6:君達がそれを望むなら
ひび割れた顔、造り物の瞳、濁った声。全てが人間とは程遠いのに。
艶のある黒髪が、幼くも凛々しい表情が……心を激しくざわつかせる。
一体、どうして。あの日死んだマインドがここに。
「何故あなたが?」
光銃の残骸をしげしげと眺めながら、ピューレは口を開いた。
「私達を、裏切ったの?」
「まさか。僕はいつだって自分に正直だ」
「……血の無い体で、血迷ったね」
機人は屋根から飛び降りた。心配になるような高度だったが、華麗に着地し、前腕の射出口をピューレに向ける。
「でも、何故だろうね。この子を放っておけなくなった」
「わ、私……?」
「珍しい髪色に惹かれたのかな。これって、タイプってこと?」
「電力切れはしてない、か。もう一発あるね」
ピューレが歯ぎしりする。彼女でもこんな表情をするのか。
「許されると思わないで。毒刃少女は、決してあなたを逃さない」
「…………」
「みんな、撤退。奴の光線は高威力。体が『破損』したら、怒られちゃう」
市民達が後退を始める。ピューレも踵を返して歩き出した。
……逃がすものか。背中には装置の効力が及ばない可能性だって。
「【静謐の炎よ】!」
「!!」
ピューレは瞬時に振り返り、先ほど同様手で受け止めた。装置がありながら本能で火を恐れるのは、彼女のわずかな人間味だ。
結局傷は与えられなかったが、火の粉で白衣が一部黒ずんだ。
「……不具合?」
訝しげな顔をしたまま、彼女は奥へ去っていった。
「どう? 助かった?」
心ここにあらずの状態でいると、黒髪の機人はすぐ近くまで来ていた。
私と顔半分ほどは背丈の差がある。フォルムは十二、三歳の少年だ。
そう。声と顔の模様を除けば、全てがあの時のまま。
「あ、何か可愛いかも……」
「お前……ッ、何者だ……!?」
窮地を脱して和んだエーネに対し、ザンは憎しみの視線を送る。
そして私は────さっきからずっと、顔が熱い。
「ザン、どうしたんですか? フレイも……って、か、顔真っ赤!」
「自己紹介は後にしようよ。みんな、ついてきて。良い場所があるんだ」
「あ、マインド……っ」
手を引かれ、思わず口にしてしまった。
「マインドって、僕の名前?」
「え、あ……えっ、と……」
「いいよ、それで」
機人は不格好に口角を上げた。微笑んでいるのだと、少し遅れて気付く。
「マインド。何だか良い響き。君は?」
恥ずかしくて、でも胸が高鳴って。
ああ、なのにどうして。マインドは、私を覚えてないの?
「私……フレイング・セイ────ダイナ。ふ、フレイって呼んで」
「あ、え、エーネですっ! こっちはザン!」
「フレイ、エーネ、ザン……うん、わかった」
再び握られた手は、鉄製なのに温かみを感じられた。
少年に導かれ、死都と化した街を練り歩く。
私達が辿り着いたのは、古風な温泉宿だった。
「ここは人気な場所だった。お湯に浸かれて、ご飯も出る」
「ご、ご飯!? ってことは、温泉にも入れたり……」
「訂正するよ。お湯が死んでる事以外は、完璧な場所だ」
げんなりするエーネをよそに、マインドは奥へ進む。
最終的に、明らかに客用でない小部屋に案内された。隅にはガタガタと揺れる謎の箱がある。結構怖い。
「これは温泉を管理する装置だよ。で、ご飯はここ」
マインドが指差したのは、装置の横に開けられた小さな穴だった。
「さっき一発やったからね。空腹で満身創痍なんだ」
「え」
「いただきまーす」
そう言うや否や。彼は穴に口をつけ、凄まじい音を立ててすすり始めた。
全員がドン引きする中、鉄製のボディが銀色の光を帯びていく。
「さあ、君達もどうぞ」
「食えるかっ!!」
確かに人間用のご飯とは言ってなかったけれど!
