10:斃せ、フレイング・ダイナ
「どういうこと? マニー」
市民を足止めするマインドが、怪訝そうに尋ねる。
「レイティに毒を盛った……裏切ったの? 協力者を」
「うふふ、やっぱりそういう認識なのねぇ」
彼女はクスクスと可笑しそうに笑うだけだ。光の粒子を周囲に漂わせながら、撫でるように言う。
「裏切ってなんかいないわ? 704、あんたと違って」
「…………」
「レイティ・ロベインは確かに、あたし達の『協力者』だった。思いやり深いけど、まあ頭の固い人だったわね。駒になるから洗脳したの」
隣でエーネが息を呑んだ。
悪逆非道な行為にも、毒刃少女のリーダーは何の悪びれも無い。
「我々は、使えるものは何でも使う────それだけよ」
その時。私の中で、何かが繋がった気がした。
「そっか……そうだったんだね、ピューレ」
先ほどの不可解な提案を思い出す。
「使えるものは何でも……それは高みに行くためとか、そんな感じ?」
「……私は、お姉ちゃんと研究のため。この国の頂点を意味する」
「わかったよ。さっきの提案の意味」
私は胸に手を当てて、静かに嗤った。
「やっぱり効くんだ? 私の攻撃」
ピューレはぴたりと動きを止めた。背後の姉もきっと同じだ。
「私の力とエーネの魔法……それぞれの対応が全然違うよね。エーネのには反応しないのに、私のはしっかり手で受け止めてる」
これまでの一連の戦いを思い起こす。ピューレと出会い、庭園で一線交え、避難壕に降り立って今に至るまでを。
「その手は火消しの薬が塗られてるんだっけ」
「……火は水より怖い。大丈夫とわかってても、手で受け止めるのは自然」
「最初はね? でもその薬、元々は火事に備えて用意してたでしょ?」
つまり、魔法ではない「普通の火」のためだ。
「なのに今もわざわざ薬を塗って、絶対手でしか受け止めないのは何で? お姉さんにしたってそうだよ」
決戦前の不意打ちを、マニーはわざわざ躱したのである。魔法が効かないなら、そんな必要ないのに。
「マインドの乱入で撤退した後……気づいたんでしょ? 白衣が燃えたから機械の不具合を疑って、でも不具合じゃないってわかった瞬間に」
「……!!」
「よく見たら、エーネの水では服濡れてないしね」
本来は衣服にも干渉できる装置。その便利さが、ヒントを与えてくれた。
「……お、おかしいよ。あなたの魔法は、おかしい」
ついに観念したピューレは、いつになく早口だった。
「魔法使い同士は、互いに干渉できない。お姉ちゃんの魔法も、そこの水の子には効かない。魔法を混ぜて何かするのも、本来は無理……!」
────『ふ、フレイ、お湯が!!』
────『あっっっっっっっつ!!??』
「でも、あなたの魔法は────」
「ねえ。『後天的に魔法を手に入れた』って言ったら……信じる?」
私はある種の確信を持って問うた。姉妹だけでなく、エーネも口を半開きにしている。
「ふ、フレイ……? そんなこと────」
「ありえない、よね。普通は」
けれどホラじゃない。たった一人の目撃者が、それを証明してくれる。
「やっぱりだね、ザン。都合良く辺境に魔法使いが二人なんて……」
「そんな偶然あるわけない、か。ならもう、その力は────」
ザンだけが知っている。全てが変わった、あの日の記憶。
「魔法であって魔法ではない────『呪い』、と呼ぶ他無い」
「っ、ピューレ! 今すぐそいつを黙らせなさい!!」
「う、うんっ!」
姉の叱咤を受け、ピューレは銃を構え直す。光銃もまた万人に有効だ。
けれど、もう手遅れ。
「【走れ炎よ】」
「っ!?」
「【火炎鉄砲】。【破裂の炎よ】」
一切情けの無い、怒涛の連撃。光線を放ちつつ、ピューレは器用に私の炎を消していった。
こちらの頬や腕を光が掠める。だが、止まる必要は無い。
「っ、おっ、お姉ちゃっ……!!」
「頑張ってピューレ!!」
マニーの援護は途切れ途切れだった。エーネと同タイプなら、彼女の魔力も有限のはず。
「何もかも、上手く行ってないじゃないか……!」
ついに訪れた転機。レイティの渾身の一発を、ザンは正面から受け止めた。
「自我を奪われた人間に、俺は負けない。あらゆる力は……自分の意思で、誰かを守るためのものだ!」
