の懐で粉々に砕かれた。そして溢れ出た気体を、ピューレはしっかり吸い込んだのだ。
私に対する、確かな《《恐怖》》を携えながら。
「れ、レトアっ、ダイナを撃って! じゃないと……あ、あたし達がッ!!」
「う、ううっ、わああああっっっ!!」
マニーは魔法を上手く発動できないらしい。代わりに前に出た少女は、半狂乱で私を攻撃し始める。訓練の成果か、狙いは中々に正確だった。
「【炎の防壁】」
だから何だという話だが。
「あ、当たらないっ!! ま、マニーさん、無理よぉっ!」
「当たるまでやるの! ピューレがまた攻撃し始める前にっ!!」
「良いの? そんなこと言って」
小声で尋ねる。ピューレはぴくりと痙攣し、私の思い通りの動きを行った。
「い、いや、ぁ……!!」
やがて────二人の視界には、死にそうな表情で自身のこめかみに銃口を向ける、彼女の姿が映った。
「嘘、よね……じょ、冗談でしょ? ねえ!!」
「何で冗談だって思うの?」
「だ、だ、だってッ!」
腕から血を流しながら、マニーは白い顔で捲し立てる。
「あ、あんた達、全然殺さないじゃない! 市民もあたし達のことも、殺すチャンスはあった! でも殺すのが怖いんでしょ!? これだってハッタリに決まって……!!」
今のマニーに、ホールで演説をしていた頃の威厳は欠片も残っていない。何とか不敵な笑みを作ろうとするも、筋が引きつって歪な表情になっている。
「……ザン。確かに私、本音では、そういうことはしたくないよ」
徐に、虚空に語り掛ける。
「でも。じゃあ、誰が罰を下すの?」
────『マインド! マインドっ、なんでぇっ!!』
「誰が、悪を討つの?」
全てが崩れ去った運命の日。
生まれ持った黒髪を振り乱し、フレイング・セイヴィアは少年の遺体に縋った。
いつか結ばれ、ダイナ性を名乗る日を夢見ていた。
素敵なドレスを着て、彼の手を取り。ザンも一緒に、本当の家族として。
────『言ったじゃん……ぜったいたおれないって、言ったじゃんっ!!』
────『ふ、フレイっ、大丈夫だ! お、おれがかわりにお前を守る!! マインドにちかったんだ、必ずお前をっ……!』
義兄の言葉を振り切り、勢いに任せ……私は彼の遺体にキスをした。
見よう見まね。色気とは程遠い口づけ。吐き気がするほど冷たい唇。
その悍ましい行為の最中、村人達は見ていた。
────『ふ、フレイちゃん、髪が!?』
ゆっくりと、黒から橙色へ。無垢から、呪われた存在へ。
本来先天的に備わる魔法。最も大切なものを代償に、私は世界を制する力を手にいれた。
後になって知る。これは、《《本来は魔法使いだった》》彼から貰ったのだと。
────『見てて、マインド。フレイが……ううん、私が。マインドの代わりに、偉大な存在になるよ』
腕を掲げると、手のひらから凄まじい熱が舞う。辺境の村を火柱が囲み、空は紅く染まった。
彼の隣に横たわるフレイング・セイヴィアの残滓に、別れを告げて。
────『この私、フレイング・ダイナが……! 全部全部っ、殺してやる!!』
「ピューレ、安心して」
そう────今こそ、終焉の時。
「すぐにお姉さんも、同じ場所に送ってあげるから」
「!!!」
全ての状況を理解したマニー・エーションが、呆然と汗を垂らす。
かろうじて掠れた笑い声を上げたのは、レトアだった。
「あ……ありえないわ、負けるなんて。な、何か手があるんでしょ?」
『待つ必要は無いよ』
狼狽し続ける少女を差し置き、私の耳元に、愛する人が囁きかける。
『良い子だフレイ。さあ、彼女達に手を下して』
「…………」
「マニーさん、何とか言ってよ! 二人が死んだら、せ、洗脳が解除されちゃう」
「っ……」
「あ、あたしっ、一人になっちゃうのよ!?」
姉妹の震えが大きくなる。散った髪を振り乱す少女は、無我夢中で叫んでいた。
「こ、ここまで信じてついてきたの! ピューレさんのことも、ハッタリかもしれないって言ってたじゃない……! ま、まさか……洗脳の解除とか、しないわよね!?」
もうそれしか無いのだと言わんばかりに。マニーは涙に濡れた顔を上げた。
いよいよ真っ青になるレトア。勢い余って、光銃を彼女に突き付ける。
「そ、そんなことしたらっ、許さないからっ! ぜ、絶対っ、死んでも許さないからッッ!!」
「で、でも……でもっ……!!」
「でもじゃないっ!! ねえっ、お願いよっ!!」
『ああ。最高だね、フレイ』
頭上で嗤う、《《私の知らない声》》。
『僕達の敵が、こうして死に直面している様は』
「お、お姉、ちゃん……」
金切り声の隙間で、それまで無言だったピューレが口を開いた。
「真っ直ぐ、前を向いて生きて。ずっと、見守ってるから……」
既に死を覚悟した彼女は。
今までの気怠げな表情とは違う、弾けんばかりの笑顔を見せた。
「お姉ちゃん、愛してるよ」
マニーがはっと目を見開く。
私は口角を上げた。
「じゃあ、時間切────」
「待ってえええええええっっ!!!!」
まるで学園全体が揺れているかのようだった。切ない絶叫は、毒に覆われた空に吸い込まれていく。
「…………から」
「え?」
「解除、するから……っっ!!」
全てを決した言葉に、レトア口元を押さえながら目を見開いた。
「だから妹はっ、ピューレだけは……お、お願いします、お願いしますっ……!」
「あ、あ、あなた。自分が何言ってるか、わかって……!」
マニーと同じくぐちゃぐちゃの顔で、レトアは弱々しくその肩を揺する。
まるで、子が親の庇護を求めるように。
「く、悔しくないの!? 自分の毒をこんな風に利用されて! た、倒してよこんなやつ……あたしに居場所をくれたじゃない。ねえってばぁ!!」
「ごめんなさい、レトア」
その場から動けぬまま、マニーはただ謝った。
「もちろん悔しいわよ、こんなところで終わるなんて……」
「だ、だったらッ!!」
「で、でもね、レトア。あたしも人間だから」
この瞬間、毒の支配者は死に────
「家族より大事なものなんて、この世に存在しないのよ……!!」
ただ、姉としての女だけが残った。
「────……」
糸が切れたように、ピタリと動きを止めるレトア。
やがて、凄まじい形相で光銃を掲げ、何かを試みるが────
「……なあっ!!?」
『なッ!?』
レトアと幻影の声が重なった。
私がピューレを操り、彼女の持っていた光銃を撃ち落としたからだ。
「ごめんねマインド。マインドが好きな気持ちは、今でも変わらないけど」
私は寂しい笑みで、再び虚空に言い放った。
「でも、さっきのザンの《《告白》》……ちょっとグッと来ちゃったから」
「な、何よ……最初から、殺す気なんてなかったんじゃないっ」
ついに膝から崩れ落ちたレトア・ロベインは、そのまま動かなくなった。
やがて、そよ風が吹く。世界から邪悪を取り払う澄んだ風が────彼からもらった橙色の髪を、優しく泳がせた。
「……ふふっ」
心地良い息吹を全身に浴びながら、私は上空に腕を掲げる。
「見てるよね、エルドさん? 【火焔大爆撃】!!」




