4:無毒な妹
「行ったか」
「いや行ってないです。後続が……」
「あー、もうっ!!」
死都となった街で繰り広げられる、無慈悲なステルスゲーム。
壁際に身を潜めながら、私は悪態をついた。
「いくらなんでも多すぎるって!!」
建物の外にも中にも、洗脳された市民が無数にいる。熱気の有無を除けば、ビートグラウズの喧騒にも劣らないだろう。
私達の現在地は、街の市役所。この辺りでマニーを見失ったのだった。
「そもそも彼らは、侵入者を識別できるのか?」
「うーん……でも、一応見張ってはいますよね?」
「ひとまず、無事な人間はいなそうか」
無事な人間と言えば……
「この街の元々のリーダーって誰だっけ。行方不明なんだよね?」
「ゼノイさんから聞いただろ。名前は────」
「フレイ、グッドタイミングです」
エーネに袖を引っ張られる。
「あそこの壁にあるの、肖像画じゃないかな?」
近づくと、それは確かに肖像画だった。目つきの鋭い金髪の女性の下に、達筆な字で肩書が書かれている。
「『女帝』レイティ・ロベイン。すごいあだ名……」
「四十歳くらいですか? かっこいい人ですね」
「お、シュレッケンの異種格闘技大会で優勝してるらしい。しかも三年連続」
「……何で市長って強豪揃いなの? 話が違うんだけど」
そこで、数人の足音が聞こえてくる。すぐにこの場を離れなければ────
「……ん?」
と、私は触れた肖像画に違和感を覚えた。奥から振動が伝わってきている。
まさか────まさかっ!!
「ね、わかる?」
「た、確かに揺れてます……!」
「昔読んだことある……こういうのって、裏側の仕掛けを押したり、壊したりすると通路が開くんだよ!」
「見た所仕掛けは無いが────」
「私、ご都合な能力だけじゃなくて、ご都合な運まで手に入れたんだ……!」
私は既に有頂天だった。遠く思えたあの女が、すぐ近くに感じられる。
仕掛けが無いなら、破壊するまで。
「もう待ってられないよ! 今度こそやるんだ、私の敵を!!」
「おい────!」
「で、でもさっさと倒したいのは賛成ですっ……!」
「エーネ!?」
「【静謐の炎よ】!」
物静かに放たれた蒼炎は、瞬く間に肖像画を焦がした。同時に壁の一部も削り取られ、奥に通路が現れる。
さらば、声も知らぬ市長の絵よ。生きているなら必ず救うから。
「やったっ!!」
「警戒心は無いのか、お前……!」
「お化け以外なら平気!」
動くものしか認識されないと信じ、壊した壁は放置だ。
臨戦態勢で突入する私達を待ち受けていたのは────
「……誰もいない?」
「フレイが言ってたの、これかな?」
そこは薄暗い部屋だった。
まず目に付いたのは、身の丈を超える巨大なカプセルだ。唸り声のような音を立てながら、得体のしれない紫の液体を泡立てている。
「結果的にはビンゴ……恐らく、研究室だ」
確かに、頭の痛くなるような書類の山が散見されるし、大事そうに保管された容器群もある。ここが敵の根城の一つであることは疑いようも無かった。
「こ、このカプセル? の液体をばら撒いてたってこと?」
『うーん、厳密に言えば、これは試作品です。新研究所にある失敗作……その更に前段階の』
「え、どっかに書いてあった?」
『報告書ですか? 私が管理してますが……』
ん? 先ほどから会話が噛み合わないっていないような……
「エーネ、元々変わった喋り方だけど、今日はいつにも増して────」
ゆるやかに首を横にやると、幼馴染は既に半泣きだった。もう何度目かの、この世の終わりのような顔だ。
「え……今のって、エーネの声じゃ……」
「ふ、フレイ。後ろだ」
珍しくザンも震え声だった。私は時間差で、言葉の意味を理解する。
「……せーのっ」
何となくリズムを取り、一斉に振り返ると、そこには。
『あ、おはようございます。結構良い天気ですね』
全身を甲冑で覆った、尋常ではない何かがいた。
「びゃああああっ!?」
『うえええええっ!?』
絶叫する私とエーネ。それに驚き、これまた甲高い声でひっくり返る相手。
「バカ! でかい声出すな!!」
「だ、だって、ついに、お、お化けがっ……!!」
「あああああっ!! 終わり! もう終わりですーーーーっ!!」
「そしてお前は諦めが早い!!」
『あの、ごめんなさい。起こしてほしいです』
不毛な言い合いは、仰向けに倒れ伏した甲冑に中断された。
女性の声だ。それも、物凄く聞き覚えがある。
助けられた彼女が甲冑を脱ぎ捨てると、無造作に伸びた薄紫色の髪が露わになった。姉とお揃いの白衣に、あまり似ていない眠たげな瞳────
「毒刃少女の、ピューレ……!!」
「ふぅ……侵入者を感知したのに、なーんだ。優しい子達ばっか」
既に構えている私達とは対照的に、ピューレはとても落ち着いていた。
「あの仕掛けを見破るなんて。でも感知システムを、甘く見ちゃダメですよ」
「ッ……!」
「それで、どうして侵入を?」
もう良い。こうなってはどの道手遅れなのだ。
「好奇心かな!! 私達、科学者? 志望で!」
「なるほどー。実は私、科学者なんです」
ヤケクソに言い放った私に、ピューレはへらっと屈託なく笑う。
……あれ?
