13:義兄ザン・セイヴィア
「ん? もしもし、マニーさん?」
ひとしきり話し終えたレトアは、懐から小型の箱を取り出した。
何やら連絡を受けたらしい彼女は、その後、にんまりと口角を上げる。
「ねえザンさん? あなたは半日で、完全に自我を失うわ。そうしたら、みんなを見境なく攻撃するかも」
「ッ……!」
「でも安心して? マニーさんが、現実的な提案を持ってきてくれたわよ!」
陽気にステップを踏む少女は、暗く淀んだ瞳を瞬かせた。
「二人が改めて、ダイナさんを研究させてほしいって! 従えば、四人を無事に街から出してあげるらしいわ」
「えっ!?」
「条件は、半日以内にダイナさん一人で指定箇所に来ること。場所は、そうね……思い出深い学園の屋上にするわ! あそこなら『ブレイン砲]』もあるし」
ブレイン砲。その物騒な単語を聞いてハッとする。
もしや、街に入った時ザンが言っていたのは────
「以上になるけど、質問はあるかしら?」
少し考え、私は軽く手を挙げた。大げさな動作で指名される。
「はいっ、ダイナさん!」
「レトアはさ、何を目指してるの?」
「……何って?」
瞬時に怪訝な顔になるレトア。
「ビートグラウズを支配して、その後どうするの? 大量の人達の管理とかは? どんな未来を願ってるの?」
「急に大人っぽいこと言うのね」
「良いから答えて?」
有無を言わさぬ口調を受け、少女は少し不機嫌そうになる。
「別に、特に考えてないわ。考える生き方はもうたくさん。どうとでもなるでしょ」
「…………」
「みんなだって、そういう生き方じゃなかったら、こんな危ない所に来ないんじゃない?」
とても言い得て妙だと思った。
行き当たりばったりで、それでも目的のためには手段を選ばず────ある意味とても真っすぐで。
「虚しいね、お互いに」
「……なっ!?」
レトアは侮辱と受け取ったようだ。ぱっと顔を赤らめ、視線を逸らす。
「ふ、ふんっ……何とでも言って! どうすべきかよく考えるのよ!」
吐き捨てるように言うと、小さな体を揺らしながら小走りで去って行った。恐らく、これから市民の管理の仕事があるのだろう。
戦勝ムードから一転。窮地に立たされた少年少女だけが、そこに残った。
「……フレイ、僕は」
「謝らないで、マインド。誰も気付けなかったんだからしょうがないよ」
「うん。でも……これが悔しいって感情か」
息遣いだけが無機質にこだまする、薄暗い灰色の避難豪で。
機人は俯き、力無くこぼした。
「彼女の事、知らされてすらいなかった。僕では、人間の信頼は得られないのか」
重たい足取りで、拠点だった宿へ戻る。以前マインドに脅かされたことが、もはや懐かしかった。
「また、助けられちゃった」
ザンをベッドに座らせてから、私は静かに口にした。
「ごめんね……ありがとうね、ザン」
「ああぁ、どうしてこんなことに……っ!!」
エーネが壁に顔をうずめる。力無く拳を握る彼女は、涙が止まらない様子だった。
「わたしは……な、何もできずにッ!!」
一方のマインドは、既に決意を固めたような表情で。
「フレイ。僕は、ザンのために戦いたい」
「良いの……? 一応マインドは────」
「確かに、二人は僕に良くしてくれた。マインド・ダイナの記憶は持たないけれど、慕ってくれたピューレ達を憎からず思っている」
それでも。私を助けたいと思ったように。
造り物の体に刻まれた「本能」が、たった一つを命じているのだという。
「彼女達を下し、フレイ達を守りたい。バグに近い思い出の残滓を……大切にしたいから」
「わたしからは、言うまでも無いですっ」
何度も目元を拭ったエーネが、涙声で後を継ぐ。
「わたしもザンを助けます。怖いとか言ってる場合じゃない……たとえ相手が、幼い子供でも!」
「エーネ……」
「わたしだって誰かを守りたい! もう、逃げたくないんですッ!!」
懸命に叫ぶ彼女の瞳には、何が映っているのだろう。二人の熱に当てられ、私の呼吸も早くなっていく。
しかし、そんなムードを一瞬で鎮めた者がいた。
「みんな、落ち着いてくれ。気持ちは嬉しいがな」
事の張本人であるザンは、ただ寂しそうに笑っていた。
口調こそ普段通りだが、顔は真っ青だ。
「無理はするな。何を仕掛けてくるかわからない」
「む、無理してるのはどっち」
「ははっ」
「ザン……もうやめてね、こんなこと」
全身を強張らせながら、か細い声で告げる。
「私を庇うなんてさ。ザンの人生は、ザンのものでしょ」
するとザンは、とても意外そうな顔をした。
その顔は私にとっても意外で、思わず目を丸くする。
「俺の人生、か」
「?」
「なあフレイ。ここまで随分早かったな」
彼は昔を髣髴とさせる、茶目っ気のある表情で。
「捨て子だったお前をセイヴィア家に迎えてから、十五年が経った」
エーネが息を呑んだ。私自身も漠然としか知らない、過去の話だ。
「昔のお前は、今とはかけ離れた性格だったな」
「えっ? そうなんですか?」
「ざ、ザン。その話は……」
「泣き虫で怖がり。いつも誰かにべったりで。マインドの真似っ子が大好きだった。あの人と結婚するんだーなんて、毎日騒いでた」
驚きを隠そうともしないエーネが、私とザンを交互に見てくる。当然目を合わせられない私は、壁とにらめっこする羽目になった。
え? 何で私はこんな恥ずかしい思いをしているわけ?