身を翻し、力を受け流す。生まれた数舜の隙を、磨かれた技術は見逃さなかった。
全て、か弱いあの子のために。
「そこで寝ていろ、レイティ・ロベイン!!」
背後に回り込んだザンは、煌めく峰でその背を強打する。いつだって最後を飾るのは、命を救うこの一打だ。
意思無き指導者は、眠るようにへたり込んだ。
「ロベインっ!? くっ、【水晶の嵐】!」
「ふ、フレイ危ないっ!!」
「!? 水使い、邪魔をっ!!」
エーネはおっかなびっくり光柱に飛び込み、私を庇ってくれた。光を纏う姿は何だか大仰である。
けれど、ありがとうエーネ。
おかげで私は────約束を果たせそうだよ。
「【走れ炎よ】! 【走れ炎よ】!!」
「う、ううっ……!!」
『二度目のチャンスだ。殺せ、フレイ』
あの声が鼓膜を震わせる。逃げようにも、麻痺した市民がピューレの退路を塞いでいた。
と、そこで、破れかぶれの光線が私の脇腹を貫く。
「んっ!?」
「フレイッ!!」
「ふふ……ッ」
愚かな────
仮に、この身を裂かれても。
「私は決して倒れない!! 仕留め損なったねぇ、ピューレ・エーション!!」
「ば、化け……物ッ……!!」
防御も追いつかなくなり、ついにピューレの白衣にも炎が触れた。
もう、奴の死は目の前だ。
『長かったね。でも、ようやく僕のそばに立つに相応しい人間になれる』
囁き声が大きくなる。向こうの機人がぼやけて見える。
『その力、僕のために手に入れたんだろ。今活かさずしてどうする?』
殺さなければ。王になるために。あの人に報いるために。
「はあっ、はあッ……!」
『殺せ、フレイ』
「お、お願っ、許して……!」
「ピューレッ!!」
『殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ────』
約束を果たせ!!
「【煌炎破壊────!!」
「フレイ、ダメですッ!!」
命を刈り取る、まさにその瞬間。
背後から、エーネが金切り声と共に飛びついてきた。
「あぐっ!?」
集中が途切れ、小規模の炎がピューレの肩を穿つ。同時に、引っ張られた私も後ろに倒れ込んだ。
周囲に紫色の気体が充満する。ポケットにあったあの失敗作が割れたのだ。
「エーネ、何で邪魔を!!」
「わ、わたしっ……何も知らないです。フレイ達に昔、何があったか」
私の首筋に顔を押し当てながら、彼女は全身を震わせて。
「でも、知ってることだってあります! フレイは……へ、平気で人を殺せるような子じゃないッ!!」
「…………!!」
「きっと後悔する。泣いて眠れなくなっちゃう日だってある! そんなの嫌です……フレイには、ずっと笑っててほしいからッ……!!」
体から力が抜けていく気がした。
倒れ伏すピューレを横目に捉えつつ。私は────
「そ、そんな、ピューレ!! 嘘でしょ!?」
マニーの狼狽の声が空間を震わせる。残る敵は彼女ただ一人だった。
「いいえ、まだよ! まず剣士を倒せば!!」
「くっ、そろそろキツイな……!」
刀で光を弾きつつ、苦悶の声を漏らすザン。体力の消耗も相まって、魔法の間を縫って斬りかかるのは厳しいだろう。
というわけで、結果的には正しかったようだ。
ここまで力を温存してきた彼の判断は。
「そろそろ、終わりにしようか」
機人は音も無く立ち上がった。
麻痺から解放された市民達もじきに起き上がるだろう。しかし彼の人工頭脳は、それよりも早い決着を見据えている。
「これ以上、傷つけ合う必要は無いからね」
「……どうして、ダイナさん。あの日、妹を救ってくれたじゃない」
マニーが一筋の涙を流す。これまでマインドが狙われなかった理由を、私は悟ってしまった。
「思い出が……銀の心に勝ったというの?」
きっと私と彼女の瞳には、同じ者が映っているのだろう。
「二人共。またいつか、共に歩もう」
「ッ、【千の熱────!!」
「【煌電破壊砲】」
ついに放たれた必殺光線。目掛けるは、彼女が立つ高台そのものだ。
根元からそれを受けた足場は、みるみる内に崩れていき────
「あああああっっ!!??」
飛び退く暇も無く、マニーは……崩落する地面と共に、真っ逆さまに落下した。
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