11:科学者達の恋物語
「やった……」
最初にそう口したのは誰だったか。
「かっ……勝ったああああっっ!!」
脇腹を治癒してもらうのも忘れ、私はエーネの手を引いて駆け出した。
瓦礫の中で脱力するマニーは、もう手駒を操る力も無いようだ。
「ううっ、ひぐっ、ぜ、全員無事で、本当にっ……!」
「エーネは泣き虫だなぁ」
「みんな、大丈夫か」
「私は平気。ザンこそ大丈夫? 大活躍だったね」
全員で一か所に集まり、互いの健闘を称え合う。
ザンの死闘はかなり堪えたはずだ。が、彼は珍しくやんちゃな笑みで。
「問題無い。そっちも一悶着あったようだが、上手くやったな」
「…………うん」
「ザン、僕は、僕は?」
マインドがぴょんぴょん跳ねる。床と金属がぶつかり合う音がした。
「最後キマってたでしょ?」
「……お前、何で技名言うんだ? 一部能力者のダサい慣習じゃないのか」
「た、確かに若干イタ────じゃなくて、変わってますよね」
「あれ、喧嘩売られてる?」
「……僕だって、戦いの後くらい褒めてほしいんだけど」
目に見えて落ち込んだマインドの頭に、ザンは軽く手を乗せた。
「冗談だ、お前の力あっての勝利だからな。感謝する────マインド」
眉を吊り上げるマインド。きっと彼なりの嬉しさの表現だ。
「っ、はは……あんた達、随分余裕なのね……見下されたものだわ」
と、ボロボロのマニーが瓦礫から這い出てきた。
「……見下してなんかないよ。全力を尽くした、それで勝ったの」
「お、お姉ちゃん」
肩を押さえたピューレが青白い顔で歩いてくる。そこそこの血を流したのか、顔が青白かった。
「ごめん、私……」
「良いのよピューレ。さ、こっちへ……」
私達の間をすり抜け、姉の横にもたれかかるピューレ。
「さあ、洗脳を解除してもらおう。無駄な抵抗はするな」
「……その後はどうする気?」
「身柄はハンガーズに引き渡す。命の保証はできないが」
ザンの言葉はこの上なく重い。
マニーは赤眼をぎらつかせて歯ぎしりするが、やがて溜息をついた。
「と言ってもねぇ。易々と諦められないわ。あの人を見返すためにずっと……」
「あの人って……ライウ王子の事ですよね?」
「ええ。研究所を漁ったなら知ってるでしょ?」
マニーはまた深々と溜息をついて、遠くを見つめた。
「あの人……ライウ・テンメイとは、長きに渡り恋人だったわ」
「えっ!?」
私とエーネが、同時に素っ頓狂な声を上げた。
「こ、こ、恋人!? あの、男女で手を繋いで歩くやつ!?」
「……他に何があるのよ」
「王子様と恋人……へ、へぇ……!」
「ラブレターがあったんだからわかるだろ」
「え、そんなのも見たわけ?」
マニーの上ずった声に、妹がくすくす笑い出す。
「お姉ちゃん、見られてやんの」
「うるさいわね……内容は読んでないでしょうね?」
頷くと、気を取り直したマニーは話を再開する。
それは想像だにしていなかった、死都に巣食う魔物の恋物語だった。
神童と称されたエーション姉妹。姉は魔法の才にすらも恵まれた。
そんな彼女が選んだのは「科学」。悲劇に遭ったピューレが無事帰ってきたのもあり、姉妹で共に在れる道を選択したのだという。
「例の盗賊組織は、王都付近にも支部があった。でも生前のダイナさんが、誘拐された私を、助けてくれたの」
「やっぱりか……」
「彼の事が忘れられなくて。同じモデルの機人を、実験台に選んじゃった」
十七歳で王立科学研究所に所属したマニーは、長官を務める王子、ライウと出会う。二人はまるで導かれるように惹かれていった。
「す、すごい。身分違いの……!」
「うふふっ、やっぱ女子は食いつくわね。男子も目ざとく行かないとダメよ」
「黙れ」
「お姉ちゃん、毎日惚気てうざかった……」
「黙りなさい」
全てを手にし、マニーは順風満帆な日々を送っていた。
────ほんの、二か月前までは。
「婚約間近って時にね。ライウに、隣国の姫との婚姻話が持ち上がったの。もっと前から話はあったんだけど、急に決まって」
急激に表情を曇らせるマニー。
「知らないだろうけど、王都は今大変なことになってて────隣国と同盟を結んでおかないと、外敵から身を守れない状況なの」
