8:決戦 毒刃少女
「おい、動機に心辺りは?」
「恐らく、財政不振かな? 『烈嶺』ソールフィネッジの脅威による……」
「っ……」
烈嶺、これまた聞いたことのない名だ。今までになく仰々しい。
聞きながら、エーネはどこか追い詰められたような顔をしており、ザンは────まだマインドへの態度が硬いようだ。
「考えても仕方ないよ」
淀んだ空気を払拭するべく、私は努めて明るい声を上げた。
「ここまで来た以上、誰が敵でも関係無いでしょ」
「……ん? フレイ、手に持ってるのは?」
「え、これ?」
私は持っていた手のひらサイズの小瓶を見せる。
「棚にあったやつ。ほら、若干薄目だけどキモい液体が」
「ああ、確か失敗作だね。体は操れても、意識は奪えない欠陥品なんだって」
「へぇ……」
毒刃少女の毒。一体どんな感じなのだろう。
私が何の気無しに蓋を開けた、その途端。
「ちょっ……!?」
エーネが跳び上がり、ザンが私の手首を掴んで小瓶を遠ざけさせた。
「な、何なに!?」
「考え無しに行動するのはやめろ! これは正真正銘毒だろ!」
「ううん、大丈夫だよ」
落ち着き払ったマインドが解説する。
「それ、遺伝子未混入だ。吸い込んでも問題無い」
「わ……わかるの?」
「うん。髪とか、人間の物質が溶かされたやつはもっと濃い匂いがする」
「便利な嗅覚……」
本人曰く燃費が悪いらしいが、多機能で生活しやすそうだ。
……でも、私達の生態を色々感知するのはやめてほしいかもしれない。
「散布する時は、蓋を閉めて振るんだ。開けるとすごい勢いで広がってくよ」
「聞きたくないなその情報」
私は三人に背を向け、今一度蓋の空いた小瓶を眺めた。
たったこれだけで人を操れるなんて信じられない。
(てか、匂いとかわかるの? 無臭なんだけど……)
「こんなものかな? フレイも良いですか?」
「あ、うん」
瓶から顔を離し、丁寧に閉める。
「そろそろ頼む、フレイ。俺らは下がるから────おい、お前もだ」
「ザン、良い加減名前で呼んであげて……」
研究所を炎の海に沈める時が来た。
私は深呼吸し、手のひらに意識を集中させる。
「【炎の高────」
瞬間、耳をつんざく警報音が鳴り響いた。
何の予備動作も無く真下の床が開いたのは、それと同時の事で。
「……えっ……」
内臓が持ち上がるような浮遊感を経て────
「……迂闊、だね」
マインドが他人事のようにこぼす。
「ぎゃああああああああっ!!??」
エーネの絶望の悲鳴を皮切りに。全員為すすべなく、奈落の底へ落下していった。
********
「うわわわ、ああああっっ!!」
「エーネ落ち着いてーーーー!!」
落下する私達は、やがて一本の管で合流した。狭すぎて噴射も使えない。
よりにもよって先頭のエーネは、先ほどから号泣しっぱなしだ。
「くっ、お前はエーネを頼む!! フレイ、俺達は着地の準備を!!」
「こんな時くらい名前で呼んでほしいなぁ」
「言ってる場合か!」
そうこうしている内に、広い空間に放り出された。
薄暗く、全面灰色で殺風景。奥は全く見えない。
「いっつ……みんな大丈夫?」
「ううっ、な、何とか……」
真下に棘が設置されている────なんてことはなく、何とか全員無傷だ。
「全員、警戒しろ」
だが、いち早く立ち直ったザンは、敵意の眼差しで暗闇の先を捉えていた。
「おでましだ」
「うふふっ、ふふふっ……!!」
徐々に明かりが灯されていく。四方に、操られた市民達が無数に映り込んだ。
「あっははははっっ!! まさか、こうも簡単に引っかかるなんて!」
高い足場から届く、妖艶な声。
死都に巣食う悪の科学者は、いつ何時でも楽しそうだった。
「改めまして、ボーイズ・エン・ガァールズ! ようこそ我らの根城へ。妹が世話になったわね?」
「うん、お世話になった」
「ピューレ、そこは口を挟まなくても良いのよ?」
彼女は一歩進み出る。薄紫色の髪が揺れ、独特の色気が振り撒かれた。
「初めまして。元・王立科学研究所の副長官にして、『光の魔法使い』。マニー・エーションよ!!」
胸に手を添えて微笑む彼女を中心に、光の粒子が躍っている。
「ついに現れたか……!」
「それで? 火炎探知に引っかかって落とされたおバカさんは誰?」
私は黙るしかなかった。割と恥ずかしい。
「そういえば、良く知る子もいたわね。元気そうじゃない……704?」
「今の僕はマインドだよ。ごめんね、二人を下しに来たんだ」
「……どうして、ダイナさん」
ピューレの呻きをかき消すように、姉が不敵に笑った。
「さあ、選ばせてあげるわ。あたし達に従うか、今ここで散るか。もし従うなら、一緒に支配させてあげなくもないけれど」
「前置きが長いな」
ザンが迷い無く刀を抜く。
「やることはシンプル。こっちには機人だってい────」
「【火炎鉄砲】!!」
私はマニーの眉間に向け、不意打ち御用達の炎を放った。
が、彼女はさして驚く様子も見せず、首だけ動かして躱す。
「おい! 成功率ゼロなのに味を占めるな!」
「ご、ごめんついっ!」
「……だが、今の反応は……」
ザンが何かに気付いたようだ。そっと耳打ちしてくる。
「お姉ちゃん、気を付けて。その気になれば、あの人は何でも破壊できる」
「……ノーブルタワーのようにね」
情報は伝わっているらしい。市民がいる以上どのみちアレは使えないけれど。
それにしても……もしタワーの所持者がここにてくれたなら、もう少し楽に片付けられたのだろうか。
「グレイザーが帰って来た時、安心できるようにするのが、私達の役目」
私は静かに言い聞かせる。
さて、こちらも改めて自己紹介だ。
「私はフレイング・ダイナ。炎の────『異能使い』。二人を殺しに来たよ」
「ふ、フレイ……?」
不安げなエーネに微笑みかけ、右腕を払う。黄金の火が宙を舞った。
「ここが正念場よ、ピューレ」
「うん……どこまでも征くよ。お姉ちゃん」
私はいつも詰めが甘い。結局今回も罠に嵌ってしまった。
それでも最後は、勝つと決めているから。
「みんな、始めよっか!!」
「……ぜ、全力を尽くします……!」
「ああ、しっかり決めてやる」
「僕を誰だと思ってるのさ」
「うふふ、滾るわね。この感覚、王都以来かしら……!!」
マニー・エーションの赤い眼光に、私は自らの炎を重ねた。
「少女の遊びはここまでだよ? この街で溜めた毒の山、灰も残らないと思えっ!!」
「楽園に紛れ込んだ異物……最上の毒をもって、制してあげるわ。愛する自我に、別れを告げておくことね!!」
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