「マインドが去って、お前は変わった。強くなり心を閉ざした。みんなに守られる『フレイング・セイヴィア』は、あの日死んだ」
「…………」
「お前がどんな思いで村を出たか────何となく察してはいる。今からどうするのかもな。けど、これだけは覚えておいてくれ」
ザンは一呼吸置き、私を手首に指を添えた。
「俺の中のフレイは、いつまでも変わらない。怖がりなお前も、今の強いお前も。どっちも愛する家族で、幼馴染だ」
「あ、愛するって……えっ、えッ!!??」
熱くなった視界の奥に、私は視る。
泣きじゃくる少女に手を添えたマインドが、もう一人の少年と約束を交わす姿を。
────『置いていってごめんね。けど、君になら任せられる』
────『マインド、お、おれ……」
────『ザン、どうかフレイを。僕らの大切な女の子を……頼んだよ』
「愛している、フレイ。お前を心から大切に想う」
熱と羞恥で体が動かない。言葉にならない何かに発しようと懸命に口を動かす私を、ザンは頬を綻ばせながら抱き寄せた。
汗に塗れ、冷たくなっていても。心の温もりは不変である。
「だからお前も、自分を愛せ」
「え……?」
「俺は約束を果たした。お前の分までだ。だからもう、自分を追い詰めるな」
そうして私は気付く。村を出てから、今ここに至るまで。
結局、義兄ザン・セイヴィアには────何もかもお見通しだったのだ。
「その力があれば、きっと正しいことができる。俺もマインドも────いつだってお前を信じてるさ」
********
「フレイ、本当に大丈夫ですか?」
空気の乾いた宿の玄関。
看病にマインドを残したエーネは、怯えた表情で私を見送りに来ていた。
結局皆の反対を押し切り、こうして単独で向かうわけだが……
「そもそも、何で半日ギリギリまで待ったんです? ザンが操られる前なら、みんなで行くことも……」
「大丈夫だってエーネ。私は負けないから」
優しく、けれど反論を封じるべく、私は語気を強める。
俯いたエーネは説得の無駄を悟ったようだった。
「……わたしの考えは、ザンとは少し違います」
何かを振り絞るように肩を震わせる少女。
「フレイ。約束って……そんなに大事ですか?」
「えっ?」
「……あ、じゃ、じゃなくて! とにかくっ!!」
ぶんぶんとかぶりを振ったエーネは、冷えた手で私の両手を握った。
「絶対っ、無事に帰ってきてください!! フレイには待ってる人がいるんだからっ!!」
「うん。もちろんだよ、エーネ!!」
これはまたハグする流れだろうか。涙目な年上を安心させてやらねば。
と、そこで。
「それに、その……ザンも心配しちゃいますし」
私から目を逸らしたエーネが、心底恥ずかしそうに付け加えた。
「そ、その気まずそうな感じやめてっ!」
「だ、だってあんなの見せられたらっ!! さ、流石にザンが────なんて、よ、予想してなくてっ!!」
「家族愛! あれは家族愛だからっ!!」
確かにエーネからしたら仰天ものだろうけれど!
「もうっ、みんな心配しすぎだって!!」
この私が、万が一にでも負けるなんてありえないのに。
だって既に……勝負はついているのだから。
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