7:裏切り者
「あの日の『通達』の事は、よく覚えております」
群都市の新指導者、エルドの向かいにて。
縮こまった初老の女性は、忌々しそうな表情で告げた。シュレッケンについての追加情報を求めた所、謝礼を対価にようやく名乗り出てくれた人物だ。
「送り主はシュレッケンの市長────ロベインさんという方ですが」
「はい、利発で先進的な女性だと聞いています」
もっとも、最近は政策が上手くいっていなかったらしいが。
「事件の日の早朝、全市民に届けられたそれは……目を疑う内容でした。たった一文です。『恐るべき外患来たれり。即刻避難せよ』、と」
「恐るべき、外患……」
一体何を意味するのだろう。
レイティ・ロベインは音に聞く「女帝」。襲撃を察知していたのだろうか。
「それで、皆の反応は?」
「もう大パニックですわ。何せあの人の言葉ですからね。身支度の間に、旦那が我を失いました。無言のまま暴れ出して……」
「…………」
次にエルドの頭をよぎったのは、先ほどと対になる可能性だった。
市長は賢い。だがその行動が、『別の意味』を含んでいたとしたら?
「ロベインさんがこの街にいないなら、旦那様とお嬢様共々、もう……」
泣きだした女性を宥め、謝礼を払って仮の住まいに送り届ける。
執務室で考え込んでいると、ゼノイが部屋に入ってきた。
「ふむ、悩んでいるのかね、エルド」
「ええ、少々気になることがあって」
だが、気を揉んでいても仕方ない。
「ハンガーズの準備を早めます。事態がどう転んでも良いように、ね」
********
翌朝。私達は、例によって隠密で目的地へと向かっていた。
機人マインドから得られた情報は多岐に渡る。
まず、毒は市長邸にある「新研究所」で自動生成されているらしい。五日周期で霧状にしての散布が可能になり、洗脳自体は半日かかるそうだ。
《《恐怖を司る》》毒刃少女……マインドは、その意味についても教えてくれた。
「『恐怖』の感情を抱くこと。それそのものが、薬の洗脳のプロセスだ」
感情すら利用する恐るべき兵器。周辺の村が次々と陥落したのも納得だ。
恐ろしいことが起こると知っていれば。洗脳は容易なのだから。
「そして、敵の拠点は地下。レイティがある理由で作らせていた、避難豪にある」
ちなみに、マインドは敵の目的についてはぼかした。そもそも彼は事件が起きた後に再起動されたので、経緯は断片的にしか知らないらしい。
というわけで。
私達は罪の証拠となる研究所の資料を回収し、他は魔法で破壊する。続いて地下に降り、元凶マニー・エーションを捕縛……そんなプランを立てていた。
「そういえばお前は、市長を見たことがあるのか?」
「ないよ。彼女の家族、誰も。夫も公務員で、娘は学園の生徒だそうだけど」
学園。自分には無縁の存在だったが、そこで一つの仮説が浮かんだ。
「ひょっとしてその子って、十四歳くらいなんじゃ……」
「良く知ってるね。まさに彼女は十四歳だ」
私は思わず顔を引き攣らせる。この街で十四歳くらいの子といえば────
「あ、あの門番の子!!」
ボロボロの姿で門の前に立つ少女。もしや、見せしめだったのか。
「恐らくはね。まあ、その子も見たことはないんだけど」
「え? でも、みんなの栄養管理とかやってたんですよね?」
「全員じゃないよ。それにマニーは、何故か僕が彼女に干渉することを良しとしないんだ」
その内、新研究所に辿り着いた。思いの外、周辺の警備が少ない。
「地下にも研究設備はあったから、そっちを守ってるのかも」
踏み入れた部屋はとても禍々しかった。記憶に新しいカプセルが均等に立ち並び、グロテスクな紫の液体が強く泡立っている。こちらは稼働中だ。
「常識の変化についていけない……文明が違うじゃん」
「今は我慢だ、二人共」
書類だらけの机を全員で漁る中、最初に声を上げたのはザンだった。
「これは……!」
「何!? 何か大事なもの!?」
「…………ラブレター?」
私とエーネは、多分人生で初めてずっこけた。
「ざ、ザンのボケはいっつも急なの!」
「ボケじゃない! 本当にそう見えるんだ!」
「ところでザンって、二人のどっちが好きなの?」
「下衆な勘繰りはやめろ!!」
(……ほんとに、あのマインドとは違う子なんだなぁ……)
私が言葉にできない思いに包まれる中、機人マインドは満足げに肩をすくめる。
「それは僕らと関連しないけど、彼女のために取っておいた方が良いかもね」
「いや、関連しないことも……ないかも」
紙束の下を眺めていたエーネが、目付きを鋭くした。
「それ、日誌じゃないですか? 事件の事が書かれてたり……」
「あ、確かに!」
放置するのも無理な話だった。仮に有用な事が書かれていなくても、敵の日誌は気になりすぎる。
《王立研究所を後にし、シュレッケンへ赴くことになった》
部屋を漁りながら、私達はザンの読み上げに聞き入った。
《彼への愛は尽きない。けどそれ以上に、彼が憎い》
「『彼』って……」
《ピューレは何も言わず付いてきてくれた。本当に申し訳ない。『あの脅威』に対抗すべく、国を思って研究を続けてきたのに……全て奪われた》
そこに綴られていたのは、毒の王マニー・エーションの赤裸々な想いだった。
《絶対に見返す。妹のためにも、新天地で花開くのだ》
「何というかさ。丁寧に日誌書いて、マメだよね」
「フレイ、この話の感想がそれ?」
「……続きを読むぞ」
《計画を思い付いた。軍人でない自分は、科学を活かす他無い。部屋を借りる際、市長レイティ・ロベインには以前の研究内容を伝えた。切れ者なだけあって怪しまれたが、彼女が計画の全貌を知るのはもう少し後になる》
「…………え?」
《間もなく準備が整う。王国南部を手中に収め……あたしを見放した彼を、圧倒的な軍勢をもって後悔させてやる》
日誌も終盤に差し掛かってきたようだ。
《最後に、協力者が要る。市民に一瞬で『恐怖』を伝播させる立役者。それが可能かつ協力してくれそうな人間は、一人しかいない》
「…………」
《ロベインが通達を行き渡らせた段階で、計画は成功したと言えた。とはいえ全員を洗脳しきれなかったのは、薬の濃度が甘いからか》
ザンは語気を強めながら締め括った。
《それにしても皮肉な話だ。街を導くはずだった彼女が、それを葬り去るなんて。その暗黒の未来を、せめて共に歩んであげよう》
しばしの沈黙が部屋を覆う。やがて、ザンがそのまま切り出した。
「疑問ではあった。洗脳の条件は『恐怖』を与えること。であれば、最初のシュレッケンはどうやったのかと」
「……謎が解けましたね。ライウ王子は、黒幕なんかじゃなかった」
エーネは噛みしめるように言った。
「レイティさん……この街のリーダーが、寝返ったんです」
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