12:街を売った女
「レトア・ロベイン……?」
「ああ、ロベイン市長のご令嬢だ。先ほど気になる事を聞いてね」
公務に戻っていたエルドに、ゼノイは神妙に告げた。
「現在十四歳の彼女が、母親と不和状態にあるという話だ」
エルドは強く正しい市長と、その娘を想像する。
子から親に向けられる思いは尊敬か、はたまたその逆か。どちらにも転びうると思った。
「レトア嬢は、良い意味で普通の子でね。母と違い多方面に秀でた才は無かったが、穏やかで、音楽を愛する少女だったそうだ」
「……ある意味では、期待外れということですか」
「うむ。市長は一人娘を後継者にしようと、ある時から厳しい教育を始めたようでね」
まさかという思いで息を呑む。
先ほど考えた道とは異なる、第三の可能性に思い至ったからだ。
「学園でいじめられていたという話もあった。本当なら酷なことだ。どこにも逃げ場は無い……全てを終わらせたいと思っても、不思議じゃないだろう」
ゼノイは髭を撫でながら顎を引く。ほとんど確信に満ちた表情だ。
「私が言いたいのはね、エルド。我々は強権をもって軍を差し向ける立場だ。敵に施す扱いについて、様々な選択を用意しておかねばならない」
頷きはしたものの、耳を塞ぎたくなるような話だった。
もしこれが事実なら、一体敵は誰なのか。
「グレイザー……フレイング・ダイナ……」
新指導者は静かに願う。ただ皆が、事を上手く運んでくれることを。
********
「三人目の、毒刃少女……!?」
「知らなかった? まあ、言ってないからね」
体を起こしたピューレの、抑揚の無い声。
「まさか本気で、レイティ・ロベインが、私たちに付いたと思っていたの?」
まさに青天の霹靂。慌てふためく私達に、レトアは静かに微笑んでいた。
しかし、今はそれどころではない!
「ザンッッ!!」
なりふり構わず、私は自分の身代わりとなった義兄に縋りついた。
思い込みのせいか、彼の体は氷のように冷たく感じられた。
「ザンッ、しっかりしてっ!! 何で私を庇ってっ……死んじゃやだよ!!」
こんなの違う。絶対に間違ってる。
ザンまでいなくなったら、私は────!
「あー……」
と、倒れ伏す少年がもぞもぞと動いた。
私達が呆然とする中、次いで発せられたのは、やや気まずそうな声で。
「いや、何というか」
「ざ、ザン!! ぶ、無事なんですか!? 本当に!?」
注目を浴びたせいか、起き上がった彼の耳は少し赤かった。
「何ともないん、だよな。撃たれたはずだが……」
「…………えっ?」
「当たり前よ。別に、殺すための弾じゃないもの」
こなれた様子で装備を解除したレトアは、唇に指を当て、不敵に笑った。
「撃ったのは、みんなが良く知る────例の神経毒よ」
ザンの顔がみるみる内に青ざめていく。私とエーネも同じだった。
「ハッタリだ」
ただ一人表情を変えないマインドが、普段より早口で話した。
「あの毒は、皮膚からは投与できない。吸い込ませることが条件で────」
「なーんていう風に教えたんだっけ?」
彼を遮り、敵のリーダーは誇らしげに腕を広げる。
「裏切り者に教えてあげるわ。科学とは日進月歩……つい昨日のことよ、『新型弾』が完成したのは」
「!!」
「極小の銃弾で、傷口から直接投与が可能になったの。光銃より遅くて不意打ちが必須だけどね。上手くいって安心したわ」
愕然とする一行を眺めるマニーは、心の底から悦んでいた。
「心配しないで、剣士さん! 半日もすれば自我を失って、怯える必要もなくなるんだから!」
「どうして……な、何てことをっ、毒刃少女……!!」
エーネが泣きながら怨嗟の声を漏らす。しかしマニーはどこ吹く風だ。
「あたしなんかより、そこの真の協力者の方が、よっぽど有意義な話ができると思うけど」
皆がレトアの方を向いた隙に、エーション姉妹は後ろに跳躍し、そのまま避難豪から姿を消した。大方、傷を癒すために潜伏するつもりなのだろう。
取り逃がした。ザンに寄り添いながら、私は漠然とその事実を認識した。
「……後悔、すると良いよ」
