1:お風呂に入りたい!!
街を発って半日。既に日が暮れた獣道を、私達はしずしず歩いていた。
流石辺境というべきか。徐々にその肩書から遠い場所に来ているとはいえ、群都市と死都の間には、物寂しい村が点在するばかりだ。
「つ、疲れたっ……!」
「おい、止まるなよフレイ」
「そ、そうです、はあっ、フレイ、ここで疲れてたらこの先、はぁっ……」
「……エーネがやばそうだから、休憩にしない?」
「この流れ既視感あるな」
何だかんだで野宿となった折、
「フレイ、ちょっと……」
決まり悪そうなエーネに声をかけられた。何やらもじもじしながら、襟をパタパタ動かしている。
少しだけ香る湿った匂いに、私は意図を察した。というか私自身も────
「ほ、ほんとに言ってる?」
「だ、だって……!」
「まあ確かに、私も気になるけど……でも、うん。体拭けば何とか」
「そういう問題じゃないですっ! お願い、わたし達の特権でしょ……!」
切実な物言いに、私は渋々頷くしかなかった。
無論、この後すぐに後悔するのだが────
********
「ザン、ぜ、絶対こっち見ないでよ……!」
「わかったって。お前らこそ警戒は怠るなよ」
街道から逸れた、視界の悪い岩場にて。背を向けたザンが辟易したように言う。
一方────
「フレイ、早く、早くしてっ!」
「ま、待って集中しないと……ああっ、人いないよね!? 見られてないよねっ!?」
危険溢れる夜の野外にて。私達は、一糸纏わぬ全裸であった。
「だ、だから嫌だったの! 水浴びしなくてもタオルで良いじゃん!」
「ずっとそれなんですか!? あ、明日はそれでいいから、はっ、早く火出してくださいッ!」
頭上で水の塊を漂わせながら、真っ赤になったエーネが叫ぶ。
私も必死に魔法の発動を試みるが、不安と恥ずかしさで上手くいかない。風が無防備な肌を撫でる度に、二人で胸周りに鳥肌を立てた。
「お湯用意してから脱げば良かった……!」
それにしても、彼女は相変わらずストレスに弱い。間接キスには無頓着だったくせに……!
「て、てかエーネ、そんなじっと見ないでよ」
「あ、ごめんなさい。その……一緒にお風呂なんて久しぶりだなって」
「できればこんなんじゃなくて、街の温泉でゆっくりしたかったけどねっ!」
シュレッケンは元々、観光地としても名を馳せていたという。色々開放的な街だと、ハンガーズから耳にしていた。
「というかエーネはさ、シュレッケンにも行ったことあるの?」
「……え?」
「どのくらい知ってるの? 村の外のこと。エーネは結局どこから────」
「わ、わっ……ワキの下綺麗ですねっ、フレイ!!」
「へっ!? ちょっ、どこ見てんの!!」
水に手を突っ込む私が、身動き出来ないのを良いことに……!
意趣返しに、こちらも彼女の体をガン見してやった。白くきめ細やかな肌は夜の闇にも良く映える。年上なだけあり、全体的に少しサイズが大きい。
どんなコメントを発してやろうかと考えていると────
「────ん?」
これまで静かだったザンが喉を鳴らした。
「な、何、ザン? もしかして人……!?」
「違う。あの部分、地形が変だ。街道の一か所が妙に凹んでいる」
「え?」
「恐らく、戦いの跡だ」
暗闇の一点を見つめ、重々しく言い放つザン。
「さっきは気付かなかった。あそこで激しい戦闘が行われてたんだ」
「ザン、そ、それ今じゃないとダメですか?」
正直、話の半分も入ってこない。彼がそのままのテンションで突然振り返らないか、気が気ではないのだ。
「考えてもみろ。この道はグレイザーが────」
「ふ、フレイ、お湯がっ!!」
真剣な少年を遮り、エーネが金切り声を上げた。
顔を上げると、そこには見事に沸騰した水の塊が。
「やばっ!? 途中で集中切れて、かえって強めに……!」
「ど、どうします!? ちょっと一旦服着たいっていうか、心臓がずっとバクバクで……!」
「もう待ちたくない! こ、こうなったら一思いに浴びようよ。案外気持ちいいかも!」
「え、ちょっと……!? どう見ても人肌に合う温度じゃ……!」
時既に遅し。私は両腕で、思い切り水の塊を引き裂いていた。
新鮮なお湯が二人に降り注ぎ────
「あっっっっっっっつ!!??」
「ぎゃっっ!!?? バカッ、フレイのバカッ!!」
「……今賊が来たら、マジで全滅だな……」
頭を抱える義兄の背後で、私達は裸のままバタバタ暴れ回る。
普通に黒歴史確定だ……
********
「!! みんな、ここからは超警戒でっ」
