2:異形と毒の街
『見つけたよ、フレイ』
幼い私が泣いている。慣れ親しんだ家を飛び出し、誰も訪れない村の隅で。
けれどマインドは、そんな私をいつでも見つけ出してくれた。
『泣かないで。どうしたの?』
『ぐすっ……さっき、聞いちゃったの。お父さんとお母さん……ほんとのかぞくじゃないって。お兄ちゃんも、ちがうんだって』
事故だった。盗み聞きするつもりはなかったのに。
『……そっか。それは辛かったね』
マインドは隣に座り、ただ髪を撫でてくれる。
彼と同じ色の髪が、私はいつも誇らしかった。
『でも大丈夫。僕がずっとそばにいるから』
堂々と応えるマインドに、私は心が満たされていくのを感じつつ。
『……でも、マインドがおでかけしたら?』
『それでも平気だよ』
遠くを見つめる彼は、早くも未来の戦士に想いを馳せているようだった。
『だって、君には他にも────』
********
「はっ……!」
巨大なベッドの中心で、私は大の字のまま目を覚ます。
また彼の夢だ。あの声を、眼差しを。私は一生忘れないだろう。
「……そろそろ朝かぁ」
確か適当な宿で一夜明かしたのだ。野宿を繰り返した結果、もうザンの隣で寝るのも気にならなくなった。
それよりむしろ、何故かカーテンが開いている事の方が問題で────
「……………………」
私は絶句した。
何故か? 窓の奥に、少年が逆さまで張り付いていたからだ。
真っ黒な髪。雪の如く、病的にまで白い肌。無機質な瞳。
そして、所々に謎の「ひび割れ」が走る顔。
(え、夢?)
だが、その性格を表すように縮こまって眠るエーネと、死んだように無音で横たわるザンが、現実を証明してくる。
「ねえ」
異形めいた少年は────声まで濁っていた。
「君は、まともな人間?」
「────きっ」
絶叫の寸前、誰かに口を押さえられる。
危うく失禁しかけたが、手の主はザンだった。得意の察知能力で、尋常ならざる空気を感じ取ったのだろう。
「ビビりー」
「!?」
「いけないよ。捕まったら支配される。自分自身を奪われちゃう」
その不気味かつやや嗜虐的な物言いは、私の脳に刻み込まれた。
「恐怖を司る毒刃少女は、君達の全てを手に入れるよ。捕まったら最後。最後だよ……」
少年は顔を引っ込めた。そよ風が私達の髪を揺らし、後には静寂だけが残る。
数秒経つと、ザンが聞いたことの無いかすれ声を発した。
「バレた、のか……? 俺達のこと」
私がエーネに飛びつくのに、時間はかからなかった。
「エーネ、起きて! 起きてっ!!」
「んぅ、フレイ……ザンも、刀を口に入れちゃダメ……」
「そんなのしたことない!! どんな夢見てんの!?」
愚かな寝言を言う年上を引っぱたきたくなったが、我慢だ!
「エーネっ!! 緊急事態だからーーーーっ!!」
「っ!? な、何、どうしたのフレイ!?」
「気付かれたッ……! 敵に気付かれたの!!」
「ええええッッ!!??」
寝起きざま真っ青になるエーネ。すぐに全員で窓に張り付く。
暗黒の街は一点、徘徊する人で溢れかえっていた。
着替えもしていないのか、衣服はボロボロだ。そこに一切の意思は感じられない。壊れた人形の如く、全員が虚ろな瞳で移動している。
「あ、あああぁぁ」
「逃げ場が……!!」
何ということだ。まだ敵の全貌も見えていないのに────
「────あれ、でも待って?」
目を凝らしたまま、私は待ったをかけた。
よく見ると、市民達は規則的な動きを繰り返しているだけなのだ。
「あれって、ほんとにただ徘徊してるだけかも」
「つ、つまり……? 見つかったら敵に伝わってるはずじゃ……」
「うん、だから……セーフってこと?」
続いて、ザンが首を傾げる。
「というかあいつの発言は、今思えば警告か?」
「だ、誰かここに来たのっ!?」
先ほどの出来事をかいつまんで説明する。
思い返すと、確かに少年は敵意のある言葉は発していなかった。
「な、何だ……はああっ……良かったっ……!」
「すまん。早とちりした……」
「ほ、ほんとごめんね」
無駄に怖がらせてしまったが、まだ大切なことを話せていない。
「でもねエーネ、味方かはわからない。てかどっちにしろ怖すぎる」
「こ、怖い? 男の子なのに? 思えばザンも、初めて会った頃は可愛かったですよね。今は筋骨隆々に────」
「『人外』なの」
エーネが、懐かしむような顔をしたまま固まった。
「あのひび割れた顔は、人間じゃない」
「じ、ん……がい? ふ、フレイ、きっと寝ぼけて────」
「肌もすごい真っ白だった。体は普通の男の子だったけど……」
「!? かっ……か、髪色は!?」
血相を変えた幼馴染に、私は気圧される。というか気になるとこ、そこ?
「く、黒だよ。でもあれだって本物かどうか」
「黒なら違う……でもそれなら……!」
「? あ、ザンはどう思う? 一応話はでき────って」
義理の兄は明後日の方向を見つめていた。いつになく憂いを帯びた顔だ。
彼は目を伏せながら、絞り出すように。
「なあ、フレイ。お前あの顔に見覚えは────」
「そ、それより二人ともっ!」
平静を失ったエーネが、上ずった声で割り込んできた。
「ま、まずはグレイザーと合流しませんか? じゃないとっ!」
「落ち着いてエーネ、わかってるから……」
「おい、外を見ろ」
ザンに促され、再び窓を見やる。
徘徊していた人間達が、一斉に移動を始めていた。まるで何かに導かれるように、一方向に。
「まさか……集合がかかったってこと?」
「二人共、すぐに追うぞ。この流れに続けば────」
ザンが、気合と祈りを込めて拳を握った。
「毒刃少女の本拠地に辿り着けるはずだ!」
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