「私、ピューレ・エーションです。皆さんは?」
「!? ふ……フローラ……ディアンナ、です」
「……ゼン・サイラスだ」
和やかな自己紹介が始まってしまった。敵だと気付かれてないのか?
「そっちのお嬢さんは?」
「えっ!? あ、えと、エ……そ、ソフィネア? 苗字はモイ、モリ────モイスチャーですっ!」
「ふむふむ……聞き覚えがある気もしますが、とにかくよろしくです」
「今ので怪しまれないのすごいな」
しかも苗字はほぼ一緒である。流石に恥ずかしかったのか、エーネは赤くなって俯いていた。
「あの、ここって何の部屋なんですか?」
「私の元研究室です。人間を操る薬と……実験体『CODE:704』を研究していました」
そして私達は知った。
実験体の正体は、王都で運用される軍事人型兵器、【機人】であるということを。
────『下手人は、強靭な軍事兵器を扱うとも聞く』
いつかのグレイザーの言葉が脳裏に蘇る。
「機人は、人間の十倍強いんです。意思があるので、こっちも操れたらなと」
「え、できるんですか?」
「いいえ。でも、もうお姉ちゃん、侵攻を始めるから。研究は打ち止め」
ピューレはクスクス笑いながら、
「すごく楽しみなんです。お姉ちゃんが、本懐を遂げる日が」
心の底から楽しそうに言ってのけたのだった。
なんて純粋な笑顔なんだろう。マニーとは違い、ただ無邪気で……しかし同じく邪悪だ。
「その、洗脳ってどうやって維持してるんですか? たまに解除したりとかは……」
ここでエーネが口を開いた。ナイス質問だ。
私達の目的は、敵の無力化及び、市民の洗脳解除。
事が成せれば、私がある方法でエルド達に合図を送る。それに伴い、ハンガーズが街に乗り込む手筈だ。
確実に勝つため、今は少しでも情報が欲しい。
「あの薬には、お姉ちゃんの遺伝子を組み込んでます。なのでお姉ちゃんと彼の脳とは、繋がってます。コントロールも、一苦労みたいです」
「の、脳ってそういう仕組みだっけ……?」
「詳しい仕組みは、説明しても難しいでしょう」
ピューレは微笑んでから顎を引いた。
「解除も、お姉ちゃん次第です。そう願うか……お姉ちゃんの脳の機能を一時的に弱めるような、『物理的な要因』が生まれるとか」
これだ……!
私は思わず拳を握る。具体的な洗脳法など、疑問はまだあるが、今は良い。
「ピューレさん、ありがとう。参考になったよ!」
「いえいえ。次は壁を壊さず、直接訪ねてくださいね」
愛想笑いを浮かべて踵を返す。
このまま、密かにマニーを襲撃しにいけば────!
「あ、足元に瓦礫が。フレイ、気を付けてください」
「おっとっと。ありがとうエ────」
「おい!!」
「…………え?」
文字通り、背筋が凍り付いた気がした。
恐る恐る振り向くと、ピューレ・エーションのゆるふわな表情は抜け落ちている。
「フローラさんでは、なかったのですか?」
「あっ、あだ名です! ちょっと無理あるかもだけど気に入ってて────」
「……聞き覚えがあるんです。それも、最近のこと」
彼女に瞳に、毒が宿る。
「やっぱり私、浅はかですね」
「……!!」
「本当の目的は? そういえば、炎も検知された……やっぱり魔法によるもの?」
どうやら、今度こそ終わりらしい。
ああ、まさかこんなに早く……
「あなた、フレイング・ダイナ。『彼』と同じ苗字の────」
「【火炎鉄砲】!!」
直接、悪を討てるなんて!!
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