「えー? 折角貴重な電気だっていうのに」
「期待して損した……というかデンキって?」
「あ、機械のためのご飯ですか?」
「そんな感じ。エーネにはこれを」
マインドは小さなボトルを取り出した。
「油。体に塗ると気持ち良いよ」
「何でこれが要ると思ったの!?」
何となく彼の性格がわかってきた。今朝の喋り方も、多分怖がらせて楽しむための演技だったのだろう。
思えば『彼』も、こんなひょうきんな一面が────
「おい」
ザンの、冷たい地響きのような声が伝わった。
「お前ら、いつまで遊んでいるつもりだ」
「あ、遊んでな……ごめんなさい……」
「ちょっと、そんな風に言わなくても」
私は縮こまる年上を気遣うが、彼は返事もしない。
「機人、質問に答えろ」
次の瞬間。あろうことかザンは抜刀し、切先をマインドの首元に向けた。
「ザンッ!!」
「口を挟むな、フレイ!!」
突然の修羅場に、マインドはただ呆けているだけだ。
「もう一度聞く。お前は何者だ」
「僕はマインド。一応……戦闘兵器?」
「違う。それはお前の名じゃない……!」
ザンは明らかに苛立っていた。おろおろするエーネを落ち着かせ、私は無言で成り行きを見守る。
「どこから来た? 目的は」
「出身は王都。今は、ピューレ・エーションの実験協力者、かな?」
「やはりあちら側なんだな。そもそも機械が何故話せる?」
「知能がプログラムされてるから。計算も得意」
「あの攻撃は!」
「【煌電破壊砲】のこと? 格好良いでしょ」
「た、確かにカッコよかった……! マインドらしいし……」
「フレイ、また怒られますよ!」
彼の回答は要領を得ない。だが、はぐらかしている感じも無かった。
「……ザン、ちょっと大人げないよ」
私はやんわりと切り出した。
「私達……っていうか私がだけど、この子に助けられたんだよ? まずはお礼言うべきだと思う」
「お前は良いのかよ、フレイ……!」
「……それは」
良い、とは言えない。私にも聞きたいことはあった。
「機人。お前の行動には一貫性が無い。だからお前を信用しきれない」
「一貫性?」
「フレイを助けてくれたことは、感謝してる。だが────」
ザンは一度深呼吸し、切ない声で。
「お前はどうして、シュレッケンの市民達を見捨てた?」
その問いに、エーネもはっとして目を見開いた。
「その気になれば奴らと戦えたはずだ。フレイと他の人間との差は何だ」
「…………」
「お前は本当に……誰だ? フレイだから、助けたのか?」
最後の質問は、少しだけ涙声だった。
「その顔、俺は今でも夢に見る。お前は……『あいつ』なのか?」
永い時間を経て。
機人マインドはしずしずと口を開いた。
「僕は、生まれた時から機人。君が言う『あいつ』が誰か、わからない。でも、機人は故人をベースに創られているから」
「…………!!」
「ピューレは僕に執着していた。初対面の僕に、何度も感謝を述べて。僕も彼女のためになりたいと思った────けど」
彼は困惑に眉を傾けた。
「今朝、君達を見つけてさ。その考えが揺らいだ。どうしようもなく、君達を愛おしく感じた」
ザンは俯いている。事情を知らないエーネも真剣な面持ちだ。
「守らずにはいられなかった。フレイ、会ったことのないはずの、君を」
「わ、私は……」
「こんなの初めての事だ。だから僕も、教えてほしい」
マインドの造り物の瞳に、私とザンは本物を視ていた。
「君達は、どんな人間なの?」
三人で顔を見合わせる。代表として切り出したのは私だった。
「私達は、ただの村娘と……村息子? だよ。今まで辺境の村で、静かに生きてきたんだ」
「村息子はやめないか?」
けれどかつて、そんな私達の人生を大きく変えた少年がいた。
「マインド・ダイナ────私の、初恋の相手なんだ」
ついに言ってしまった。
口元を覆い、遠慮ゼロで私を凝視するエーネから、私は熱された顔を背ける。
「私達のお兄ちゃんだった。みんな、マインドが大好きで」
「…………」
「でも、たくさんの人を助けるために……死んじゃった。エーネが村に来たのは、マインドと入れ替わり」
「そう、だったんですね……」
「ねえ、マインド……覚えてないかな」
涙が溢れてくる。様々な思い出が蘇って、頭も胸もいっぱいになった。
もう、抑えられない。
「一緒に笑って、私の頭を撫でてくれたこと。覚えて……ない……っ?」
今だけは、使命も何もかも忘れて────私は泣いた。
幼馴染の前で恥ずかしいから、頑張って声は抑えたけれど。というか、何故か既に涙濡れのエーネに慰められている。
「ぐすっ……あれ、ザンも少し」
「俺は泣かない。考えている、だけだ」
また幾ばくか経ち、エーネが神妙に問うた。
「ぐすっ。その、マインドは……助けてくれるんですか?」
「え?」
それは私が、無意識に遠ざけていた問いだった。
「わたし達と一緒に、戦ってくれるんですか?」
機人の少年は目を細めた。銀の心の奥に残る、わずかな記憶に縋る────そんな私に。
「君達がそれを望むなら」
マインドは、とても人間らしい微笑みを見せた。
「!? なっ、何か変な感じがします……くすぐったいっていうか……」
「……エーネってさ、実は結構エロいことばっか考えてるでしょ?」
「ち、ちがっ……!? てかそういうのはフレイでしょ!?」
「わ、私は関係無いじゃん!」
こんな話をしている場合じゃない!
「ねえ、ザン。良いよね?」
「……お前が、そう望むなら」
「あははっ、何それ真似じゃん」
私はそっと手を差し伸べる。懐かしい顔で見上げてくる、愛しき人外へ。
趣ゼロの部屋だけれど、案外こんなものだろう。
きっと私は────この時を待ってたんだ。
「一緒に行こう、マインド。シュレッケンを解放しに!!」
『楽しみだね、フレイ。奴らを殺して、王になった自分を証明する時が』
耳元で囁く悪夢を、今だけは見て見ぬフリをした。
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