「?」
「でもライウは言ってくれた。何があっても、そばにいてくれるって。それなのに、ある日突然……本当に突然だったわ」
────『あ、あたしを、無期限でシュレッケンに異動させるって……!』
────『お姉ちゃん、これは何かの間違い。私、殴り込みに行ってくる』
────『やめてっ、間違いなわけないじゃない! だって差出人は……!』
他ならぬライウが、自らマニーを捨てた。
何の言葉も無く。ただ、遠方の地へ追いやることで。
「それだけは理由がわからなくて。本当に姫君が好きになったのか、これを機にあたしと手を切ろうとしたのか……」
「…………」
「それでも、良いの。あたしが彼を好きだった事実は変わらない。ただ、一言だけでも言葉を……今まで楽しかったって、言ってくれたら……!!」
光の無い眼をしていたマニーは、現実に戻ってくる。
彼女が無く所は想像できないけれど、多分今、それに一番近い表情をしている。
「言いたいことはわかるわ。それは、街を巻き込む理由にはならない……」
「……その通りだ。マニー・エーション、お前には同情するが……」
「でも、こうでもしないとあたしの悲しみは表明できない! 支配は楽しかった、それは認める。でもずっと、虚しさの中で苦しんでもいたわ!」
握られた拳には、言いようの無い悔しさが滲んでいた。
「あたしだって信じたいわよ、また彼とやり直せるって! でもっ、ただでさえ『烈嶺』の脅威もあったのに! もう何が何だかわからなくて────」
「お姉ちゃん」
「っ……ごめんなさい、取り乱したわ」
息をついた彼女は、正面から私を見据える。表情には既に、確固たる自信が戻っていた。
「いずれにせよ、あたしのポリシーは曲がらないわ。毒刃少女は何でも利用する。たとえ街だろうと……前後のわからない子供だろうと」
「好きな人のために……か。私はその気持ち、少しだけ……」
多分今の私に、偉そうな事を言う資格は無い。私だって、幼馴染を欺いて村を出たのだ。
だから、ここは────
「そ、そういえば。何で二人って『少女』なの?」
「え?」
「だって、どう見ても少女って年齢じゃな────」
「そ、それ聞いちゃうんですか!? この流れで!?」
涙ぐんでいたエーネが大声を出す。男子二人は呆れ笑いだ。
別に良いだろう。私達は敵同士だけれど、もう勝負は決した。
今はもう、ただの人間同士なのだから────
「……あなた達、基本的には善良なのね。ちょっと心苦しいけど」
赤面して怒るとばかり思っていたマニーは、
「理由、知りたい?」
信じられないほど、邪悪な笑みを浮かべていた。
彼女は無言で私を指差す。瞬間、全身に尋常ではない悪寒が走った。
一体、何を────
「フレイ、危ないっっ!!」
最初に「それ」に気づいたのは、常に私達を案ずる献身的な少年だった。
何が起こったのか判然としないまま、息を呑んだ次の瞬間。
私の前に飛び出したザンに、小型の何かが直撃する。
それが『銃弾』だと気付く頃。彼は、声も上げず地面に転がっていた。
「…………え」
「あーあ、外しちゃったじゃない」
聞き覚えの無い、甘く高い声が避難豪にこだました。
残念そうで、しかしどこか愉快そうでもあって。
「違う人に当たっちゃったけど、良い? マニーさん」
「本当はダイナを狙ってほしかったけど……ま、オッケーよ」
衝撃のあまり、マインドさえ身動きできない中。
立ち上がったマニーは、斜め上方へ笑顔を向ける。
「よくやったわね……《《ロベイン》》」
その動きにつられ、私も視界にとめた。
連絡通路の奥に、銃器を構えた小柄な少女が佇んでいる。
お団子に結われた美しい金髪に、既視感のある整った顔立ち。手足はまるで人形のようなバランスだ。
年の頃は────十四歳ほどだろう。
「皆さん、初めましてっ!」
少女はスカートの端を持ち上げ、恭しくお辞儀をした。
「レトア・ロベインです。元市長レイティの娘……現在は、毒刃少女の一員よ!!」
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