16:いざ、死都へ
「あー、行きたかったな。昨日のパーティ」
午後、ビートグラウズの北側正門にて。
温かい袋を両腕で抱きながら、私は肩を落としていた。
「まあ仕方ないだろ。あれはこの街の催しだ」
「まあ、手の傷もエーネに直してもらったばっかだし、安静にしなきゃか」
自分を納得させつつ、私は袋から新たなパンを手に取る。
リアンブレッド。まさか閉店していたパン屋が、あんな名で復活するとは。
「でも、お洒落なドレスは着てみたかったです……あ、ザン。それ一口ください!」
「ああ」
「……えっ!?」
無遠慮にザンのパンを齧ったエーネに、私は愕然として声を上げた。
「ちょ、ちょっとエーネ……そ、そんな平然と」
「?」
「え、だって……間接……」
しどろもどろで言うと、エーネが微妙な表情で口を押さえた。
「何今更……わたし達の仲なのに。たまに鍋とか突っつきますよね?」
「そうだけど……で、でもそれとこれとは……」
「そ、そこで赤くならないで……!」
「なあ、雑菌のように扱われている俺が不憫だと思わないか?」
これは私がおかしいのか? 普通、少しは意識しちゃうよね?
二人とも、年頃の男女の自覚が足りないのでは……
「邪魔だ、退け」
と、背後から威圧的な声がした。
振り返ると、相も変わらず愛想の欠片も無いグレイザーがいた。エルドとゼノイも一緒だ。
私達が動けずにいる間に、彼は一切の躊躇なく正門を通過した。
「……ほんとに一人で行くの?」
「言ったはずだ。お前達と馴れ合うつもりはない」
その立ち姿はまさに、「門出」を体現していた。
「作戦の確認だ。まず、俺が単独で敵地に乗り込む。可能なら奴らを叩き、無理なら情報収集に努め、後から合流するお前達と臨機応変に動く」
「グレイザー、やはり危険だ。ボクも一緒に……」
「くどいぞ、エルド」
グレイザーはお馴染みの眼光を放つ。
「新指導者の一人であるお前が、街を空けてどうする」
会議の結果、この街は表向き「三人の合議制」で治められることになった。
役者はゼノイ、エルド、そして私だ。だが、実質的に頂点に立つのは────
「履き違えるな。元より、群都市の守護者はオレだ」
いつにも増して鋭いグレイザーが、穏やかではない忠告を寄こす。
「いずれオレが支配者に戻る。名ばかりの王座に、精々満足しておけ」
「……もし敵を私が倒したら、実質私一人の体制になるかもね?」
「ほざけ」
「グレイザー、結局辛い役割を押し付ける形になって、すまないね」
「はっ。あんたじゃ奴らに勝てはしねェさ。ゼノイ・グラウズ、せいぜい雑務を片付けておけ」
吐き捨てた彼は、ふと、私の隣のエーネに視線を向ける。
「あァ、それとモイスティ……お前はもう少し堂々としろ」
「え!? きゅ、急にわたしですか!?」
「まあ、エーネの態度は敵の油断を誘えそうだけどな……」
何だかんだ、治療をしてくれた彼女には感謝しているのかもしれない。
というわけで、手に入れた王国は既に大ピンチだ。
だが焦る必要は無い。邪魔な敵を排除した上で、ゆっくり王国を築くとしよう。
群都市は逃げない。私達が、負けない限り。
「いずれ、必ずお前を下す。その身を裂くのはこのオレだ」
「うん。楽しみ────では全然ないけど、気を付けるね」
私の曖昧な返事に満足したのかどうかは不明だが。
奥のハンガーズを一瞥したグレイザーは、そのまま無言で歩き出した。
「……えっ、今ので終わり!?」
「相変わらず不器用だね」
ゼノイが苦笑いする。エルドが、小さくなる友の背に大声を張った。
「キミの名に恥じぬよう、必ず街を守るよ! 無事を祈る、グレイザー!!」
ハンガーズの歓声が上がる。手を掲げた彼は、やがて見えなくなった。
周辺の人間が減っていくにつれ、私達の番が迫っていることを実感させられる。
「『死都』シュレッケン、か」
「ああぁ、響きが不穏すぎる……」
「死都」。もはや都市としての機能を失った今、そう呼ばれているらしい。
軍は最終手段────まずかの地に赴くのは、グレイザーと私達の少数精鋭のみだ。
「ご、ごめんねエーネ。勝手に決めちゃって」
「ううん……良いんです。付いていくって決めたから!」
「そうだ、言っても仕方ない。覚悟を決めるぞ、二人とも」
敵の詳細も状況もわからない。一つ確かなのは、今も家族と離れ離れの人々が、この街で懸命に明日を願っているということだけだ。
(まさか、これで終わるなんて思ってないよね?)
はるか彼方を見据え、私は悟られぬよう微笑んだ。
(シュレッケンもついでに下して……辺境全て、私のものにしてやる)
********
確かな足取りで、グレイザーは敵地へ歩む。泥道だろうと荒れた岩場だろうと、修羅場をくぐった男には障害にすらならない。
(徒歩で約四日半だが……オレなら三日弱で十分か)
この時の彼は、予想だにしていなかった。
まさか自分が、「その対象」になろうなどとは。
「ねえ、お兄さん」
囁くような声が鼓膜を震わせた。グレイザーにすら察知できない、人間離れした気配がする。
「一人でどこに行くんだい? 険しい顔をしてさ」
「!? 誰だ!」
視界の開けた平野にも関わらず、探せども人間の姿は見当たらなかった。
脳裏に一つの可能性が浮かぶ。こんな芸当ができるのは────
「まさか、魔法使い────」
「やだなぁ、あんなのと一緒にしないで」
撫でるような声がしたと思うと、
「ここだよ、ここ」
真後ろから、尋常ではない殺気が伝わってきた。
悪寒を払うように振り向くと、そこには一人の少年が。
「お、お前……ッ!」
病的なまでに白い肌。こちらより二回りほど低い背に、覇気の無い体躯。無機質な瞳に、死神のような不気味な口元。
特徴は聞いていた。しかし────
「その顔は……!」
「へぇ……面白いじゃないか。でも、君が先だよ? 守護者グレイザー」
「ッッ!!」
「敗れたのかい? 群都市のボスたる君が、こんな所にいるなんて」
少年は視界から姿を消す。その瞬間を目撃したことで、察してしまった。
今の自分に、勝ち目など無いのだと。
「一体何が目的だ────『モリアデス』!!」
「あはっ、そんなのさぁ」
グレイザーが最後に聞いたのは、脳髄にまで届く少年の嘲笑だった。
「今からやられる君に、関係あるのかなぁ?」
ここまでお読みいただきありがとうございます!
これとり第2部に突入です。登場人物も増え(主に女性キャラが)、より華やかになっていく事請け合いです!
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