歩きに歩いて四日と少し。私達の視界には、異様な様相の都市が映りこんでいた。
建物だけ見れば、ビートグラウズより少し規模の下がる程度。発展度合いは十分だ。
しかし問題は、醸し出されるその空気感である。
「何だ、この毒々しい街は……!」
明らかに不健全な、靄のかかった街。建物のみならず、木々や外壁までが、濃淡様々な《《紫》》に包まれているようにさえ見えた。
「これが────シュレッケン?」
まさに、毒に侵された死都だった。
と、私達は門の前に佇む人間を見つけた。
黒髪の少女だ。推定年齢は十四、五歳程度。手には槍を持っているが、よれた服装は「衛兵」のそれとは程遠い。
「あの子、もしかして」
虚空を見つめ、身じろぎ一つ行わない少女。
間違いない。彼女は操られているのだ。
────『五日おき。それが、薬物散布の大体のスパンだ』。
グレイザーの言葉を反芻する。
────『散布には準備が要るようだ。だが近辺の大半の村は、既に奴らの手に落ちている』
戦力が集まり次第ビートグラウズも落としに来る────彼はそう断言した。
遠征の間にも、また別の場所が侵されたはずだ。もう猶予は無い。
「……毒は神経に作用するって、グレイザーは言ってました。きっと何かしらの方法で、敵はあの子と繋がってるんです……」
「あの少女が不意打ちでやられても、向こうには異変が伝わるわけか」
「な、何それ、それこそ捨て駒じゃん!」
門が開いているのは、あわよくば侵入者も手駒にしようという思惑からか。だが正規の入口以外、どんな罠があるかわからない。
結局、炎で少女の注意を引き、その隙に正門から入るプランになった。
「よし、思い出に残る火柱にするよ!」
「すぐ鎮火できる大きさで頼む……」
「【偉大なる炎よ】!」
炎は門の左側に着弾し、そこそこの大きさの火柱を上げる。
「フレイ、あのタワーをイメージしたの?」
「……おい、悪くはないが名前負けしてるぞ」
「コメントやめて!……あ、あの子が!」
少女が千鳥足で火元へ進み出した。彼女が異変を知らせるよう「仕組まれて」いるなら、確認しに行かない道理はない。
しかしこれはあくまで自然現象……と、認識してもらえる事を願う。
「今だ!」
ザンの合図を機に、私達は一斉に夜の正門を駆け抜けた。
────のだが、街中に足を踏み入れた段階で、本能的に立ち止まる。
「え? 暗っ!?」
いくら夜とはいえ、内部は不自然なほどに暗かった。暗黒物質顔負けだ。
「おい、あそこに砲台があるぞ! 奥の建物だ」
「何で見えてるんですか……!?」
ザンの超人ぶりは置いておいて。
「ふ、二人とも、ちゃんとそこにいるよね?」
「いないと言ったら?」
「マジで怒る」
私は無意識に、そばにいたエーネの手を握る。
しばらく待てども、誰もアクションを起こさなかった。
「な、何で誰も行かないの」
「……? 待ってるんだ。早く進んでくれ」
進む? 私が?
「え……私が先頭?」
「ほ、他に誰がいるんです? フレイしか明かり作れないし……」
私は生唾を飲んだ。汗が滲んできたのを悟られたくなくて、手を離す。
「暗いん、だけど」
「見ればわかる」
「…………こ、怖いよ」
私は正直に告白した。エーネとの空き家お泊り会が思い起こされる。
女子会を大いに楽しんだものの、明かり無き夜の暗かったこと……
「どう見てもやばいよ。で……出るかもしれないでしょ、そういうのが」
「わ、わたしが手を繋ぐから大丈夫です。後ろからだけど」
「前が嫌なの!!」
どうせ、素でビビりなエーネにも無理だ。となれば────
「お願いザン、先に行って! 私達の壁でしょ!?」
「は? いつから肉壁になったんだ俺が」
「……お、おっ……お義兄ちゃん」
「おい、その感じやめろ! 罪悪感を植え付けようとするな!」
こっちも恥を忍んで頼んでいるのに!
結局、折れたザンが先を行ってくれることになった。
進むつれ、瘴気で包まれた街の全貌が見えてくる。一切の機能を失った家屋に露店────
ただの村人が、とんでもない所に来てしまったものだ。
「ほんとにどうなってんの……」
この惨事を生み出した毒刃少女────やはり生かしてはおけないようだ。
★読んでくれた皆様へのお願い★
こんにちは、今江彰人です! 本作を少しでも面白いと感じて頂けたら、
・ブックマーク追加
・下の☆☆☆☆☆を★★★★★に!
を是非よろしくお願いします! 強いモチベーションに繋がります!!