どす黒い何かが込み上げてくる。
この感覚、はっきりと覚えがあった。
「レトア・ロベイン、ザンをどうする気か知らないけど」
「…………!」
「子供だろうと関係無い。手を出そうものならその胴体、真っ二つに焼き切ってやる!!」
「……落ち着いてよ、別に死ぬわけじゃないんだから」
空間を振動させる怒号を浴びても、レトアの瞳は冷め切っていた。少し息を呑んだだけだ。
ピューレですら、もう少し人間味のある反応をしていた気がする。
「そもそも、あなた達があたしの街に来たのが悪いのよ?」
「レトアの、街……?」
「そう! そうよ、ダイナさん」
彼女は貼り付けたような笑みで、一際大きな声を上げた。
「だって今、まともな有権者は私一人! あの二人は他所から来たしね。市長にだってなんだってなれる。だから当然、ここはあたしの街よ」
「ふざけ、ないでください……! この街の人に通達を送って恐怖に陥れた……それって、レトアさんの仕業ですよね!? 始まりは全部……!」
「その通りよ?」
胸に手を当て、華やかに嗤うレトア。
「だって、それが……ママの望みだもの」
相変わらず冷めた目で、少女は奥で伏す母レイティを見やる。
「ママは良い加減理解するべきだったわ。来る日も来る日も勉強、格闘、政治……私が全然指導者に向いてないって、どうして最期まで気付けなかったのかしらね」
「…………」
「そんなことばっかりしてるから、学園では浮いていじめられて……ママに相談したら、何て言ったと思う?」
言葉は怒気を孕んでいても、表情はどこか歪だ。
まるで、怒り方を忘れてしまったかのように。
「『未来の指導者たるもの、敵は自分の手で排除なさい』だって! パパはママの言いなりだし……いじめを訴えても、どうせ誰も信じないわ! 最強の指導者レイティの娘がいじめに泣いてるなんて、みんな夢にも思わないでしょうからね!!」
思わず胸が痛んで、私は未だ口を開かぬザンと、興奮で息を荒げる少女とを交互に見やった。
「それでお望みどおり、排除してやったわ。あの姉妹の力を借りて、わからず屋のママと、鬱陶しいベネツィアを!!」
「ベネツィアって……まさか!」
「既に見てきたんでしょう? 三日三晩、門の前に立つあいつを……!」
レトアは、それはもう嬉しそうに語る。
「マニーさんに頼んで、あいつの洗脳はあたしにやらせてもらってるの! 水もご飯も最低限。傑作よ、美人だったあいつがどんどんやせ細って……正気に戻ったら、今の自分を見てどう思うかしら!? もっとも、もうそんな日は来ないけどねっ!!」
我を失っていく少女。誰もが無言で、切ない独白を聞いていた。
「二人が街に来た時、運命だって思った。あたし、人の悪意には敏感だから」
────『マニーさん。この街で何をする気?』
────『何言ってるの? あたし達は王都から来た研究者で────』
────『嘘はやめてください。わかるんです、だって……』
「だってマニーさんは、あたしと同じ目をしてたから」
────『あたしにも、協力させてくれませんか?』
────『……質問を変えるわね。あんた、どういうつもりなの?』
────『きっとあなたと同じ。見返してやりたい……この街の何もかもを。あたしに仇なすものを、壊してやりたい』
そうしてレトア達は、毒刃少女へと相成った。
街にとっての毒であると同時に、自身の内にも猛毒を抱えた哀しき存在に。
────『レトア! あなたは、自分が何をしたかわかっているのですか!?』
────『どうしたのママ。もしかしてママ名義で送った紙のこと?』
────『あなたはっ……! どうやら話し合いが必要なようですね。そこに座りなさい』
────『いいわよ。だって今日は、ママがまともに話せる最後の日だもの』
────『な、何を言って……!』
────『嬉しいわママ、そんなに怖がった顔して。最期にやっと……あたしの言葉を聞いてくれたのね』
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